2024年2月の文楽1部。
歌舞伎での5段目、6段目に相当する「山崎街道出合いの段」「二つ玉の段」「身売りの段」「早野勘平腹切の段」。見ごたえ聴きごたえがありました。
定九郎の衣裳は、歌舞伎からの逆輸入
中村仲蔵の物語で有名な「二つ玉の段」。
江戸時代の歌舞伎役者中村仲蔵は斧定九郎の役を演じるにあたって、それまでの定石だったしょぼくれた格好ではなく、大胆に白塗りの顔、黒羽二重のキリリとした衣裳にして大当たりをとったと伝えられています。
それでは歌舞伎の元になった人形浄瑠璃では、汚い衣裳なのかと思いきや、歌舞伎さながらの黒羽二重の男っぷりのいい姿。はてな?と思ったら、歌舞伎から文楽へ逆輸入されたとか。パンフレットの中で児玉竜一先生が解説されていました。
機を観るに敏なるかな。文楽で評判となればすぐに歌舞伎がまねをする、歌舞伎での演出がウケたとあればそれをまた逆輸入する。どんどんこうして歌舞伎と文楽が競い合って芸術を高め合っていたのですね。
文楽では、定九郎と与市兵衛のやりとり多め
定九郎の衣裳は同じですが、歌舞伎と文楽で他の部分ではどうでしょう。
歌舞伎の5段目では稲叢をかきわけうしろからぬっと手が出てきて与市兵衛は50両を取られてしまいますが、そこが文楽ではだいぶ違います。与市兵衛が50両を持ってきたことを知って追ってきた定九郎とのやり取りがかなりありますし、殺し方も結構残忍。
でも、50両を持っていることを知って後から追って来たというほうが、歌舞伎での演出よりも、理にはかなっていますね。
文楽では、殺されそうになって与市兵衛が「まあまあ待ってくださりませ」と命乞いをします。この50両という金がどれほど自分にとって家族にとって大切な金なのかを話すところで、胡弓の音色。哀しく響きます。
まあそんなことをお構いなしに定九郎は残忍に殺し、谷底へ遺体を蹴落とします。
この後は同じ。
「跳ね込み蹴り込み泥まぶれ、はねはわが身にかかるとも、知らず立ったる後ろより」
うまいですねえ。与市兵衛を踏んだり蹴ったりしたときのどろのはねは自分にかかってくることを知らずに定九郎は立っている。と、うしろから猪が猪突猛進やってきて、それを狙った勘平の銃に打たれて、あわれ定九郎はあっという間に死んでしまいます。
このほか、歌舞伎と違うところでいうと、おかるが買われていく一文字屋が、歌舞伎ですと女主人もついてきますが、文楽では才兵衛だけだったり、おかるの母の名前が歌舞伎では「おかや」ですが文楽では「与市兵衛女房」とあるだけです。
役者を見せる歌舞伎と、文楽との違いを発見するのも楽しいものです。
太夫・三味線の腕の見せ所
「身売りの段」では、一文字屋の亭主がおかるを迎えに来て、与市兵衛がまだ帰宅していないことで、次第に雰囲気が不吉なものになっていきます。勘平は、自分が撃ったのが舅だと勘違いをしてしまいます。ハッと青ざめた表情、手の震え、力の入る肩、
「『南無三宝、さては昨夜鉄砲で撃ち殺したは舅であったか。、ハアハツ』と我が胸板を二つ玉でうちぬかるるより切なき思ひ」
鉄砲で打ち抜かれるよりもツライという勘平です。
この段で語るのは織太夫・三味線は藤蔵。知ってはいるけれど、織太夫の声の演じ分けが大変よろしくて、本当に同じ人が語り分けている?と太夫を二度見、三度見をしてしまうほど。何度見ても太夫は織太夫ひとりなのでした。
最初は与市兵衛女房とおかるの和気あいあいとした親子の会話、そこへ現れたひょうきんな一文字屋、分別ありげな勘平、次第に事の重大さに気づいていき暗くなっていく勘平。すべて一人で、縦横無尽に演じ分ける織太夫が見事でした。藤蔵の三味線もメリハリが効いていました。
腹切りの段のむずかしさ
腹切りの段は、「四代越路太夫の表現」という大変詳しい芸談を読みました。
縞財布に血が付いているのをみた与市兵衛女房が「こなたが親父殿を殺したの」と決めつけ、「ええわごりょはなふ」と泣くところがあります。ここで、名人山城少掾は毎日足がけいれんしていたそうです。
それほどここには力が入り「なふ」のこところでは大泣きをしてお客様にぶつける。小さい泣きでは、与市兵衛も殺された娘も身売りしたという気持ちが客に伝わらないということでした。
一方、力が入りそうで入れてはいけないところは勘平の腹切り後です。
「ただいま母の疑ひも~」以下は、腹に力を入れていってはいけないそう。切腹をしているので、力は入らないのです。
そんな解説を読んでから聴いてみると、今回の太夫は少しものたりないのでした。力を入れるべきところで入れず、入れてはいけないところで入っている、そんな感じがしました。
勘平腹切りの段の語りは、大変難しいそうです。娘は身売り、夫は亡くなり、婿どのは自分が追い詰めてしまって切腹。そして4人家族がたった一人残ってしまった与市兵衛女房の孤独、絶望、無念は、なかなか簡単に語れるものではないのかもしれませんね。
2月13日まで日本青年館ホールにて。会場案内はこちら。