「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

5月の振り返り

桜が散って5月。新緑のパワーが盛り上がるように出てくる季節。歌舞伎で5月といえば團菊祭だ。今年は3年ぶりの團菊祭で、新緑のパワーに負けじと盛り上がった。でも舞台は歌舞伎にも文楽にも桜吹雪がいっぱい!な5月だった。

 

5月の観劇記録

歌舞伎

歌舞伎座1部~3部までそれぞれに面白く見どころがあり、どれもよかった。少しずつコロナ前の世界に戻りつつあるのもうれしいし、観客も増えて歌舞伎座もにぎわった。1階のお土産屋と館内がつながり、人形焼きも売られ始めた。ワクワクする。

一番よかったのは2部の「土蜘」だった。

文楽

そして、うれしいことに国立劇場小劇場での文楽もとてもよかった。1~3部全部観たけれど、どれも面白く全然寝なかったのは珍しいかも(;^_^A

一番よかったのは3部の「義経千本桜」

義経千本桜は、↓こちらに書いたがほかのものもよかった。 

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他の感想も書きたいけれど。時間が…。

2部 競伊勢物語

3部 桂川連理柵

 

映画

「われ弱ければ 矢島楫子伝」

明治時代に、酒乱の夫と別れて上京し、教師となり、今の女子学院の院長となった人。「一夫一婦制の建白」、「海外醜業婦取締に関する建白」を政府に提出したり、後年、「禁酒運動」、「公娼制度廃止運動」等にも尽力した。アメリカにわたり、ルーズベルトにも会い、アメリカで大人気だったそう。お札に顔が載ってもおかしくないほど数多くの仕事をされたのに、私は名前すら知らなかった。やっぱり男社会には歓迎されない人だったのかなと腹がたったり。

常盤貴子主演。

スポンサーもままならない中で、この映画を作りたいという情熱だけは熱かったから、出演者は著名人のほか素人のスタッフも数多く、著名人(常盤貴子渡辺いっけい石黒賢竹下景子、ほっしゃん、森三中など)は、きっと手弁当で駆け付けたのだろうし、素人さんたちもボランティアだろう。熱い気持ちが感じられた。上映前に監督の山田火砂子さんが挨拶したけれど、現在90歳。矍鑠としたもので、こちらの背筋が伸びました!

原作三浦綾子

「大河への道」

これは、1月に見た志の輔原作の落語が映画化になったもの。

映画は面白かったけれど、たった一人で映画と同じくらいパワフルに表現できる落語ってすごいなと今更ながら。

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お芝居

「面影小町伝」

急遽見に行くことになったもの。お茶の間時代劇的で、浮世絵師が出てくる話だし楽しめた。

若干「?」なところはあったけれど。お家の重宝どうしちゃった?とか。

元宝塚の男役蓮城まこと、彩凪翔、和泉元彌が出演。蓮城まことは、きっぷのいいお姐さん。かっこよかった。

孫十役の小林功がいい味を出していた。ワルイ殿様に仕えているので、ちょっと居丈高だったり調子が良かったりすることもあるけれど、殿に対する彼なりの忠義が一途で好感が持てた。そして、立ち回りとか、しぐさがとてもよかった。

昭和59年から平成元年までは劇団前進座に所属、平成元年3月からは萬屋錦之助一門に入門していたというから、肝太く、下半身がずっしりと安定が良くぶれないのは、萬屋仕込みの基礎がしっかりしていたんだと納得した。基礎のできている人は、安心して見られるからいい。

 

というわけで、大変充実した5月だった。

 

ブログは、少し下手なイラストも描いてみたりした。練習して、見やすくしていきたい。

6月はいよいよ博多座参戦。

歌舞伎座も充実、国立劇場の鑑賞教室もある。

 

時間を上手に使って、無駄のないように過ごしたい。←それがむずかしいのよ。

 

 

 

歌舞伎 時代ものの魅力その1 金閣寺を例に

時代物の魅力がたっぷり味わえる金閣寺。今回あらためて歌舞伎の魅力に感じ入った。なんというか、おおざっぱなところと緻密なところ。きらびやかなところとそうではないところ、相反するものが混然と一体になっているところに魅力があるのだなと感じた。

 

たとえば、金閣寺という舞台は大がかりで、セリが上がったり下がったりするのも見どころだけれど、横の桜の木は変わらずに立っているのに、建物だけが上がったり下がったりしているので、大がかりな舞台だけに可笑しい。

天井絵を描くのかどうするのだと迫る大膳は恐ろしいし、刀を抜くとやれ不思議、滝つぼに龍の姿が!というのもドラマティックだけれど、その龍が、なんだかウナギイヌみたいにエラク貧相だったりする(笑)。

 

足で桜の花びらを寄せ集めてネズミを描くと、あら不思議、本物のネズミとなって現れて縄を食いちぎってくれる。そのネズミは消えて後には桜吹雪が!というのもファンタスティック!でも小道具のネズミのおなかがパカっと開くところが丸見えなのも、可笑しい。もちろんネズミは後ろで黒衣が差し金で操っている。

 

今は、CGだかなんだかなんでも本物っぽくできちゃうところでこのアナグロ感。それら全部ひっくるめて、歌舞伎って面白いよなあと思う。

 

一方で、役者の底力、声、姿、顔、本物の邦楽のライブ、衣裳の豪華さ、デザインの妙などが、もう突き抜けている。特に時代物にはそんな魅力がある。

 

初めて見る人には時代物は難しいかもしれないけれど、最初は

「なんじゃこりゃ!?!?」で全然いいと思う。「はあ、なんだかわからないけれど、きれいだった。すごかった」となんだか気になったら、2回3回とみてほしい。

 

その1って書いたけれど、続くのかな?

