通称「夏祭」。しょっちゅうかかる人気作品で、主に「住吉鳥居前の場」「難波三婦内の場」「長町裏の場」が上演されます。歌舞伎座では今月も非常に熱のこもった演技が、連日観客を沸かせています。
■登場人物
主人公は団七九郎兵衛ですが、このお話は玉島磯之丞というアホボンを周りの人々が一生懸命助け、支えるという話でもあるので、磯之丞を中心に人物相関図を書いてみました。相関図に描き切れなかったのは、大鳥佐賀恵右衛門と玉島兵太夫が同じ家中のものだということと、三婦と団七は強い信頼関係で結ばれていること。かな。
(今までの話は()内)
団七九郎兵衛(だんしちくろべえ) 義侠心の強いヤンキー。(大鳥佐賀右衛門の家来と喧嘩になり入牢)。玉島兵太夫の口添えで、牢を出ることができたので恩を感じ、兵太夫の息子礒之丞を命をかけて守ろうとする。
お梶 賢いしっかり者。団七の女房。(放蕩三昧で家に帰ってこない玉島兵太夫の息子礒之丞を、一計を案じて無事家に戻し、感謝される。入牢していた団七の一刻も早い釈放をお願いして叶う。兵太夫からは磯之丞のことを頼まれた。)
市松 団七とお梶の息子
三婦(さぶ) 任侠の親分で、若いころはずいぶん無茶もしたようだが最近は数珠を耳にかけて極力無茶はしない。とはいえ失礼な若い奴をみると手がでるし、義侠心も強い。団七と旧知の仲なので、団七に全面的に協力。
おつぎ 三婦の妻。気のいい女だが、少々考えなし。先のことを考えずに行動してしまうところがある。
玉島磯之丞(たましま いそのじょう) 兵太夫の息子でアホぼん。(大鳥佐賀右衛門にだまされてすっかり傾城琴浦に入れあげて、激怒した父親玉島兵太夫に勘当された。)
一寸徳兵衛(いっすんとくべえ) 元乞食。玉島生まれなので、玉島と縁あり。
(お梶に頼まれて、一芝居うち、遊び惚けている礒之丞が家に帰る気にさせる。)その後、大鳥佐賀右衛門の手下となるが、反省して、団七といっしょに磯之丞を支える。
お辰 一寸徳兵衛の女房
傾城琴浦(けいせいことうら) 磯之丞の恋人
大鳥佐賀右衛門(おおとりさがえもん) 磯之丞をお家から追放し、礒之丞の恋人琴浦の身請けを狙う。
義平次 お梶の父親。強欲な老人。(以前磯之丞をだまして50両とったことがある。)婿である団七にいい思いを持っていない。地べたを這いずり回って生きてきた強欲な老人にとって、おしゃれのめして見栄を張っているヤンキーの団七は鼻もちならないところがある。
■簡単なあらすじ
難波のヤンキー団七と一寸徳兵衛、団七の妻お梶と徳兵衛の妻お辰、全員が玉島兵太夫(出てこない)への恩を感じていて、その恩を返すために兵太夫のぼんぼん息子磯之丞を守っていくという話。磯之丞がどんなにアホでも(;'∀')。
そして親分肌の三婦が、その思いをサポートする。
結果的に団七は妻の父親である義平次を殺すことになってしまう。
■もう少し詳しいあらすじ
■住吉鳥居前の場
今日は、牢にはいっていた団七が釈放される日。旧知の仲の三婦が、団七妻のお梶と市松と共に住吉鳥居前に来た。お梶と市松がひとまず住吉さまにお参りに行っている間に、駕籠に乗った磯之丞がやってくる。駕籠に載っていながらお金も持っていないし、刀も下げていないという体たらく。
しかしそれには理由があった。傾城琴浦に入れあげて遊び惚けていた磯之丞は、父親の逆鱗に触れ、刀は取り上げられ、勘当されたのだ。金もないのに、駕籠に載っていたのは、おそらく駕籠かきの二人は大鳥佐賀右衛門に「駕籠に乗せて、どうせ金も持っていないから途中で放り出せ」などと命じられたのだ。「お乗せしますぜ。お代はあとで」などと礒之丞に言葉巧みに近づいたのだろう。
実は、礒之丞が放蕩の限りを尽くしていたのも大鳥佐賀右衛門の策略。佐賀右衛門は琴浦に横恋慕しており、磯之丞を失脚させ、琴浦を身請けするのが目的だった。
磯之丞は、三婦に助けられ、昆布屋という料亭に先に行く。
上手からお縄に縛られた団七が登場。めでたく無罪放免となる。釈放に力を尽くしてくれた玉島兵太夫に感謝し、改めて兵太夫の息子を命をかけて守ると誓う団七。
