「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

おおらかで楽しい『毛抜』あらすじ・みどころ

時代物ではあるけれど、誰でも楽しめるおおらかな演目です。

四世左團次追善狂言として

昨年亡くなった四世市川左團次一年祭追善狂言として行われます。『毛抜』は、四世市川左團次が襲名時に演じたもので、今回は左團次の息子である男女蔵が演じます。

男女蔵の粂寺弾正。今回のビジュアル

 

四世左團次が襲名したのは1979年2月。その時の夜の部の演目は『毛抜』、襲名の口上、『次郎吉懺悔』、『棒しばり』でした。この夜の部を私は観ているのですが、「『毛抜』っておもしろ~い!」とそのおおらかさがとても印象に残っています。『次郎吉懺悔』や『棒しばり』だって十分面白いと思うのですが、記憶に残っているのは『毛抜』だけ。

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亡くなった左團次さんというと、ちょっと痩せている方という印象を持つ方も多いかもしれませんが、それは年をとってからで、若い時はがっしりと大きくとても立派でした。まさに今の男女蔵さんは当時の左團次さんそっくり。また錦の前を男女蔵の息子男寅が演じます。よい追善となるのではないでしょうか。

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四代目市川左團次。襲名時のビジュアル

簡単なあらすじ

 

小野春道の屋敷では、家宝が盗まれたり、姫君の錦の前が原因不明の病気にかかっていて何やら不穏な空気です。そこに粂寺弾正(くめでらだんじょう)が様子を伺いにやってきます。弾正は、錦の前の許嫁の文屋豊秀の家臣です。

 

家老の八剱玄蕃が言うには、姫の奇病というのは、突然髪の毛が逆立つという不気味なもの。ひとりになった粂寺弾正が、ひげを抜きながら考えていると毛抜きが突然踊りだします。

 

いったいこれはどういうことか…?という推理ドラマチックな楽しみもあり、楽しいです。

 

登場人物

粂寺弾正 錦の前の許嫁文屋豊秀の家臣。豪放磊落ながら機転もきくが、若衆や女中にちょっかいを出してはふられる。

錦の前 小野春道の娘。奇病に悩まされ、婚約も破談の危機。

秦民部 大切な家宝の短冊「ことわりや」がなくなり、その責任者でもあったため、玄蕃に切腹を迫られている。

秀太郎 民部の弟。

小野春道 小野小町の3代目。小野小町の雨ごいの名歌「ことわりや」を所持していたが紛失。娘も奇病に悩まされている。

小野春風 春道の息子

小原万兵衛 百姓。妹が春風の子どもを身ごもり非業の死を遂げたと訴えに来るが、実はにせもの。

八剣玄蕃 悪家老。「ことわりや」の紛失も姫の奇病も玄蕃のたくらみ。

八剣数馬 玄蕃の息子。

 

詳しいあらすじ

 喧嘩勃発の幕開き

悪家老の八剣玄蕃(やつるぎげんば)の息子八剣数馬と、よい家老の秦民部(はたみんぶ)の弟秦秀太郎(はたひでたろう)が、幕開き早々切り結んでいます。

「弓の稽古をしていたら、なんぼ修行をしてもお前の親の玄蕃の性根が曲がっているから弓の稽古はおぼつかないと言われた」「大事な『ことわりや』の短冊をなくした腰抜け」と数馬がいえば「忠義一途の兄を愚弄するか」と秀太郎

 

「ことわりや」の短冊というのは小野春道の家の重宝で、小野小町の雨乞いの直筆の歌なのです。干ばつがつづくため、差し出すように命じられたのですが、箱を開けてみたら中は空。実は悪家老の八剣玄蕃の仕業です。切腹をしろと八剣玄蕃から言われています。いざ切腹と刀を構えますが、弟秀太郎や巻絹に止められるのでした。

 

 粂寺弾正登場

大騒ぎのあと、ともかく短冊の詮議が大切ということで決着をつけたところに、文屋豊秀の使者として、粂寺弾正が登場します。

 

粂寺弾正は、文屋豊秀の許嫁である錦の前姫が病気だということで、婚礼の話も進まないため、錦の前の病気の様子を見に来たのです。

 

民部は「病気が治り次第婚礼の話は進めましょう」と言いますが、玄蕃は「いや、無理無理。あんな病気がどうして治るものか。もう縁組解消だとお伝え下され」などというのです。納得のいかぬ弾正に、玄蕃は、それでは見せましょうといって、姫を呼びます。

 錦の前の病気とは!?