信康~あらすじとみどころ

染五郎歌舞伎座で初の主役を演じると話題の「信康」。「鎌倉殿の13人」に勝るとも劣らないシンドイ展開なので、お覚悟あれ。

 

登場人物

家康 三河遠江の領主。息子信康を信じ、愛しているが、武田、今川に囲まれ、信長ににらまれ、徳川の存続を第一に考えなければいけない立場。

信康 家康の嫡子・岡崎城主。明朗快活、強い信長にあこがれ、父の穏やかな性格を低く見ているが…。

築山御前 家康の妻 信康の母。出自は今川家。嫁である徳姫を疎ましく思う。

徳姫 信康の妻、信長の娘。姑である築山御前と相性が合わず、悪口を書いて信長に送ってしまう。

平岩親吉(ちかよし) 信康の傅役。

大久保忠世 二俣城主。

酒井忠次 一門の宿老

松平康忠 信康の家老

本多重次 三河奉行

奥平信昌 家康の娘婿・長篠城

大久保忠佐 忠世の弟

鵜殿又九郎 信康の家臣。信康を守るために、自分の命を身替りにすることもいとわない。

 

あらすじ

一場 岡崎城本丸書院

信康をめぐる不穏な空気。

不穏その1

嫁姑の関係にある築山御前(姑)と信康の妻徳姫。徳姫は、信長の娘。

派手好みの信長の娘は、なにかにつけ当世風。今日も今日とて風流踊りを楽しんでいるが、築山御前は気に喰わない。やめさせるよう伝えてほしいと言い、なんとなく不穏な空気。

不穏その2

そこへ、信康の傅役(もりやく)親吉が、家康のところから戻ってきた。家康に呼ばれて聞かれたことは、築山殿と徳姫さまの仲のことばかりだったという。康忠、又九郎とともに、信康の身に何かあるのではと一抹の不安がぬぐえない。

 

そこへ鷹狩から帰ってきたのが信康。

 

信康はたいそう元気な若者。家来たちが、築山と徳姫の仲の悪さが信康にも影響を及ぼすことを心配して、少し二人の仲を取り持つことを提案するが、笑い飛ばして気にしない。

不穏その3

しかし家康の使いとして、本多作佐が現れ、信康はしばらく二の丸からの外出を禁じられてしまう。城主の替わりは作佐が預かるという。理由がわからず混乱する信康たちだが、これは家康の本意ではなく、信長の差し金だと作佐はいう。

 

天下の信長が、嫁姑の争いにいちいち口をはさむようなことをするだろうか。家康が気をまわしすぎているのではないだろうか。

築山は、信康に「信長は血まみれの鬼じゃ。気をつけなされ」と警告する。

不穏その4

徳姫に問い詰めると、信長に文を出し、築山が信康と徳姫のことを仲たがいさせようとしていること、信康に側妻を押し付けたことなどを報告したという。築山は怒って席を立つ。

 

信康は、信長の情け容赦のない強さをあこがれている。あのようでなければ天下は取れない、そこを見習いたい。それに引き換え父親は穏やかすぎる、頭の低さが気に入らないと考えている。

 

ところが、そこに家康が来て徳姫の手紙の詳細について語る。

「築山のところに出入りする医者は、実は武田の間者で、武田の味方をするよう築山をそそのかしている。築山は信康も味方に引き入れ、側妻を押し付けた。しかもそれは、武田に仕えた侍の娘だった」という内容だったという。

 

それだけのことを信長に詰め寄られれば、家康とてそのままにはしておけず、信康に追放を申し付けざるを得なかった。しかし、九八郎を信長の元に使わして、釈明をさせているところだ。

 

家康は、徳姫の手紙になったようなことは信長の言いがかりで信康に罪はないことを知っている。しかし信長は、信康の器量を恐れて、殺そうとしている。そして、家康が信長に逆らえないことをも十分知っている。

 

「不憫ながらこの岡崎を出よ。父を信じて時をまてい」と信康に言うしかない家康だ。

 

そこへ、信長のもとに釈明にやった九八郎が戻ってきた。なんと、釈明どころか門前払いのうえ、「信康の謀反明らか、直ちに始末せよ」との命令をうけたという。

 

家康は、無念の唇をかみしめる。

二場 二俣場外の丘

1か月後。

岡崎城を出た信康は海浜大浜、浜名湖畔の堀江城と追い立てられて、遠州二俣城の大久保忠世の元に預けられている。

 

この日、忠世、忠泰と信康と3人で外で簡素な宴をはっていた。そこへ、親吉と又九郎がやってくる。

 