三婦と再会を喜び合うが、なんとも臭くてむさくるしい。三婦から着替えをもらって床屋で身づくろいをすることに。
上手より礒之丞を追って来た琴浦。つけてきた佐賀右衛門にまとわりつかれ、床屋に逃げ込む。追って入った佐賀右衛門は、さっぱりと粋な男となって登場した団七にものの見事にやっつけられる。
→見どころその1まるで別人のようにかっこよく再登場の団七
琴浦は、磯之丞を追って昆布屋へ。
そこへさっきの駕籠かき二人を従えてやってきたのが一寸徳兵衛。団七に絡んできたので、喧嘩となり丁々発止とやりあうところに神社から戻ってきたお梶がやってきて喧嘩をとめる。
→見どころその2 喧嘩をとめるお梶と団七徳兵衛3人
喧嘩を止めたところで、お梶よくよく徳兵衛を見てみるとおや?知った顔。実は遊び惚けている礒之丞を家に帰すために、乞食を使って一芝居。遊び惚けていたらこんな乞食になっちゃったという話をさせて、すっかり遊ぶ気の失せた礒之丞は家に帰ったのだ。
徳兵衛は、その乞食だった。褒美に着物や金までもらっていたから、お梶には頭が上がらない。その上、よくよく話を聞いていると玉島様の話。徳兵衛は生まれが玉島で、女房お辰にとっても玉島さまは主だから、自分にとっても親方のようなもの。これは喧嘩をするどころか、ぜひ、自分も協力して玉島磯之丞さまのために力を尽くしたいというわけで、一致団結。
とりあえず、琴浦は三婦が面倒を見、磯之丞は奉公に出そうということになるのだが。
■カットされている 内本町道具屋の場&道行妹背の走書
ここから釣船三婦内の場に至るまでに、いろいろあります。今回(というか大体)カットされるところなのですが、かいつまんでご紹介。
礒之丞は清七と名前を変えて道具やに奉公に出るが、奉公先の娘お中といい仲になってしまう。そして、怪しい田舎侍、弥市、伝八というトリオに騙されて(また!)50両取られてしまう。それを恨んで、清七は弥市を殺してしまう。この上は死ぬしかないと清七・お中は心中を覚悟して安居天神の森まで行くが、そこで三婦に出会い死ぬのをあきらめるよう説得される。
弥七なんて悪党は「殺すが世界のためなれば。」この釣船が吞み込んでからは、大舟に乗ったつもりで!と説得され安心安堵納得する清七(おい!)。
そして、殺した弥市を探しにきた伝八をだまして殺し、礒之丞が書いていた遺書を伝八が書いたことにしてしまう。
伝八をどう殺したか?お中がまず「私、清七さまに振られてしまった。もう死にたい。どうやって死ねばいいのか教えて」と伝八に巧みに近寄り、「刃物がなければ首くくり。」という伝八に、どうやって締めるのと重ねて聞く。伝八は、枝に帯をくくりつけ、喉仏に充てて、グッと締め付けて、切株へ乗り死に方を見せているところに後ろから三婦が両足をどうと蹴飛ばして、殺してしまう。そして、清七の書置きに宛名がなかったのを幸いに、弥市を殺した罪に良心がとがめて自殺した伝八というストーリーにして、夜のうちに大坂へ戻る。
というとんでもない状況になっている。ここがカットされているため、鳥居前の場から三婦内の場へ移ると、あまり時間の経過がないように感じられてしまうがそうではない。すでに三婦は、殺人隠蔽の共犯者となっており、磯之丞が何をやらかすかわからないアホぼんということもわかっていて次の場にうつる。
■釣船三婦内の場
お中は、三婦が家に送っていったので、すでにいない。
琴浦と礒之丞が、いちゃいちゃチクチク喧嘩のようなじゃれ合いのような幕開け。でもまあ、奉公先の娘といい仲になってしまって(心中事件、殺人事件まで起こして)いるのだから、琴浦が嫉妬以上に怒るのは無理もないこと。それにしても「娘のいるうちに奉公へやるなんて団七さんも…」と怒っている琴浦に「団七の悪口はいうな。据え膳と河豚汁を喰わぬは男でない」なんてしゃあしゃあという礒之丞って、本当に呆れた男だ。
お中を送って帰ってきた三婦は、ちょっと疲れた風。伝八に何もかも負わせたつもりだったが、書置きの筆跡が伝八のものではないという噂があって、お詮議の手が及ぶかもしれないとのこと。そうなると礒之丞を大坂に置いておくこともできない、こんな目立つところに二人を置いておくものはあるかとおつぎを叱る。しばらく二人は離れ離れにしなければいけないから、とにかく奥へ行って「暇乞いと仲直りの汗を一度にかいて置んせ」。(このセリフは歌舞伎では省かれていますが、色っぽいですねえ)
