改めて、『夏祭浪花鑑』の感想。
今までもこの芝居は好きだったし、その都度感動しているが、今回はまたとびきりよい出来だった。
とにかく団七九郎兵衛を演じた愛之助がよかった。上方の言葉がスムーズで、ナチュラル、迫力があってよどみがない。愛之助は、この役を平成19(2007)年に初演。筋書によればその後3回演じて今回5回目にして初めて歌舞伎座での団七を演じた。最初は伯父にあたる片岡我当に教わり13世片岡仁左衛門の著書も熟読し、平成25(2013)年の際には当代仁左衛門にも見てもらったという、これぞ松嶋屋!という団七なのだ。碇床にくっきりと染め抜かれた松嶋屋の七ツ割丸に二引の紋が誇らしげ。
長町裏の場のそれぞれの殺しのシーンもスローで美しく、ずっと流れる浮世絵を眺めているよう。そこに祭囃子の音がかぶさっていく。見得がいちいち決まって綺麗だとは思っていたのだけれど、
あそこは相手との息も合わせないといけませんし、自然に理想的な場所へ移動しながら美しく見得を決めていくためには、経験を積みながら自分の身体で覚えなくてはいけません。1つの見得から次の見得と動きながらも、殺しに行っている意識を忘れてはいけない。ただ「はい決まりました」「はい決まりました」の連続だけでは、まったく面白くないんです。
(ステージナタリーhttps://natalie.mu/stage/pp/kabukiza28 より)
とあって、なるほどなあと思った。殺しにいっている意識があるからこそ、美しく流れるような動きなのだと改めて感じた。見得をしたあとに漏れる「はあーっ」「かーっ」「たーっ」という声が、切迫感をより感じさせた。
そして彫り物とふんどしだけになってからの団七の身体の美しさだ。筋肉がしっかりとついた太もも、がっちりとした太い肉体が団七役者にはいい。
これでもか、これでもかと執拗に絡まり合う義平次と団七。もうくたばったかと思えば、再び絡みついてくる義平次。いやらしさ、しつこさがたまらない。義平次もこの若造が気に喰わないというたけだけしさがよく出ていた。橘三郎も御年80歳ということで驚くばかり。
米吉は、愛之助、菊之助という先輩の中にはいってお梶を遜色なく勤めていたし、種之助莟玉巳之助も昨年の尾上右近の自主公演で『夏祭』に参加していたので、皆十分に役がモノになっているという感じがした。巳之助は下剃三吉だけでもったいないようだったが、ものすごく鯔背でかっこよかったし、この公演中にもしか誰かが休演となれば、どの役でも演じられたと思う。それもあっての三吉だったのかなと思ったり。(右近の自主公演の時は義平次と徳兵衛の二役)
菊之助は徳兵衛。こちらも博多座で徳兵衛は経験済み。私は博多座では観ていないが、博多座のときよりぐっと太くなり魅力が増したという声もよく聞いた。
そして歌六。たまらない。老任侠三婦の「まだまだ負けやせんわい」という気概。「じゃかあしいやい!」と怒鳴りつける迫力。磯之丞を心配する気配り。お辰の気概に感じ入り磯之丞を託す男気。何から何までいい男だ。三婦がいいのか歌六がいいのか。つまり三婦を演じ切る歌六が最高にいい男なのだ。
こっぱの権の蝶八郎、なまこの八の菊次。殺陣師でもある菊次の手足を伸ばしたときの決まり方が美しい。「いなごなら跳ね込んでやろう」とぴょんぴょん飛んだり、三婦との立ち廻りでものの見事にふっ飛ばされたり、それがいかにもうまいものだから三婦が引き立っている。
人気の演目だから、いろいろな人で私も観た。2018年の吉右衛門の団七は忘れられない。もうお歳だったので愛之助のような力みなぎる見得ではなかったけれどもそれでも力を振りしぼり、命を削って演じてくださった。丑之助の市松を負ぶってニコニコしていたのは忘れられない。あのお歳(そしてすでに万全な健康状態ではなかったと思う中)でよく演じてくださったと思う。
昨年の右近の自主公演も若者たちの結束感がよかった。
それでも今回の『夏祭』はちょっと今後ずっと記憶に残るだろうなと感じさせてくれる出来だった。
夜の部の仁左衛門玉三郎に吸い寄せられて客の入りが夜の部に負けていたのはとてももったいない。夜の部は夜の部で魅力があるのだけれど、歌舞伎の面白さとしては、『引窓』と『夏祭』がそろっていた昼の部に軍配があがるだろうと思った。
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