武田の軍勢が迫る中、何もできず忸怩たる思いの信康。

鷹狩の好きだった勇ましい信康だったが、今はその気もない。鷹のように強くありたいと思って来たけれど、鷹に追われる小鳥の哀れさが身に染みると嘆く信康に親吉、忠世、忠佐は、涙する。

 

そして、忠実な家来たちは信康に逃げるように進言する。しかし信康は、もし自分が逃げれば、父家康にも徳川の家にも迷惑がかかる。もし、自分が逃げれば即座にそれを口実に、信長は三河へ攻め込んでくるだろうと語る。

しかし、逃げろというのは実は家康の本心でもあった。家康は築山御前を殺し、その死をもって信康を助けようとしているということを聞き、衝撃を受ける信康。

 

だから逃げて生きてほしいと懇願する家来たちだが、信康にはわかっていた。

信長は築山の首とともに、信康の首も要求しているだろうということ。

そして、又九郎がおのれの首を信康の身替りにしようとしているということも。

 

信康は、又九郎に自分の身替りとなる覚悟があるのなら、今すぐ家康のところに行き、親子の縁を切ると伝えてこい!というのだった。

 

父が、信康かわいさに徳川を危機に貶めるようなことがあってはいけないと信康は決意したのである。

三場 二俣城本丸広間

切腹を命じられた信康。そこへ家康が来た、その瞬間に信康は短刀を腹に突き立てる。

家康は、信康が親子の縁を切る決意をしたたくましさ、裏切り者の名を恐れぬ勇気、情けを知り情けを越える眞の大将の器になったこと、そして、家康に信康を殺す決心をさせたことを称えて、慟哭する。そして…。

見どころ

抗えない運命のもとで、成長していく信康

信康は、勇猛果敢でいくつも軍功をあげ、注目をされたことが原因で、信長に目をつけられてしまい、切腹をさせられてしまう。

 

実際は、勇猛果敢であったのか、気性が激しく乱暴者だったのか、家康と不仲だったという説もあるので、諸説があってどれが正しいのかはわからない。

ただ、田中喜三の書いたこの「信康」は、もともとは明朗快活で、強い信長にあこがれていたのが、次第に苦境に立って、悩みもがきながら、強い鷹よりも追われる小鳥に心を寄せるような青年として成長する姿が魅力的に描かれている。

 

優しさだけではない。徳川の家の存続の前には、自分の命など取るに足らないという心にまで至る、また父がなぜ、自分を岡崎から大浜へ。浜名湖の堀江へ追放したのか。それはすべて、逃げやすいルートだったからと気づく賢さ。又九郎が自分の身替りになろうとしていることに気づく聡明さ。

父の愛や家来たちの気持ちがすべて、抗えない運命に引きずられるようになってからわかるという哀しさ。

染五郎の演技に期待

NHK大河ドラマの「鎌倉殿の13人」で、木曽義仲の息子義高を演じて評判となった染五郎歌舞伎座で初の主演となる。どうだろう。まだ17歳。どこまでがんばれるか。

「鎌倉殿の13人」での義経にちょっとイメージが被るような悲劇の貴公子信康。義高に次ぐ信康というしんどいお役ではあるけれど、体調を整えて頑張ってほしい。

ラストシーンの白鸚の芝居に、泣く。たぶん。

ラストシーンが迫力で、台本を読んでいても白鸚丈のほとばしるような声が聞こえてくるよう。(まだ舞台を見ていないのに、目に浮かぶ)

 

「信康、そちゃ、たばかったな!ようも親のわしにそちを殺す決心をさせおったな!」からのセリフの感動的なこと。泣かせること。

 

この家康は、吉右衛門亡き後、白鸚以外にできる人はいないのではないかと思う。

 

楽しみです…。(ハンカチを握りしめつつ)

 

 

義経千本桜 文楽~ 華やかで、広がる多幸感

5月の国立劇場文楽公演の1部は義経千本桜だった。今回は、鳥居前、吉野山、河面法眼館、と続いてあるので、話の筋が通ってわかりやすくなっていた。
1月の歌舞伎座での河面法眼館や2月の大物浦を観た人も、今テレビで「鎌倉殿の13人」を観ている人も、「はは~ん。なるほど!!そこがこうつながるのか」とか「あの義経がこの義経?」などと思った人が多かったのではあるまいか。

 

 

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簡単あらすじ

伏見稲荷の段(鳥居前)()は歌舞伎などでの通称

義経が鼓を静御前に渡す。

道行初音旅(吉野山

その後、義経は渡海屋に行き、大物浦の場で知盛の最後を見届けた後九州へ落ちのびようとするが、嵐に合い九州行きを断念。住吉浦に吹き上げられ、そこから吉野山へと逃避行。
それを知った静は、忠信を伴って追う。しかしその忠信は、鳥居前からずっと偽者で、実は狐なのだ。

詳しくはこちらに書いてあります

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河面法眼館の段(四の切)

そして、静と忠信がようやく到着した河面法眼館で、本物の忠信と出くわしてしまい、偽忠信は正体を現す。正体は狐であったというお話。静と義経は、狐の情にほだされて、初音の鼓を与え、狐は大喜びで帰っていく。

