「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

花道会セミナー 中村種之助

今日は歌舞伎座3階「花篭」で開催された花道会セミナーに参加しました。

花道会セミナーは、花道会会員ではなくても単発で参加することができます。

 

今月、昼の部も夜の部も出番がある忙しい中、種之助氏の登場。

どんな装いで来るかな~と思ったら、スーツだった。お似合い。

 

登場するといきなり「播磨屋!」と声がかかり、会場がわっと沸く。温まったところでさっそくイヤホンガイドの吉崎典子さんを聞き手に、始まった。

 

10月の歌舞伎座夜話歌昇さんが、ガッツリまじめだったのに比べると、どことなく飄々としていて、柳に風みたいな感じ。うまく受け流したり、かわしたり。かと思うと、気が付いてみたら意外とまじめに話していたり。興味深い話もあり、楽しめるセミナーだった。

メモ書きそのままですが、記録として残します。

 

<まずは今年の演目より>

 

【11月歌舞伎座

出番は、素襖落、楼門五三桐、法界坊。

・素襖落

あこがれていたので関われてうれしい。

 

・楼門五三桐

吉右衛門菊五郎というおふたりの舞台に出られるのはありがたい限り。完成された中に新しい風を吹かせたいが、まだまだまだまだ。

 

・法界坊

野分姫は2回目。お姫様らしくやるようにと言われたけれど、「お姫様らしくって、何?」。せかせかせずにゆったりとした動きを心がけた。

 

猿之助さんとは昨年の浮世風呂以来?浮世風呂のときは、なめくじ役。出番は短くていいお役だった(笑)。猿之助さんに「いいなあ、僕なめくじやりたいんだよ」と言われた。

猿之助さんは、三助もなめくじもどちらもやっている。どちらもやっているのは、猿之助さんと父親又五郎くらいのものなので、僕もいつか三助をやりたい。

 【10月】

10月の酒呑童子もいずれやってみたい。あれは中村屋さんのためにあるような演目ですねえ。

 

―10月は、勘三郎さんの追善公演だったが、勘三郎さんの思い出は?

6年前に亡くなったので、あまり関わっていないが、2010年のさよなら公演のときに、道成寺の所化をやったときのこと。揚幕のところに坊主がずらっと並んでいるときに、勘三郎のおじさんに「みっちゃん(又五郎さんの本名は光輝)そっくりだね」と言われた。(それでなんとなく喜んでいたら)中日に部屋に呼ばれて「セリフがなんかおかしいんだよなあ」と言われてしまった。で、「今いくつ?」と言われたので16、だか17だかと答えたら「当時のお父さん、もっと上手だったよ」と言われて…。

でも、あの時初めて大人の仲間に入れてもらったような気がしました。

筆者注)これは、葛西聖司著「僕らの歌舞伎」にも語られているエピソードですね。「僕らの歌舞伎」では、そのエピソードのあと、

勘三郎さんって、いいですねえ。

本当に雲の上の存在。その勘三郎のおじさんが僕のことを気にしてくれて、身近な父が実は遠い存在で、けれども同じ舞台に僕が立っているんだと再認識されたんです。

「僕らの歌舞伎」より

 と語っています。忘れられないエピソードですね。

【9月幽玄】

いやあ、すごい演目でした。「そこではいって」と言われても「どこで?」という感じで、どこから入っていいかもわからない。日体大の集団行動を作った感じ。左右の人たちと、一つのモノを作り出そうと頑張った意欲的な作品です(と、棒読みだったので、本心は違うのかな?笑)

獅子についても、「高ぶるのを抑えて」と言われたのは初めてだったので、「高ぶるのを抑えて」やりました。

毎年8月しか休みはないが、今年は幽玄のけいこが双蝶会終わってすぐに始まったので、ぼくの夏休みはどこ~みたいでしたね。

 

(筆者)幽玄は、大変だったのかな。こりごり…なのかな?

 

【双蝶会】

事務方からすべて自分でやっている。

 

教えてくれた人のたくさんの引き出しができた。大きな財産だ。

来年あるかわからないつもりでやっているが、

幸四郎さんに、最初に出てもらったときに「10回続けることを条件に出ます」と言ってくれたので、10回はやらないと…。でも毎年1回だと10回目が30歳になっちゃうから、さすがに30になっても勉強会と言ってられないので、来年、3回連続、同じ演目でやろうかな(笑)

 

吉右衛門さんからはどんな教えを受けたか?

本当は、こうだけれど、こうやろうなんて教えてくれたこともありました。それはなにかは秘密です(笑)。

 

狐忠信が難しかった。出ただけで説得力を持たなければいけないと言われたが。狐言葉、義太夫。セリフと義太夫とのつながりが難しかった。身体的な難しさは、高く飛んだりすればいいけれど、セリフと義太夫のつながりは、まだむずかしい…。

 

【7月大阪松竹 車引 勧進帳

車引の杉王丸は、やんちゃに見えるようにがんばりました。勧進帳の四天王は、他の四天王とはまったく違う。名曲でもあるし、すごく好きなので、やることができてうれしかった。これからずっと四天王でもいいくらい。(弁慶とかではなくて)

幸四郎さんが、ずっとずっとやりたかった弁慶。舞台稽古のところから幸四郎さんの雰囲気、顔からしてすごくて、「本当にやりたかったんだなあ」とひしひしと感じた。

 

【6月 夏祭】

放蕩息子の磯之丞役。その前に、相撲場の与五郎(双蝶々曲輪日記に出てくるお金持ちのボンボン)をやっていたので、そのイメージで入りました。けれども梅枝さんから「あまりに柔らかすぎる」と言われてしまった。磯之丞は、与五郎とは違う。なぜならば磯之丞は侍なんです。だから、そこまでやわらかくせず、でもどこか、かばいたくなるような奴。

「大体お前がそもそもあんなことをしていなければ、こんなことにならなかったのに!」って奴なのに、どこか許しちゃうような、そんな風になるように考えました。

 

【2019浅草歌舞伎】

―まずポスターができましたね。

 

いやもう大変でしたよ。朝7時に浅草集合。ほぼ全員集合しました。ほぼです(笑)

 

―ちょっと合成っぽい感じですけれど、本当に浅草の橋で撮影したんですね?

