「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

達陀(だったん)〜お水取りをリスペクトした清らかな舞踊劇

ティンパニーがとどろき、シンバルが響く。お経の声が低く、高く聞こえて、いつもの歌舞伎座から不思議な世界へと一挙に誘われた。

 

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命がけで祈る

 

京都のお水取りを見た2代目松緑がぜひ歌舞伎化をしたいと考えて、劇作家の萩原雪夫に作を依頼し、自らは振り付けもしたというこの作品。

 

歌舞伎を観たあとに、お水取りの様子を写したNHKスペシャルのダイジェスト5分をYouTubeで観てみた。

 

1270年も絶えることなく続くその修二会(お水取り)とは、選ばれた11人の僧侶が14日間天下泰平や疫病退散を、全身全霊をかけて祈るそうだ。

僧侶たちは仏の前で体を打ち付け、罪を悔い、詫び、祈る。ドシン!ドシン!と床に体を打ち付ける。僧たちはお経を唱えながら走り回り、体を打ち付ける。

「念じて感じて思って打って、しびれて、だんだんと意識がもうろうとしてくることがあります」と番組の中で僧は語っていた。

 

「達陀」は、その修二会でおこなわれる儀式のひとつで大たいまつをもつ火天と水天が堂の中を練り歩く。

 

こうした本物のお水取りの重厚な雰囲気を壊さず、しかも舞踊として完成させているのが歌舞伎の「達陀」だ。

 

東大寺には、僧集慶(じゅうけい)が過去帳を読み上げていると、青衣の女人(しょうえのにょにん)が現れて「など我が名をば過去帳には読み落としたるぞ」と恨めし気に語り、集慶が「青衣の女人」と読み上げると消えたという伝説が残る。

東大寺では今でも頼朝の名前を読み上げるあとに「青衣の女人」と小声でいうそう。

その伝説を取り入れて、歌舞伎では集慶の若いころの恋人として青衣の女人を登場させる。

甘く艶やか。美の極致の前半

前半は、青衣の女性と若き頃の集慶が、甘く踊るのが見どころ。梅枝と左近が美しい。煩悩の象徴なのか、桜の木の下で、紅葉の景色の中で、甘く艶やかに二人の逢瀬は続き、なぜ自分を捨ててしまったのかと青衣の女人は集慶に迫っていく。

 

転げまわって、苦しんで、それでも集慶は、欲望を断ち切る。

 

僧の群舞が圧巻の後半

 

後半は、前半とは打って変わって僧たちがダイナミックに群舞を見せる。

とても強く、雄々しく、どんな誘惑にも負けない、どんな天変地異にも屈さないと力強く決意をしているように、僧たちは拳を握り、くるくると動き、隊形を作り、足を踏ん張り、ときにトンボを返り、不退転の決意を見せていく。

受け継ぐ役

舞踊劇としても見どころが多いけれど、この演目は2代目松緑が作り、菊五郎が青衣の女人、集慶を演じ、当代松緑が練行衆、幻想の集慶、集慶と演じてきたことの重さを思う。今回は松緑の息子左近が幻想の集慶を演じた。いずれ、集慶を演じるのだろう。30年後?ちと観ることはできそうもないなあ。それにしても左近、辰之助に面影の似た美しい幻想の集慶であった。(ちなみに私は幻想の集慶の辰之助は観ていないが、映像で堂童子辰之助を見てほれぼれ)

粛々と祝う

コロナの感染拡大が収まり、無事團菊祭の幕が開き、尾上眞秀くんの襲名披露も行われる。めでたい。6月からは幕見も再開。実にめでたい。しかし亡くなった名優のことやコロナのことを考えると、あまり手放しで万歳という気持ちにもなれない。そんな2023年5月にふさわしい、粛々とした演目。未見の方、どうぞじっくりと楽しんでほしい。

 

さて、幕間35分で息を整えて、次は、梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)通称髪結新三だ!

 

5月のほかの演目はこちら

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