詳しくはこちらに書いてあります。

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なんとなく、お話つながりましたか。

太夫休演、代演織太夫

今回の1部は、豊竹咲太夫文化功労者顕彰記念・文学座命名百五十年 という記念の演目で、咲太夫肝入りだったのだが、残念ながら体調不良のため休演。弟子である竹本織大夫が代演だったのだが、それがまた立派にお勤めになり、素晴らしい公演となった。

すでにパンフレットは咲太夫ありきでできており、
「『四の切はこれが最後』という想いで勤めます」というタイトルとともに記念インタビューがどんと載っているので、咲太夫の語りを聞けなかったのは残念ではある。

ではあるが、演目を選んだのも咲太夫さんだし、いくつもあるという口伝を継承しているのも織太夫さんだし、立派にこなしたのも織大夫さんであれば咲太夫さんもうれしかったであろうし、この公演はとにかくよかったということになるのではないかと。

ごちゃごちゃ言っているが、とにかくよかったのである。咲太夫さんの一日も早いご回復をお祈りしたい。今回の公演の好評を聞いて喜んだり「まだまだ若いもんには負けんぞ!」と奮起して、すっかり元気に!!なるといいですね。

アクロバティック文楽

狐忠信は、歌舞伎でも人気演目で、とりわけ今年の1月に猿之助が演じた四の切(河面法眼館)は圧巻だった。でもそれに勝るとも劣らなかったのが、今回の文楽。(4月には大阪で演じてこちらも大変な評判だった。2か月にわたる公演、お疲れさまでした!)。

今回、人形は狐・忠信が桐竹勘十郎

文楽でのキツネは、本朝廿四孝にも出てくるけれど、歌舞伎よりアクロバティックだ。そりゃいくら猿之助でも、飛んだり跳ねたり早替わりは人形のキツネにかなわないのだ。本朝廿四孝の勘十郎狐もすごかった。


「違う人形なんだから、そりゃ早替わりも早いでしょうよ」というなかれ。人形遣いも衣裳を早替わりするのだぞ。

〽初音の鼓~

と出てくるキツネ。しゃーっと走ったり、しっぽをハグハグしたり後ろ足でポリポリかくのもかわいい。

 

〽遅ればせなる忠信が旅姿
で、さっと人の忠信に変身(人形遣いも!)
人外の動きは、人形だからずっと怪しげ。裾がパタパタしていて妙な動きだ。

 

〽野道畦道ゆらりゆらり
華やかな桜の中、静と忠信の踊りがなんとも言えず愛らしい。

 

 

扇は船の帆になったり、忠信の兄忠継の胸板を貫く矢になったりする重要な小道具。

 

〽住吉浦に吹き上げられ
のところでは、扇をくるりんぱと1回転させるし、忠継が討たれるところでは、静が後ろ向きでポーンと扇を放り投げ、忠信がキャッチする。見どころでもあるので、お見逃しなく。ちょっとドキドキ。

 

だってすごいですよね。人形があの結構な距離を扇を飛ばしてキャッチするんですから。もちろん人間の手がやっているわけだけれども。

※歌舞伎だと忠信がポーンと花道から投げる笠を藤太がキャッチするけれど、文楽では藤太は鳥居前でやっつけられて死んじゃうので、吉野山には出てこない。

そして、いよいよ河面法眼館へ。

河面法眼と妻が出ず、最初から義経が舞台中央に座しているところなどは歌舞伎と違うけれど、あとは大体歌舞伎と同じかな。でもバッと四方に衣裳がすっ飛んで、早替わりになるというようなある意味漫画チックな狐のアクロバティックが、ますます冴え渡る。

 

そして、歌舞伎と同様だけれど、親を思うキツネがかわいくて愛しくてたまらない。場内はもうただキツネの愛くるしさにただただ涙。

 

華やかで、多幸感いっぱいのラスト

そしてラストシーンは、義経に初音の鼓を与えられて、うれしくてうれしくて飛び跳ねて喜ぶキツネの愛らしさよ。そして勘十郎とともに、宙乗りへ。(よく宙づりという人がいますが、宙乗りですよ、宙乗り)歌舞伎と違って、舞台上での宙乗りで、座席の上を飛ぶわけではない。

舞台は真っピンク。桜に染めあがる。吉野山の上空へグングンと昇っていくキツネ。どんどん館は視界の下の方へ。そして真っピンクに染めあがった吉野山の上空を飛んで行って、場内はただただ「ああ、源九郎狐よ。よかったね、よかったね。」という想いのみで満たされる。


幕が閉じていくとともに、飛ぶキツネが大切に持つ鼓からもはらはらと花吹雪が出て、桜の花びらに包まれて幕。

 

何たる多幸感。

 

ああ、これだこれだ。今欲しかったのはこの「ああ、よかったね、よかったね」というハッピーな気持ち。

いやなニュースばかりが続く中、気分も落ち込みがちなこの頃だけれど、なんだなんだ?このふわ~っと沸き上がるような幸せな気持ちは。しかも場内いっぱいだぞ。

 