 

はい。天気が悪くて、道の濡れているのを隠すために、この色(ピンクと黄色)を道に重ねて、それと合わせるために、上の新春浅草歌舞伎を派手めのピンクにした…みたいな…。で、結局本当に撮っているのに、逆に合成っぽくなってしまった…みたいな…。(笑)

 

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演目について

昼の部は戻駕色相肩、義賢最期。夜の部は番町皿屋敷と乗合船恵方萬歳に出ます。

番町皿屋敷は、もうもうびっくりしました。

へえ、番町皿屋敷なんだ。ふーん、ふーん、ふーん。え―――――!?俺がお菊~~~!?

って感じ。

ふり幅が広くて…。お菊からの才造ですから。

番町皿屋敷の後でやる割にはいいわね。と言われないよう、一つひとつがんばります(笑)

 

どれも大きなお役なんで、一つひとつ考えて行こうとおもいます。

 

特製弁当ができるらしいです。

ポスターの撮影撮りのときに、全員から好きなおかずを聞くように言われて、僕が一人ひとり聞いていったんですが、梅丸がふまんじゅうとか(笑)。それを全部盛り込んだ弁当ができるらしいです。ほとんど肉、肉、肉でしたけれど…(笑)。僕は銀だら煮つけ(笑)

 

【新作に対する思いは】

Q以前、赤目の転生が面白かったと言っていたが、新作が好きなのか?

「あれは、面白かったです。以上」というだけの話。よく「歌舞伎役者がやれば なんでも歌舞伎なんだ」という言い方をされるが、僕はそれはちょっと違うと思っている。歌舞伎をしっかりできる人がやれば、何でも歌舞伎になるかもしれないが、まだまだ自分は「歌舞伎ができます」とは言い切れない。だから、まずは歌舞伎ができるようにならなければいけないと思う。新しい作品には出てみたいし、声がかかればありがたいが、そんな気持ちでいる。

 

新作は視野には入っているということですね?

 

視野に入っていても、その役が来るとは限りませんのでね(笑)

 

【父・又五郎さんの指導とは】

ここはこうした方がいいという言い方は、ない。「これはダメ。これはおかしい」という言い方のみ。

 

筆者注:最低ラインは押さえていて、あとは自分で考えるというのは、いい指導だな。

 

歌昇兄とのやりとりは?

ないです(笑)。先月中村屋と一緒にいたが、勘九郎七之助は楽屋でもずっとしゃべっていてびっくりした。仲良すぎですよね。あんなに仲良くはないです(笑)。

今月は「おはようございます」しか会話はないです(笑)

 

ー甥っ子はかわいい?

かわいいです。「将軍」と呼ばせています(笑)。将軍って言えるかな?と試してみたら言えたんで、そのまま「将軍」に。自分を指さして「誰?」と聞くと「将軍」っていう(笑)

 

まだ「ありがとう」も言えないのに。将軍って言える笑。プレゼントは生まれたときに毛布をあげたくらいで、他には何もあげていない。ありがとうと言えるようになったら、おもちゃとかあげようかな。今は電車がすきです。

 

ーこれからお年玉とかも上げるようになるのかな?

お年玉?お金はね~~。行先が違うとこに行っちゃうからあげない(笑)

【今後やりたいお役は】

そんなに先のコト考えてもしょうがない。今は「来月の役を早くやりたい」と、毎月そう思っています。12月は国立。

 

でも、踊りはずっとやりたいなあ。芝居は、考えすぎてしまうんです。「考えすぎて表に出ていない」と梅枝さんに言われた。踊りは、音がどんどん迫って来るから考えている暇がないのがいいのかな。

 

―やりたい役は?

俊寛

 

尊敬してやまない吉右衛門のおじさんのやっていることが僕のやりたいことでもあるが、吉右衛門にはなれないです。体格も、ニンも違う。

けれどもおじさんの舞台で生きる心構え、そういうところが播磨屋の芸。そういう部分を大事にして、継承していきたい。

 

僕は「歌舞伎が好きで好きでしょうがないというタイプ」ではなくて、「あこがれている先輩みたいになりたい」という気持ちが強い。舞台がうまくいかないときもあるけれど、それを舞台で引きずらないように、ヤケクソでもいいのでプラスに変えてやっていきたい。

【尊敬する人】

吉右衛門さんのほか出てきたのが、天王寺屋さん。

天王寺屋さんが大好き。(富十郎さんのこと?要確認)

人柄も好きだけれど、「歌舞伎役者は額縁からはみ出しちゃいけない」と言いつつ、自ら額縁を広げちゃう人。

 

(筆者注:これは奥深い言葉ですな。額縁からはみ出してはいけないけれど、自ら額縁を広げる…。うーむ。深い…)