そこにやってきたのが、いい女お辰。一寸徳兵衛と二役をすることも多いが、今月は団七黒兵衛の愛之助が二役をこなした。これもとてもよかった。
お辰は、一寸徳兵衛の女房。三婦の女房おつぎは、このきっぷのいい姉さんが国に帰ると聞き、ぜひ礒之丞を連れて行ってほしいと頼んでしまう。ちょっとおつぎさん、よく考える前に行動しがち。案の定三婦に叱られる。
三婦の心配は、お辰がイイ女過ぎるということだ。前段の騒動を観れば確かに納得。琴浦という恋人がいながら、奉公へ出せばすぐにそこの娘といい仲になってしまう。浅はかで騙されて金を取られると頭に血が上って人殺しまでしてしまう。そんな危なっかしい奴を簡単に女性に(しかも美人)に預けることなんてできるわけがないではないか。
ところが、色気がありすぎるからと断られたお辰。一度頼まれたら断れない性格。それならこれでどうだ!とばかりに、暑く熱した鉄弓を自分の頬に充ててやけどを負ってしまう。醜ければよかろうというわけだ。それまた乱暴な。その心意気に感じ入り、三婦は礒之丞をお辰に預けることにする。
その後、こっぱの権となまの八がやってきて、三婦とひと悶着あって外へ行く。そこへ来たのが義平次。団七に頼まれたと言って、琴浦を連れて行ってしまう。ここもまたおつぎが簡単に琴浦を義平次に渡してしまうのだ。三婦さえいれば、簡単に渡さなかったであろうが。入れ違うようにして、団七、徳兵衛、三婦がもどってくる。団七と徳兵衛はお揃い色違いの浴衣でさっぱりとかっこがいい。団七に頼まれて連れて行ったという話を聞き、団七は血相を変えて琴浦を連れ戻しに行く。
→見どころ お辰の男気あふれるきっぷの良さ、お辰の去り際。
おつぎに「そんな顔になって、徳兵衛さんに嫌われないかい?」と聞かれて「あの人が惚れているのはここではない。」と顔をさし、「ここでござんす」と胸をパンと叩くところがみどころ。やんややんやの大喝采。
→見どころ 最後の花道での団七のポーズ!
■長町裏の段
琴浦を佐賀右衛門に渡して金をせびろうとしている義平次は、強欲で品のない爺さんだ。駕籠に琴浦を乗せて急いでいるところに、団七はやっと追いついたのが長町裏。
団七は大切な礒之丞さまの恋人だから渡すわけにはいかない。義平次と押し問答。義理ではあるものの親であることから、完全に団七を下に見てバカにしている義平次。なんとか屈辱に耐えている団七。
石を金に見立てて「30両あるので、これで琴浦を返して」とごまかし、なんとか琴浦を乗せた駕籠を三婦の家にもどしたものの、30両のウソがばれ、義平次激怒。その怒りは次第にエスカレート。そしてついに団七が立派な雪駄をはいていることにぶち切れ。雪駄で団七の眉間をたたき、団七も思わず脇差に手をかける。もみ合ううちに脇差で義平次の耳の後ろを斬ってしまい、義平次が「人殺し~」とわめき始め、にっちもさっちもいかず、ついに義平次を殺してしまう。
遠くから「ちょうやさ、ようやさ」という祭囃子の音がだんだん近づいてくる。憔悴する団七。義平次を池に落とし、刀をしまい、群衆にまぎれて逃げ落ちていく。
→長町裏の段はすべてみどころ。一瞬も気が抜けない。
・遠い祭囃子がだんだん近づく音。ドンチキチンチキチンチキチンドンドン という鳴り物の音の高低だけで、団七の焦燥感や興奮や、祭の高揚感などがあらわされる巧みな演出。
・愛之助の肉体の美しさ。見得の美しさは比類がない。陰惨な殺しの場が美しい肉体のポーズで埋め尽くされて、絵巻物を見ているかのよう。また義平次を演じる橘三郎のすごみが戦慄するほど。長く吉右衛門団七の相手役をしていただけある。
ここで、幕です。
このお話のその後どうなるのか気になりますね。それは長くなるので別稿にいたします。こちら!
気になる疑問はこちら。この稿に答えはかいてあるけれど。
『夏祭浪花鑑』その3 この話の元ネタは?など、さらにQ&Aはこちら!