舞台で、最高の見せ場のときに客席からおこるざわめきを「じわ」って言うけれど、この義経千本桜が終わって幕が閉まった後は「じわ」というより、「ふわわ~」「うわわ~」がおこり、「よかったね!」という満足感で場内が満たされた。みんなマスクの下で「ふわ~!」って言っていた(と思う)。場内拍手大喝采。止まらない。

わけもなくジーンとしてしまった。

 

さて、この「義経千本桜」大阪で上演されたときのものが今週日曜(5/29)にNHK「古典芸能への招待」でさっそく登場するとのこと。

舞台で見た方も、見損なった方もぜひぜひご覧ください。

しあわせ気分になれること請け合いですよ~。

 

※今回、義経の人形を操っていた玉助さんへ取材した記事はこちらです!古いけど💦

smtrc.jp

 

祇園祭礼信仰記~金閣寺 あらすじとみどころ 

これ、予習なしで行くと、ちょっと難しいかも。しっかり予習をして、細部まで楽しみましょう~♪

登場人物

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松永大膳 松永久秀がモデル。足利家の家臣だったが朝倉義景と共謀し、足利義輝を殺害。天下を狙う。
松永鬼藤太 大膳の弟。

慶寿院尼 足利義輝の生母。謀反をたくらむ松永大善に金閣寺の最上階に幽閉されている。
雪姫 絵師雪舟の孫。雪村の娘。慶寿院に仕えていた。父雪村を何者かに殺され、倶利伽羅丸という刀も奪われたため、夫とともに仇を探している。大膳に横恋慕されている。

此下東吉 秀吉がモデル。実は真柴筑前守久吉。小田信長※の家来だが、信長を見限って大膳の家来になると言って大膳のもとにやってくる。実は慶寿院尼を救出に来た信長のスパイ。

加納之助直信 雪姫の夫。絵師。

十河軍平 大膳の腹心の部下と思いきや…

※今回、文楽の床本を元にしてあらすじを書いているので、信長ですが、歌舞伎では小田春長です。

あらすじ

雪姫捕らえられて「天井絵を描くか、自分の物になるか」と脅される の巻

京都鹿苑寺金閣では、松永大膳が足利義輝を殺し、義輝の生母慶寿院尼や、慶寿院尼に仕える雪姫らを幽閉し、天下を狙う機会をうかがっています。

大膳は人質である慶寿院尼に天井に雲竜の絵を描くように要求され、雪姫に絵を描くか、自分のものになるか迫りますが、雪姫はきっぱりとどちらも断ります。

幽閉されている慶寿院尼が「直信か雪姫に天井絵を描かせるように」という要求をするにはわけがありました。大膳から奪い返した御旗を雪姫か直信に渡し、殺された足利義輝の弟慶覚に届けようとしていたのです。

大膳は大膳で、慶寿院尼は大事な人質。要求を無下にはできないのでした。

しかし雲竜の絵は、雪姫の祖父雪舟の秘伝。雪姫の父雪村が殺されて奪われた秘書がなければ描けないし、また直信という夫があるので、不義の誘いに乗るわけにはいかないと、雪姫はどちらの要求も断り、いっそのこと殺してくれと泣き伏すのです。

腹をたてた大膳は、雪姫の夫加納之助直信を殺すよう、弟の鬼藤太に命じます。

東吉登場の巻

そこへ軍平が東吉を連れてきます。東吉は、信長を見限り大膳を頼ってきたというのです。

「ご覧の如く四尺に足らぬ此下東吉、甲州山本勘助に比べては抜群劣りし小男」なんていうセリフがあります。1尺は約30㎝ですから、1m20㎝?ずいぶん小さいですね。小さくてすばしこく、猿とあだ名された秀吉のイメージでしょうか。

大膳と東吉は碁を囲みながら互いの腹の探り合いとなります。

碁の勝負と、雪姫の思いとが重なり合うの巻

さて、雪姫は考えます。慶寿院尼を救いたい。夫の命も助けたい。なんで大膳の言いなりになるものか、しかし、いやと言えば夫の命はない。

緊迫した碁のやり取りに、雪姫の思いが重なります。

昔、常盤御前は夫の仇の清盛に身を任せたのは子供のため。自分に子供はいないけれど、夫の命を救うため、大膳の意に沿うと決意し、

碁の勝負も拮抗している大膳のうしろにおずおずと立ち寄っていきます。

その気になってくれた雪姫に、大膳は大喜び。すっかり注意力が散漫になりその間に、負けてしまいます。

東吉、大膳の信用を得るの巻

カッと来た大膳は、碁盤をひっくり返して怒るのでしたが、東吉はにっこりと笑って
「すべて碁は勝たんと打たんより、負けまじと討つが碁経の掟」。

そして勝つべき碁をわざと負けるような追従軽薄なことは自分はしないと悠然というので、大膳も「なかなか頼もしい」と大いに納得するのでした。さらに東吉の才知を試そうと、碁笥(碁石を入れる容器)を井戸に投げ入れて、手を濡らさずに取ってみよと言います。

 