 

浅草の戻駕色相肩は、山城屋さん。乗合船恵方萬歳は、天王寺屋さんに従ってやるつもり。あこがれに向かって進みたい。

 

Q&A

ー今年のお正月の操り三番叟が素晴らしかったのですが、梅丸さんとの息もぴったり合っていましたね。あれは、どうしてみてもいないのにあんなに息が合うのですか?また、人形の浮遊感はどうやっているんですか?体重を全然感じませんでした。

 

かかとをつけると、体重を感じるので、つまさきで移動したり、着地の音を出さないようにするなどの工夫をしました。

梅丸との息を合わせるのは…、実は隠れた秘密があります。ひみつです(笑)

あとは、雷門助六の操りの踊りなどを参考にしました。

 

ーーーーー

こう書いてみると、結構まじめだなあ(笑)。はぐらかされているようで、ちゃんと言っていることは言ってますね(^^♪

 

睡眠不足気味で、いつも眠そうって言われちゃうという種之助クン。休みの日にはひたすらダラダラしているそうです。

 

吉右衛門のおじさんをこよなく愛していて、播磨屋として継承していきたいというのは歌昇さんと同じご意見でしたね。

 

まだまだこれからの伸びしろをたくさん感じる種之助クン。なめくじ以降、女形のお役も増えたと嬉しそうに言っていたので、当分かわいいお役が見られそうで楽しみです。

浅草では踊りも番町皿屋敷も、堪能できそう!

 来年も播磨屋をますます盛り上げていってくださいね!

 

※2018年11月19日、追記修正しています。

 

 

二代目 中村吉右衛門写真展 @銀座ミキモト

先ほどちょこっと書きましたが、今銀座ミキモト本店で、「二代目 中村吉右衛門写真展」を開催中です。銀座に行かれることがあればぜひ寄ってみてください。

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銀座ミキモト本店は銀座駅からすぐ。7階のミキモトホールは、それほど広いスペースではないのですが、そこに吉右衛門丈の宇宙が広がっています。

 

 

撮影したのは鍋島徳恭氏。2012年からすべての吉右衛門の舞台で撮影を行っているそうです。その中からの選りすぐりの何点かな。20~30点(記憶あいまい)の吉右衛門丈。

 

俊寛、河内山、弁慶、富樫、大蔵卿、知盛、五右衛門。舞台の上。楽屋内。花道前。

 

単なる写真と違うところは、2.4メートルという巨大な伊勢和紙にインクジェットで印刷されていること。伊勢和紙が、プラーンと上からぶら下がっており、説明も演目と年月が記されている程度で、最小限なのが大変よろしい。

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その圧倒的な存在感。「迫力」という言葉では言い尽くされない、「宇宙」感。

運慶・快慶作の東大寺南大門の金剛力士像って、圧倒的な存在感でしょう?あんな感じです。1枚1枚の写真が。

今「写真」と書いたが、あれは写真だったのか? 存在そのものだったのでは?

 

一番奥にはスクリーンがあり、弁慶と富樫のやり取り、俊寛が、コマ送りの画像で展開されます。これがまたいいのです。動画ではなく、コマ送り。弁慶も富樫がどっちも吉右衛門

 

みょうちきりんなBGMが物悲しくて、なんだか切なくなります。死んだ人を悼んでいるみたいで哀しくなるのですが、吉右衛門丈はまだまだ生きていて元気いっぱいで今月は歌舞伎座。来月は国立劇場でその雄姿を見せてくれるのだから、ああよかったという気持ちになります。ちょっと違う音楽にしてほしかったな。

 

私と同じような気持ちなのか、はたまた違う気持ちなのか。

同じ空間にいた人々は、皆一様に呆然と立ちすくんで、吉右衛門丈に見入っていました。呆けたように、なす術もなく、見上げていましたよ。

 

「楼門五三桐」を一幕見てからこの写真展を見るなんて最高ですね。

 

あるいは、東劇で、11月末日までやっているのが「ふる雨に袖はぬらさじ」ですから、これを見てから吉右衛門写真展に行ってみるなんてのも、なかなかオツですね。

ぜひぜひ。

 

◆11月7日(水)~12月9日(日)

◆午前11時~午後7時(最終入場 午後6時45分)

ミキモトホール

tabica 一幕見ツアー開催しました。

先日tabicaのツアーを開催しました。

 この日のお客様は、おふたり。おひとりは品のいい女性の方で、もう一人はビジネスマン。女性は、なんと熊本の方。3人のお孫さんの子守をするために、頻繁に上京しているそうです。双子を含む3人姉弟となればなかなか大変ですね!保育園に行っている間に、あちこち東京見物をしているのだとか。

 

なるほど、いろいろな状況があるのだなあと驚きました。が、孫の世話で終わらず、好奇心たっぷりにあちこちと見て歩いているところがとても素敵ですね。

 

もう一人の方は、東銀座にとてもアクセスがよい会社にお勤め。もう10年以上も歌舞伎座の近くに勤めていて、チラチラと歌舞伎座が気になり、たまに幕見も見ていたそうですが、ちょっと真剣に解説聞きたいなと思ってのご参加。

 

なるほどねえ。いろいろな動機でですが、どなたも「歌舞伎って、気になっていたけれど敷居が高くて、なかなか来られなかった」というのは同じ。(あ。男性の方は何回か見られたようですが)

 

なんでそんなに、庶民から遠い存在になってしもうたのか、歌舞伎よ。

 