薄衣をかぶっていますが、玄蕃がずかずかと近寄り、薄衣をパッと取ると、なんとしたことか、髪の毛が一斉に逆立つのです。

これには弾正もビックリ。

 

ひとりで考える弾正。そこへ秀太郎がたばこ盆を持ってきます。弾正、ちょっかいを出して、軽くあしらわれます。

懐から毛抜きを出して、ひげを抜きながら、考えます。

巻絹が来てお茶を出します。またまたちょっかいを出して、軽くあしらわれます。

再びひとりになった弾正。そのとき、毛抜きが踊り始めます。不思議に思った弾正は、煙管をだしますが、それは踊りません。脇差の小柄は踊るのです。

ハテ、これはなんぞの?と考え込みます。

 

 にせ万兵衛をトンチを利かせてやっつける

そこへまた大騒ぎ。百姓の万兵衛が怒鳴り込んできます。妹の小磯が春風にもてあそばれて、妊娠、出産のときに死んでしまった、やい、どうしてくれる!というのです。これも玄蕃が妙に味方をします。実は万兵衛のにせものでこれも、春道を陥れるための玄蕃の仕込みでした。

 

妹を返せと無理難題をふっかけられて一同困り果てます。ところが弾正が、それを引き取ります。

さらさらと手紙を書きだします。なんと死んだ妹はこの世にはいない。

閻魔大王に妹を返してくれという手紙を一筆書き、万兵衛にこの手紙を持って、地獄へ行って妹を迎えに行けといいます。

あれこれ準備もありますので…と渋る万兵衛、早く逃げろと目くばせする玄蕃。

しかし、一刻も早く妹を返せと言ったではないか、すぐに行け!とばっさりと万兵衛を切り捨てます。

 

一同びっくり。なぜ、弾正には万兵衛が偽者とわかったのでしょうか。

それは、実は本物の万兵衛が「妹が何者かに殺された、春道公からのお手紙と大切な一品を持っていたのにそれを奪われた」という訴えがあったからでした。

弾正は、それでここに来た万兵衛がインチキとわかったのですね。そして偽の万兵衛の懐を探ると、果たしてお家の重宝である短冊が出てきました。

 

玄蕃が受け取ろうとしますが、「そこもとには渡されぬ」と民部に渡すのでした。

 

さて、残る謎は、錦の前の怪しい病気。これも弾正が鮮やかに解決。まずは、髪に刺している櫛笄を取ります。すると髪の毛は逆立たないのでした。そして槍を取り、天井を突くと、天井にいた忍びの者がドサ~ッと大きな磁石を抱えて落ちてきました。

 

誰の命令によるものか問い詰め、忍びが答えようとすると、そうはさせじと玄蕃がグッと喉笛をついて殺しました。

 

明日には婚礼もするとも決まり、春風は、縁談の印として弾正に一腰の刀を譲ります。

玄蕃からその刀を受け取った弾正は、

「お志の婿引き出物、たしかに受け取りましょう。この上は主人豊秀頼、舅君へ頼みの印し、ご祝儀を差し上げましょう」

と一刀両断、玄蕃の首を討ちます。首がすっとんで舞台の上にちょこんと乗ります。

(昔は首の目鼻が動いた仕掛けだったらしいですが、今はそこまでグロテスクにはやりません)

 

弾正は「大役を果たしました」と刀を肩に花道を引きあげます。

 

みどころ

 ●子どもも楽しめる謎の事件。

奇病や立つはずのないものが立つという不思議な現象がおもしろい。実は悪者たちが、奇病を仕立て上げるために磁石を使っているという、まあばかばかしい話なのです。ジャストサイズでは舞台から遠い観客席からはわかりづらいので、バカでかい毛抜や磁石がでてきますし、姫君の髪の毛が逆立ったりもとに戻ったりするので、子どもでも楽しめます。

悪い奴もわかりやすいので、おおらかな荒事を楽しんでください。

万兵衛をやっつけるトンチもいいですね。

 ●おおらかで愉快な粂寺弾正

謎解きもさることながら、この粂寺弾正という人、楽しいのです。

女中や若衆にちょっかいを出して、相手にされなかったりすると、観客に向かって「ははは、はて。堅い若衆かな。近頃面目次第もござりません」とお辞儀をするなど、おおらかで愉快。そして謎解きはばっちり。悪者はしっかり懲らしめる。とんちもきいていて楽しいです。

 ●羅針盤と磁石

昔は大きな磁石をもって落ちてきた忍びの者。最近は羅針盤を持って落ちてきます。羅針盤も磁石だけれど、羅針盤で鉄は吸い寄せられませんよねえ。でも同じ磁石だからいいだろうってことで、羅針盤が使われているようなんです。本当に歌舞伎っていい加減ですねえ(好きです)。

ちなみに、私は大きな磁石のほうがわかりやすくていいなと思いますが。子どもにもわかりやすいじゃないですか?

 

概況

『雷神不動北山桜』という芝居の中の話の一つ、『毛抜』『鳴神』『不動』が歌舞伎十八番の中に含まれて、独立して上演されることが多い。『毛抜』は3幕目の「小野の館」が独立したものです。

寛保2(1742)年1月大坂佐渡嶋長五郎座で初演。

作者は、津打半十郎・安田蛙文・中田万助。

長らく上演が途絶えていたのを明治42(1909)年に岡鬼太郎の脚色で復活上演したのが2代目市川左團次でした。

 

復活上演したときに、2代目左團次は最後花道を引っ込むときに見物に向かって

「ご一同様のお陰で身に余る大役もどうやら勤まりましてござりまする」とお辞儀をしたそうな。これも左團次の演出だったそうで、今度の男女蔵がやれば拍手喝采になりそうだけれど、どうだろうか。

 

弾正の「大役」は、錦の前の病状を確認し、いい方向へ向かうように働くことでしたが、そこに役者としての大役もかけているのですね。

 

【追記】初日観たけれど、やった!拍手喝采だった。胸アツだった!