東吉は滝の水を樋に流しいれて、プカーンと浮いた碁笥を見事に取って見せます。そして碁盤をひっくり返して碁笥を乗せ、信長の首をこうやって血祭りにあげますよとアピール。さすがの大膳も、東吉の才知を認めざるを得ず、軍師として迎えることを決めるのでした。

雪姫、仇は誰かを知るの巻

大膳は、東吉を見送るとウキウキと雪姫を伴って「さて寝室へ♪」といざなおうとするのですが、雪姫は「抱いて寝る前に、天井の絵を描ければ望みをかなえましょう。でも、秘伝の書がないんですよねえ~」などとちょっとグズグズ。すると大膳は、龍の絵の見本を見せてやろうと、刀をさっと抜き放って、滝に映すと、アーラ不思議やな。滝の中に龍の姿がありありと浮かび上がったではありませんか。

な、なんと!雪姫は、驚きます。

なんとなれば、その刀こそ、祖父雪舟の名剣俱利伽羅丸。倶利伽羅丸は、朝日に映せば倶利伽羅不動の御尊体が、夕日に向かって映せば龍の形が浮かび上がるという不思議な刀でしたが、父が殺されて奪われたものだったのです。

ということは、大膳こそが父の仇!

雪姫は大膳に襲い掛かりますが、残念無念
「天下はもとより王位をも臨む大膳、匹夫連れが敵などとは小賢しい女め!」と足蹴にされ、逆にとらえられ、桜の木に縛り付けられてしまいます。

ああ、しかも、夫、直信も縛られて軍平に連れていかれてしまいました。

東吉は「ご主人を狙う女、なぜ細首を打ち召されぬ」と刀を抜きますが、大膳はそれを止めます。
「なぜとは無粋。あの縛られた姿をみよ、雨を帯びたる海棠桃李、桜がもとに括り付け、苦痛を見せたその上で、抱いて寝るか成敗するか、二つ一つはまあ後ほど」

なんとまあ、卑劣でいやらし~~~~!(歌舞伎ではここまでのセリフはなかったです)

雪姫、花びらを集めてネズミを描くの巻

雪姫は、木に縛られ、ただ心細く一人でいます。夫が通っていきますが、見かわすばかりの涙声。
悔しくもがいても何もできません。

そのうち雪姫は祖父雪舟のことを思い出します。雪舟は、昔絵が好きで絵ばかり描いていたので師の僧が戒めにお堂の柱に縛り付けられました。しかし流れる涙を足でネズミの絵を描いていたところ、ネズミが生きて出て、縄を食いちぎってくれたというのです。

そのことを思い出して「私だって、絵描きのDNAを受け継いでいるわけだし!」と足で桜の花びらをかき寄せかき寄せかき集め、筆はなくても爪先を筆の代わりに、一心にネズミを描いたところ、うれしやネズミが出てきて縄を食いちぎって消えていきました。

東吉の正体とは!の巻

自由になった雪姫を見つけた鬼藤太が雪姫の行く手を阻みますが、東吉の手裏剣に討たれます。

え?なぜ東吉が?

 

実は東吉は、真柴久吉。慶寿院尼を救うために信長に放たれたスパイだったのでした~。
雪姫は鬼藤太が持っていた倶利伽羅丸を取り戻し、直信の連れていかれた舟岡山へと救いに向かいます。

けなげだー。つおい女、スキー。

しかも力強く駆け出す花道で、ちょっと刀を抜いて、お化粧を直し顔を整えるところが最高!にかわゆい。

東吉、慶寿院を救出するの巻

一方、東吉、もとい久吉は、大膳の家来と大立ち回りを繰り広げ、桜の木を登り(何せ猿のようにすばしこいテイ)、幽閉されていた慶寿院尼の元にたどり着き、見事救出に成功します。

そこへ援軍、小田信長の軍勢も押し寄せます。大膳は必死に応戦するところに軍平が現れます。なんと味方と思っていた軍平も小田家の家臣でした。

 

大膳、万事休す~!

 

久吉も姿を現し、大膳に、いずれまた正々堂々と戦おうと告げ、大膳も受け入れ、さらばと別れていくのでした。

おしまい。

見どころ

鹿苑寺金閣。セリが上がったり、下がったり~

京都の金閣寺って行ったことある人は多いと思います。知っている場所が舞台だと、気分も上がりますね。上がるのは気分だけではありませぬ。セリが上がったり、下がったり、演出がダイナミックですよ。横に立つ桜の木は変わらないから、なんだか変だけれど(;^_^A

そして、きらびやかな舞台。美しく舞い散る桜、美しい姫、憎々しい悪役、救いの騎士とまあ、てんこ盛りにそろっている舞台です。姫を救う騎士という図柄でないのもいいな。最後の大立ち回りも花四天がそろってきびきびと楽しい。

三姫のひとつ 雪姫の魅力

とらわれの身となる雪舟の孫の雪姫は、歌舞伎の中での三大お姫様の一つに数えられる女方の大役です。雪姫の魅力は、囚われの身となるだけではなく、どうしたら危機を打破できるか、考えて、自分で判断して行動できる女性だということです。大膳の一方的な横恋慕に拒否するものの、夫を救うために大膳の要求をのむ。けれども簡単には身をゆだねないぞ。