この日は、楼五三桐。1時集合で、いろいろお話をして、やっと4時半から歌舞伎を観たわけですが、反応は上々。

 

「もうちょっと、歌舞伎を見たくなりましたよ」と女性の方。吉右衛門の写真展が銀座ミキモトでやっていることと、東劇のシネマ歌舞伎の話もしたら、ぜひ行ってみたいと。シネマ歌舞伎は熊本でもやっているんですよとお伝えしました。

 

歌舞伎は昼の部、夜の部を観ようとするとなかなか時間が長くてあきらめがちですが、シネマ歌舞伎、一幕見、役者さんの写真展、ギャラリーに講座などなど、いろいろと楽しみ方もありますので、ぜひ少しずつたしなんでみてください。もちろん、ナマの歌舞伎を観るのが一番!まずは一幕見がおすすめです。

 

歌舞伎にGO! 一歩踏み出すお手伝い。私の出番はまだまだありそうです。

 

楼門五三桐 歌舞伎座夜の部

わずか15分の演目なのに、目にも心にも焼き付く。そんな演目です。

一幕見でみれば、たったの500円!

はじめての歌舞伎にいかが~?

 

ただし4階席だと、最後に五右衛門が見切れちゃいます!

まずは、解説を~~。

 

■作者: 初代並木五瓶

■初演: 1778(安永7年)4月、大阪角座。

「金門五三桐」という長いお話の中の一シーンで、たったの15分!

 

■登場人物 ()内は今回演じる人

石川五右衛門吉右衛門

真柴久吉(菊五郎)

右忠太(歌昇)

左忠太(種之助)

 

■あらすじ

(1)京都の南禅寺の門の上。ここに石川五右衛門が住んでいます。都の景色を眺めて「絶景かな。絶景かな」とその景色を愛でていて、ゴキゲンです。

 

(2)そこに一羽の白鷹が飛んできました。くわえているのは白布。それは大明国の宗蘇卿(そうそけい)の遺書でした。そこに書いてあったのは、

・五右衛門が大明国の宗蘇卿(そうそけい)の遺児であったこと。

・父宗蘇卿(そうそけい)も、育ての親武智光秀(明智光秀)も、どちらも真柴久吉(豊臣秀吉)が殺したということ

 

(3)五右衛門は父と育ての父の仇が久吉と知り、討とうと決意します。わなわなと震えながら

「たとえこの身は油で焼かれ、骨は微塵に砕けるとも、この恨み、今にぞ報させくれん」と怒り心頭です。

 

・怒りに震えているところに、敵が襲い掛かります。

「これは、うぬら。何者なるぞ」

久吉の忠臣、右忠太、左忠太でした。盗賊石川五右衛門を探しながらなかなか見つからないでいたところ、白鷹を追ってきて、五右衛門を見つけたのでした。

立ち回りになりますが、あっという間に二人を蹴散らかす強い五右衛門。

 

(4)そして、ここで山門がぐっとせりあがります。

 

楼門に書き付けた和歌を詠む巡礼の声が聞こえてきます。

「石川や浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽きまじ」

 

「なんと!?」むっと思った五右衛門。

 

「巡礼に」と久吉。

五右衛門。かっと声のする方に小刀を下に投げつけます。

ひしゃくでパンと小刀をキャッチ。

「ご報謝」と久吉。

二人ともポーズを決めて幕。

これで全部です。

 

え?これだけ?と思うのも当然の、ほんの15分の演目です。でもすごいんですよ。

ザ・歌舞伎ですね。

 

■見どころ■

幕開け

定式幕があくと、水色の幕がはられています。浅葱幕といいます。浅葱幕は、ぱっと一瞬で大道具や役者を見せるために使われます。ex幕が切って落とされる

通常の幕だと、徐々に中の様子が見えてしまいますからね。

 

浅葱幕の間に大薩摩の演奏があります。今回これが素晴らしいので堪能してください。

 

朗々として素晴らしい大薩摩

「だんまり」や荒事の前に幕の外で三味線一人と長唄一人が立って演奏するのが大薩摩。舞台の幕が開いたのに、またまた幕がかかっているし、一体これから何が始まろうとしているんだろう?と思うと、スタスタと若者が縦長の木の箱のようなものを持ってきます。そして、すっと幕の中に入っていきます。入れ替わり入って来るのが、裃を付けた三味線と長唄の方。今から大薩摩(おおさつま)が始まるのです。

 

べべんべんべんべん。日本のロックってこれじゃないですかね!

すばらしい三味線のテクニックに拍手が起こります。今回は長唄も朗々としたお声。

4階幕見席までガンガン響き渡り、大向こうもかかります。

 

そして、すっとお辞儀をして幕の中に入り、先ほどの若者が木の箱をしまいにもどります。

 

豪華絢爛な大道具

そして、浅葱幕がチョンと切って落とされると、舞台には華やかな楼門。どまんなかに石川五右衛門人間国宝 中村吉右衛門!)です。

 

(楼門のセットは、現在歌舞伎座ギャラリーで展示されているので、五右衛門になり切りたい人は、ぜひ歌舞伎座ギャラリーへ!)