そして縛り付けられてからも、どうやったら脱出できるか脳みそ振り絞って考えて、行動する。最後は夫を救いに駆け出す。でも顔を整える女心も忘れない。なかなか素敵な女子ではありませんか。

慶寿院尼の福助

2018年の金閣寺では、慶寿院尼として福助が病後8年ぶりに登場。観客からはうぉおおおという言葉にならないような歓声があがり、劇場一杯に感動が広がりました。今回再び慶寿院尼として出られる福助。4年たってさらに演技の幅が広がってできるようになっているのではないでしょうか。普段のリハビリの努力に頭が下がります。

碁の勝負は…

余談ですが、舞台の上では、碁は本当に勝負しているらしいですよ。あまり勝負に夢中になってしまい、セリフが飛んでしまった役者さんがいたとかいないとか…。さて今回の役者さんはどうかな…(笑)

 

仁左衛門6月休演 演目差し替え「切られ与三郎」→「ふるあめりか」

またまた残念なニュース。片岡仁左衛門丈、病気のため6月は休演となりました。

 

仁左衛門休演

6月は、にざたまの「与話情浮名横櫛」が予定されており、今回「源氏店の場」だけではなく、「木更津海岸見初めの場」からあるので楽しみにしていたのですが、残念。休演の理由は、「帯状疱疹」でかつらをかけることができないためとのことでした。

www.kabuki-bito.jp

 

帯状疱疹って昔はかかると大変痛くて、治るのも時間がかかったようですが今は特効薬もでき、だいぶ軽く済むように聞いています。それにしても疲れやストレスが原因のことも多いとも聞きますので、どうぞお大事に。

 

かなりここのところ出演も多く、お疲れは無理からぬところ。

 

なんて他人事みたいに言っていますが、ついつい仁左衛門が出ると聞けば色めき立ってしまい、チケットも奮発してしまう私のような輩が多くいるからこその、出演回数の増加でしょうから、体調不調の一端はこちらにもあるのかと。しょぼん。にざ様もしょぼんとしているのであろうなあ。お気の毒に。

 

どうぞ無理をなさらず、養生していただきたいものです。

演目差し替え「ふるあめりかに袖はぬらさじ」へ

そして!通常は主役が休演となれば、代役がでるものですが、今回はなんと演目差し替え。

「ふるあめりかに袖はぬらさじ」を玉三郎がドーンと出してくれるとのこと。

 

これはおもしろいから、大歓迎。私はシネマでしか見ていないので楽しみです。

ちょっとだけ心配なのは、シネマで観ていたのでセリフはよく聞こえたけれど、セリフは多いので歌舞伎座の3階までちゃんと聞こえるかしらってこと。

munakatayoko.hatenablog.com

まだ詳細は発表されていませんが、今のところ出ている情報では、

芸者お園 玉三郎

通辞藤吉 福之助 (シネマでは獅童

遊女亀遊 河合雪之丞 (シネマでは七之助

岩亀楼主人 鴈治郎 (シネマでは勘三郎

 

とのこと。いいじゃないですか!

福之助くん、抜擢続きですね。

雪之丞さんは、「切られ与三」(「与話情浮名横櫛」)で久々に歌舞伎座に出る予定でしたが、引き続き「ふるあめりかに袖はぬらさじ」にも出られることになってよかったです! 

岩亀楼主人は、がんじろさん。これはいいですねえ!すごくいいと思います。

これからどんどん追加配役が発表になると思いますが、なんにしても歌舞伎座臨機応変、柔軟な対応力がすごいなと思います。

 

ゴールド会員チケ取りの翌日の発表だったので、「切られ与三」のつもりでチケットを買ってガッカリされている人もいるようですが、チケットの払い戻しはできるそうです。

 

あっという間に切られ与三のはいったチラシは回収され、大間の看板も外されたようです。チラシのすり直しなど、また大わらわですね。

 

ということで、レアなチラシとなったのはこちら。

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元気になったら、にざたまでぜひやっていただきたいな。

 

 

鏑木清方展2022~明治時代の生活を細やかに描く。芝居絵もたくさん♪

とても素晴らしくて、2回観に行った。

私の印象に残った絵を中心にご紹介。

 

生活をえがく

過ぎし明治時代の生活をえがいた数々の絵。

 

東京は、関東大震災で壊滅的な打撃を受け、大きく様変わりした。関東大震災の前の時代、ことに明治時代を鏑木清方は愛し、昭和になっても明治時代のあれこれを思い出し、絵にしている。

鰯(昭和12年

鰯売りの少年を、家の中から呼び止める女性。家の外には、朝顔が巻き付き、その横を走っていく小さな子ども。すだれを通して、台所の様子が垣間見える。目の前の生活の一瞬を切り取ったような絵。今にも風鈴の音、パタパタ走る子供の足音、「いわし~」という少年の声、呼び止める声などが聞こえてくるようだ。