 

これは楼門の2階部分という設定です。あとで、久吉が現れてくるところから楼門ががーっとせりあがる大がかりな仕掛けです。

 

存在感のある役者

芝居の内容が「景色をながめて上機嫌。仇がわかる。カッとする。仇が下にいた。刀を投げつける。

というだけの芝居(笑)。しかも大道具が絢爛豪華。とすると、役者によほどの存在感がないといけません。

 

今回の役者は吉右衛門菊五郎。動きもなければセリフも少ない。ストーリーもこのシーンだけ。それでも、これだけの存在感、あとになってもぐっと心に残る残像。それはこの二人の人間国宝の演技のたまものなんです。一分の隙もありゃしません。

吉右衛門74歳。菊五郎76歳。背筋も伸び、声にも張りのあるお二人の演技を心にしっかりと刻み付けましょう。

 

手裏剣投げに瞬き厳禁

五右衛門が投げた手裏剣(小刀だけどね)を、ひしゃくでハッシと受け止める久吉。ここは、瞬き厳禁でお願いします。3階B席以上だと、投げつける五右衛門の顔が見切れてしまうのがまことに残念…。

 

にくいぜ、久吉「巡礼にご報謝」

ひしゃくは、よく我々も神社で手を洗うときに使うひしゃくです。久吉は巡礼をしています。巡礼の途中で、人からお金や食料などをいただくときに使うこのひしゃくを使って、手裏剣をキャッチして、「ご報謝」と手をあわせる。「小刀サンキュー」みたいな感じでしょうか。にくいですね。

 

しかし小刀を投げて、必ずひしゃくでキャッチできるものでしょうか?これは小道具の仕掛けがあります。絶対に成功する仕掛けです。(^^)/

 

昨日の状態では、そんなに待たなくても幕見のチケットは買えましたが、4時過ぎにはお立見になった模様。15分なので、立ち見でもそれほどつらくはないと思いますが、何せ、見切れちゃうので、なるべく前のほうの席をとったほうが良いかと思います。

 

 

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第6回 歌舞伎懐かし堂「暫」

昨日は「歌舞伎懐かし堂」に初めて行ってきました。

 

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 ▲木挽町広場は、もうクリスマスムード♪

 

「歌舞伎懐かし堂」は歌舞伎座ギャラリーで不定期に開催されるイベントで、松竹が撮影所蔵している舞台映像の上映会です。

 

衛星劇場でも古い演目は見られるけれどなー」と思っていましたが、やはりスクリーンが大きいので、その分迫力もあります。行って良かったと思いました。1500円です。

 

昨日の演目は、昭和60年、第12代團十郎の襲名披露5月の昼の部に上演された「暫」でした。

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◆「暫」の衣裳は60キロ

團十郎さんは、大きく大きく「暫」を演じていて、昭和のお客さんも、平成の私たちも拍手喝さい。

このときの「暫」、9世團十郎が演じた以来90年ぶりの「暫」だったそうです。

 

「暫」の衣裳は、60キロもあるそう。堂々と動きますが、ちょこまか動けるようなものではないんですね。

 

團十郎は「團十郎の歌舞伎案内」で「暫」について語っています。

 

襲名のときに、衣裳の色が浅くなっていたので染屋にだして衣裳を新調した。ところが染め上がりを着てみたら重すぎて動けなかったそうです。60キロどころではなく、とんでもない重さで、結局襲名のときは古い衣裳を使ったそうです。

 

なぜ、「暫」の衣裳が重いかというと、「染め」のせい。柿色の裃の色は染めが入りにくいので染料に何度も何度も漬け込むために重くなるそうです。

 

◆ばかみたいに豪華な配役

さて、このときの「暫」、さすが襲名のときとあってめちゃくちゃ濃い配役でして、ツイッターお仲間が「ばかみたいに豪華」とつぶやいていましたが、本当にそうでした。

 

12世團十郎(当代海老蔵のお父さん) 鎌倉権五郎景政

二世松緑(当代松緑のおじいさん)の清原武衡

十七世羽左衛門(当代彦三郎・亀蔵のおじいさん)の鯰坊主

七世梅幸(当代菊五郎のお父さん・菊之助のおじいさん)の女鯰

十三世仁左衛門(当代仁左衛門のお父さん)

 

ここに、当代吉右衛門左團次・彦三郎(当代楽善→当代彦三郎・亀蔵のお父さん)・八十助(十世三津五郎)らが、若々しさ満開で出ています。

そして、辰之助。当代松緑のお父さんで、私は子どものころ大好きだった役者さんです。

 

辰之助は、腹出し、赤ッ面のひとりで当代吉右衛門の隣にいました。吉右衛門丈より少し身長は低めですが、いい面構え、そして腹の底から朗々と出る声のよきこと、よきこと。

 

辰之助は、1987年に40歳という若さで亡くなりました。そのころ歌舞伎から離れていた私は、大好きだった辰之助が死んだことも知りませんでした。2年後の1989年には辰之助の父であった2代目松緑も亡くなりました。単に息子の死というだけでなく、後継者としても多大な期待を寄せていただけに、どれほど落胆したことか、辰之助の死が松緑の死期を早めたとしても不思議ではありません。

 

昨夜の「歌舞伎懐かし堂」は、やはりお年寄りの方も多くて「おお」「ほお!」と時に感嘆の声があがったり、「似ているね」「懐かしいね」など連れ合いの方と語り合ったりしながら、皆さん熱心にスクリーンに見入っていました。

 

楽しい1時間でした。

 

帰りは、歌舞伎座の前を通ってみると、11月の顔見世興行のときだけかかる櫓が立っていましたので、写真を撮って帰りました。

 

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次回は、日程も演目もまだ未定。

中村歌昇 歌舞伎夜話 10月16日

 

去年の7月以来という中村歌昇丈の歌舞伎夜話。私は今回が初めてでしたが、実は花道会のトークには参加したことがあります。あれはいつだったかな。そのときより、ずっと中身が濃く、ものすごく成長されたんだなと感じました。

 

歌舞伎座ギャラリーは現在、来月歌舞伎座で行われる「楼門五三桐」の色彩鮮やかなセットが正面を飾っていますがそれを意識してかせずか、真っ黒なセーターとパンツで、とてもくっきりと美しくお姿が映えておりました。

戸部さんは、なぜかダーツの柄のシャツでした。

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出演演目について

【8月双蝶会・関扉】

 

昨年5月に関扉はやりたいと思っていた。体力的にきついし、しかも1日2回ということで大変なことはわかっていたが無謀なことに挑戦しようと思った。

 

昨年の10月には正式に決まり、吉右衛門丈にも「大変なお役だぞ。100%出してもむずかしいぞ」と言われたけれどもそれでもやりたいと申し出た。

 

振りは、ご宗家の振り付けで、花道では傘ではなくまさかりを持つもの。

 

実際にやってみてますますすごい作品だと感じた。

歌舞伎らしく、いい意味でばかばかしい。仕方話があったり廓話があったり風情もある。やってみてさらに好きになった。いつかまたやりたい。

丸く丸く踊れと言われて最後までできなかった。踊りの基礎をもっとしっかりやらなければと思った。

体力を使うので、自分自身は燃焼しきってやり切った感はあるが、それはそれだけであって…。

 

関扉の衣裳は暑くて重くて。それでも動くからまだよくて、昨年のども又のときは止まっている時間が長くて、暑かった。

 

戸部「どんなふうに研究しましたか?」

いろいろな人の関兵衛を観ました。関兵衛は、自分にない大きくておおらかさのあるキャラ。そこに惹かれる部分がありますね。

難しかったところは酔っぱらって出るところ。酔っぱらって歩けないってことはあまりないじゃないですか(笑)。そういうことがあったとしても覚えてないし(笑)。

眼、体、頭でわかっていてもまだできない。あとは余裕なのかな…

 

【9月鼓童

戸部「幽玄という世界。評価が分かれるところでしたが、いかがでしたか?ぼくはおもしろかったですよ!もちろん」

歌昇「どこが?」

戸部「鐘供養のところ」

歌昇「俺が出るところじゃないんか~~~い!」

爆笑

 

戸部「古典の原作を知っている人と知らない人とでは感じ方が違うかもしれませんね。いかがでしたか」

歌昇「うーん。僕らが今まで考えてきたものと新しいことを、同時にしている感じでした」

たとえば、カウントとりながら踊るのも初めてのこと。「石橋」はシンバルに合わせた。

「羽衣」は舞台の使い方に驚いた。こんな風に使えるんだ。盆の前を歩くことも初めて、こういうこともできるんだ。こうやって解釈するんだという驚き。

 

鼓童の人たちは、すごい。一音一音の響きが心臓に響くような音ですごい。聞いたことがないような音が出てくる。

 

玉三郎丈について】

とにかく、こだわりがすごい。照明へのこだわりがすごい。舞台稽古も、こんなところまでというような細かいところまで。

 

吉右衛門のおじさまと玉三郎おじさま(お兄様だったか??)どちらも、同じことを言っていた。毎日切符を払ってきていただくお客様のために、自分たちは命を削って舞台に立たなければいけない。自分はまだそこまでの意識はないというか、体も動くので勢いでやっているという感じでまだまだ。お二人は、精神力を摺り切るまでやって表現している。

 

9月は作品・座組で勉強させてもらって、本当に良かった。中身の濃い秀山祭だった。

 

【6月 国立劇場 連獅子 】

あ~。もう遠い昔みたい。やればやるほどむずかしい。毛振りは、父といっしょにそろえることを意識しすぎたかな。9月の石橋での毛振りは、また全然違ったんで。

キホン毛振りは、上手の人に合わせるもので、父に合わせようとかたくなになりすぎたかな(と反省モード)

戸部「実際の親子でやるってのは、どう?」

鼓童と、松緑さんとしか踊ったことがないので、あまり比較はできないけれど、言わなくてもわかるところはある。

しかし、関扉より、きつかったな~~。

 

播磨屋の一員として】

自分の考え方、感じ方に変化している自覚はないが、吉右衛門のおじさまがどんどん遠ざかっていく感じ。とてつもない頂き。

 

1月の引窓も、やんちゃしていたってところまで、全然表現できなかった。

勧進帳 四天王では、先頭で、気づいたら、若手を引っ張っていく役になってきている。きっかけは先頭が取ることが多いので気を遣った。

 

早く弁慶をやりたい。富樫をやりたい。

 

【来年の浅草】

この日の時点でまだ演目が決まっておらず、拵えで作る予定のチラシもとん挫。

もう松竹さんお願いだから、正月5座も開けないで。人がいなくてカッツカツなんだから!

 

昨年の派手目のパンフレットについて。

キラキラしたものが降っていましたが、あれは、目の前の至近距離に大型扇風機。左右にステップの上からはなさかじいさんのように金ぴかを降らすスタッフがいて、連写ですよ。

 

戸部 浅草は年に一度の特別な感じですか?

楽屋も日ごろから変わらないし、そんなにぶれはない。というか播磨屋の一員としておじさんの芸を少しでも継承…というのもおこがましいが、少しでも喜んでもらいたいという気持ちです。

 

以下Q&A

 

【お子さんに関して】

お子さんには歌舞伎役者になってほしい?