明治風俗十二ヶ月(昭和10年

毎月の風物詩を描くこの12枚続きの絵も、明治時代の生活をえがいている。

6月 金魚屋

昔はこんなふうに金魚を売っていたのか。大きな生け簀に金魚がたくさんいて、その生け簀に板が渡してあって、板に乗ったお姐さんが袖をまくって金魚をすくい取ってくれる。金魚に見とれる男の子は、パリッと糊がきいていそうな白いシャツを着ていてきっといいところのお坊ちゃんなのだろう。美しい弧を描いてスーっと逃げる金魚たちに見とれている。

8月 氷店

暑い日差しの中で、そこだけすっと涼風が吹いているかのよう。氷をしゃっしゃっとかいている音が聞こえてくるよう。着物の柄が細かくて素敵だ。この柄をもとにして染めた手ぬぐいもミュージアムショップで売られていた。

9月 二百十日

にわかに出てきた黒雲。風に舞う木の葉。「風が出てきたわね」というように不安そうに外を見上げる女性。なまあたたかな雨のにおいがしそう。

10月 長夜

生活そのものの瞬間。子どもは机に向かっている。本のページをめくる音。柱時計はカチコチ。ランプの元で、おばあさんは火鉢で何かあぶっていて、お母さんは縫物。さわさわと布を動かす音、ミチっと針が布を刺すときの音。小さな音が重なり合って、夜が更けていく。

12月 夜の月

雪が積もっている。車夫がお客さんに膝に温かそうなひざ掛けをかけている。客の女性は、顔も口も覆っていて、とても寒そうだ。車夫のむき出しの手は冷たいのだろう。赤みがかっている。

 

どの絵からもストーリーが見えてきて、そのまま一遍のお話が語られるよう。においも音も温かさも冷たさも感じられ、絵の中の物や人が動きだしてお話は始まっていく。

墨田河舟遊(大正3年)

とても大きな絵だった。写真、テレビ、映像ではなく、実際に本物をみることでわかるのが、絵の大きさ。圧倒される。

ドーンと右におおきく屋形船。中にはお姫様の一行が乗っていて熱心に楽しそうに操り人形を見物している。緑のすだれがかかっており、うっすらと中が見える。大きい絵だけれどもとても細緻だ。

その屋形船の上では、使用人?が作業。屋形船の周りにはスイカを売っている舟やら、網を打っている漁師やら、ほんわかとえがかれていて、のどかな情緒が感じられる。

 

続く「築地明石町」「浜松河岸」「新富町」3部作も、大きかった。

築地明石町

さすがのすばらしさ。40歳代かしら。浅葱色の小紋に紋付の黒い羽織、ちょっとだけ見える裏地の赤。鮮やかだ。ふっと後ろを振り返った姿が物憂い。鏑木清方さんは朝顔が好きなんだなあ。よく出てくる。足元に朝顔。背景にはうすぼんやりと船。

物語を描く

幼きころは来る日も来る日も物語を読んで絵におこしていたという清方。歌舞伎にも小さい頃から親しんでおり、明治33年22歳のとき創刊した「かぶき」の創刊号から挿絵や劇評を担当したのでたくさんの絵をみることができた。歌舞伎好きなら思わず足を止めずにはいられない。歌舞伎役者さんも見られたかしら。

芝居絵十二題(大正15年)

これがいい。サッと描いているけれど「あの、あの場面ね!」っとわかるやつ。

助六で、意休に煙管を差し出すところ(足の指にはさんで)や、鳴神上人が雲の絶間姫の介抱で、胸元に今にも手を入れんとしているところや神霊矢口渡で頓兵衛が娘お舟に斬りつけるところ、源氏店でお富に藤八がおしろいをつけてくれと頼むところなどなど~。

どうです?読むだけでワクワクしませんか?

これらが、「築地明石町」みたいな画風ではなく、ぼかしながらささっと描かれていてとてもすてき。

京鹿子娘道成寺 (昭和3年)12枚

花子が道成寺に現れて、木戸からそっと覗いているところから始まり12枚。花笠の赤がグラデーションで美しい。清方さんは字も女性のような美しい字を書く。

本朝二十四孝 十種香の段 八重垣姫 勝頼 濡衣(昭和9年

こちらもよかった。美しい勝頼、勝頼の絵を見て拝んでいる八重垣姫、きりっとした濡衣。

 

展示では、時系列で並んでいたわけではなく、「生活をえがく」「物語を描く」「小さく描く」といったカテゴリーに分けられていたので気づかなかったが、改めて描かれた時期を書いてみたら、私の好きな鏑木清方の絵は、(ほかにも好きな絵は書ききれないほどたくさんあったけれど)主に大正から昭和初期にかけての作品のようだとわかったのもおもしろかった。あと、あれもよかったな~。あれ。と楽しく反芻中。

 

東京での展示はすでにおわってしまったけれど、現在は京都国立近代美術館で7月10日まで開催されているので行かれる人はぜひ。おすすめです。

 

東京国立近代美術館は周りにいろいろあるので、お散歩も楽しい。

1回目は桜の季節だったので、千鳥ヶ淵から千鳥ヶ淵墓苑へ。

千鳥ヶ淵墓苑

 

2回目は、北の丸公園へ。

 

その後、GWに神楽坂周辺を散歩していたら、なんと鏑木清方の住居跡の公園があって、驚いた。