自分自身強要されていなかったので…(無理やりやらせるつもりはない)

が、最近喜んでる。自分が白塗りしててもわかってくれてる。

 

でも舞台に立つことを思うと想像しただけで胃が痛い。理想としては、花道から種之助が連れてきてくれて、自分は後見したい。

 

【1カ月休みがあったら】

パワースポット巡りとかしたいな。

 

戸部「吉野山に旅行に行くとか?」

ああ、そういうのはまったく興味がない。どうせ行くなら日常では味わえないインドとか行きたいな。

 

【楽しさはどういうときに感じるか?】

舞台に出ている瞬間だけ。でもお稽古が苦であると感じたことは一度もない。(厳しくされても)どうにかしてやろうと(おじさまや先輩が)思ってくれることがうれしい。

 

【種之助の女方について】

かわいいっしょ~。

器用な子やなーと思います。僕には女方のお呼びがかからないもの。

 

女方で好きな役者は】

福助さん 七之助さん

 

【いつかやりたい】

弁慶

熊谷

俊寛

松浦の太鼓

貞任

土蜘蛛

逆櫓

 

※もうひとつ何か言っていたけれど聞き取れなかった

 

これらに出られるよう、常々準備はしている。そういうつもりで観ている。あー。河内山のツラネもよかったなあ。

 

【双蝶会で得られたこと】

できていない自分への反省

 

吉右衛門丈を漢字一言で表すとしたら】

※これについては、さんざん「うーん、うーん」と悩み、「保留」といって後回しに2回くらいし、その後もまた振られて「うーん、うーん」と悩み、「戸部さんだったら何?」と聞き、

戸部さんに「雄」かなとあっさり言われ、「おお」とのけぞり、またさんざん悩んだ挙句…

「山」と絞り出しました。

「木があってー、川があってー、大きくてー、あーでも、もっともっと違うんだよなー」

 

【今年の自分】

毎月出ることができた。毎日教えて下さることがありがたい。

 

【来年の自分】

今年より進化した歌昇をお見せしたい

 

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ということで、真摯で吉右衛門丈に対する尊敬と愛にあふれた歌舞伎夜話でした。

 

1月の浅草に始まり、今年1年の濃さは本人も言っていましたが、みっちりしていてもう夏以前のことが遠い昔のように思われるほど。8月9月と濃密な時間を過ごし、一段と成長を遂げているなと感じました。

 

成長すればするほど、吉右衛門の偉大さがわかる。

だからこそ「どんどん遠くなる」という言葉も出てくる。

いつまでも追いかけ続けて、めげずに大きなお山に登って、頂きを目指してほしいものだと思いました。

 

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三人吉三巴白浪

2018年10月の歌舞伎座は、18世中村勘三郎の追善興行です。

昼の部夜の部、大変面白くなっておりまする。

昼の部のしょっぱなは、三人吉三巴白浪です。

作者は河竹黙阿弥です。幕末から明治にかけて、300以上もの作品を書きました。

初演は1860年(万延元年)、桜田門外の変があった年!

時代が大きく変わることも知らず、夢中で芝居を作っていた人、観ていた人もいたんでしょうね…。

 

■簡単なあらすじ

今回上演されるのは、大川端庚申塚の場のみです。

同じ吉三郎という名前を持つ3人のチンピラが出会い、意気投合して義兄弟の契りを交わす場面。

 

非常に長いお話の有名なこの場面のみ上演。前後の話がわかるともっと興味深くみられます。

 

■登場人物 ( )内は今回演じる人

・とせ(鶴松)  夜鷹。お金を落とした十三郎に百両を返すべく夜道を歩いているところ、お嬢吉三に出会い、百両をとられて、川に突き落とされる。

・お嬢吉三(七之助) 5歳のときに誘拐さ

・お坊吉三(巳之助)庚申丸を紛失した罪で切腹した安森源次兵衛の息子 

・和尚吉三(獅童) 吉祥院の坊主上がり。安森家に忍び入り庚申丸を盗んだ土左衛門伝吉の息子。とせの兄 

 

■<大川端庚申塚の場>詳しく

幕開け

金貸しの太郎右衛門と研師の与九兵衛が名刀庚申丸を奪い合っているところから、舞台は始まります。

 

そこへとせがやってきます。とせは夜鷹(売春婦)です。

昨晩のお客(十三郎)が百両を落としていったので、返そうと夜道を急いでいます。

「奉公人のようだったから、きっとご主人の大事なお金に違いない。困って身投げでもしているんじゃなかろうか。たった一度しかあっていないけれど、忘れられない愛しい人。

胸騒ぎがする。急ごう」

 

そこへお嬢吉三が登場。とせに亀戸への道を聞きます。

 

とせは、親切に道案内するが、方向が同じだから一緒にいってあげましょうと二人は連れ立って行きます。その時財布が落ちて、大金を持っていることが知れてしまいます。

 

お嬢は、人魂が出たといって、怖がるふりをして、とせに近づき、財布を取ってしまい、

川へ突き落します。

 

太郎衛門が後ろからとびかかるが、それもかわし、太郎衛門の庚申丸も奪います。

ここで、有名なセリフを。

 

「月も朧に、白魚の かがりも霞む春の空

冷たい風もほろ酔いに 心持よくうかうかと

浮かれ烏のただ一羽 ねぐらへ帰る川端で

棹のしずくか濡れ手で粟 思いがけなく手にいる百両

ほんに今夜は節分(としこし)か 西の海より川の中

落ちた夜鷹は厄落とし 豆だくさんに一文の

銭と違って金包み

こいつぁ 春から 縁起がいいわぇ」

 

とそこにお坊吉三が登場。一部始終をみていたお坊。お嬢と

百両をよこせ、よこさぬのけんかとなります。

 

そこに登場するのが、和尚吉三。二人の仲裁に入り、「百両を自分に渡す代わりに自分の腕を切れ」という和尚に、心意気を感じた二人は和尚と義兄弟の契りを交わすことを申し出、百両は和尚が預かり、3人はかための血盃を交わしてその場を去るのです。

 

終わりです。

 

<この一幕の見どころ>

実は、「三人吉三」のお話は凄惨な悲劇。でもこの場はヤンキー3人が出会って、お互いに意気投合するという場面だから、気分も高揚し、暗くはなりません。

 

■見どころその1

ベタですがひたすら3人がかっこいい。

特に、お嬢吉三の美しさ。たおやかな女性がヤンキー男性に様変わりするところ。

お嬢「あれえ~。いま向こうの家の棟を光りものがとおりましたわいな」

とせ「そりゃ、おおかた人魂でございましょう」

お嬢「あれえ~」

とせ「なんの怖いことがござりましょう。夜商売をいたしますれば、人魂なぞはたびたびゆえ、こわいことはござりませぬ。ただ世の中に怖いのは、人が怖うございます」

というところで、

お嬢「ほんに、そうでござりまするなあ」と財布を胸元からすっと取ってしまいます。

とせ「これは、この金をなんとなされます」

 

というおとせに、ぐっと声を落として

お嬢「なんともせぬ、もらうのさ」

 

しびれますね。

 

とせは驚いて

「えええ? そんならお前は」

と問いかけると

 

「泥棒さ」とどすの効いた声。

 

たまりませんね。

 

そのあとの、先ほどの名セリフ。お坊吉三との出会い、そして3人の見得、どうだ、どうだと言わんばかりのかっこいいシーンの連続に、ただただ見ほれてしまいます。

 

ここの場は、思い切りかっこよくて、気持ちのいいところです。けれども実は物語全体が因果が絡み合い、もつれあい、でもどうしようもない底辺の人間たちの悲劇なんです。それがわかっていると、ただかっこいいだけではない、このあと徐々に迫ってくる切なさ、悲しさまで見えてきて、よりこの一幕が美しさ、色っぽさ、はかなさなどが際立って見えてくるんです。

 

見どころその2

七五調のリズムが心地よい

 

歌舞伎の歌というのは、歌うようにセリフを言うという意味だそうです。まさに河竹黙阿弥の七五調の名調子が耳に心地よいったらありません。

 

12代目團十郎は、「團十郎の歌舞伎案内」の中で三人吉三のことについて、語っています。

大川端は、一幕30分程。12代団十郎は、若き頃、菊五郎(当代)と初代辰之助とよく上演。地方に行くと早く遊びたくて、セリフをどんどん早く言って、15分くらいで終わらせていたそうです。

12代團十郎は、まじめな人でしたから、一体どちらにそそのかされたんでしょう?と考えるとニヤニヤしちゃいますし、それほど流れるような、歌うような黙阿弥のセリフなんだなあと思うと、やはりそれはそれで感慨深いです。それにしても15分て…笑。

 

<見逃せないアイテム>

ここの場面だけでなく、全編を通じて大切なアイテムがあります。庚申丸とそれを買い戻すための百両です。この二つのアイテムが、因果と絡まり合って、あっち行ったりこっちに行ったりするわけです。

 

・庚申丸 将軍家→安森源次兵衛→土左衛門伝吉→刀の研師与九兵衛→木屋の主人→十三郎→軍蔵・与九兵衛→お嬢→お坊→安森家へ

・百両 庚申丸を買い戻すためのお金。軍蔵→十三郎→おとせ→お嬢→和尚→伝吉→与九兵お嬢→久兵衛

 

こんな具合です。

 

この一幕の前後、お話はどういう経緯をたどるのでしょうか?

<絡み合う因果・この話の流れ>

・犬を殺したたたりが怖い

土左衛門伝吉(和尚吉三、とせ、十三郎の父)が庚申丸を盗んだ際に犬を殺してしまいます。

犬の祟りであざだらけの子どもが生まれ、妻はその子と身投げ。その後双子が生まれたので一人は里子に出します。出した里子が十三郎で、残した子どもがとせ。十三郎ととせは愛し合ってしまいますが、それは今でいう近親相姦。当時は、畜生道に落ちると言われていました。この世で幸せにはなれない悲劇です。

 

・お坊吉三は、和尚吉三の親、伝吉を殺すこととなります。

 

・役人から、お坊とお嬢をとらえるように言われた和尚は、悩んだ末、この世では幸せにはなれない自分の実の妹と弟であるとせと十三郎を殺し、その首をお坊、お嬢の首だと偽り、差し出します。

 

・しかし、最後は三人とも追手から逃れられず、刺し違えて死ぬこととなります。

 

どうです?ものすごい悲惨、因果にがんじがらめなストーリーでしょう?

南北のど悪人とはまた違う、社会の底辺にうごめいているチンピラの悲劇が哀しいです。

 

通しではあまり上演されませんが、2014年に渋谷のコクーン歌舞伎で上演されました。これが面白かったですねえ。シネマ歌舞伎でまたやることもあると思いますから、もし機会があればぜひご覧になってください。