5月の團菊祭 夜の部。達陀のあとは、「髪結新三」
「目に青葉、山ホトトギス、初鰹」の5月
歌舞伎には珍しく(笑)、季節感がピッタリです!
初演は明治6年。もう江戸時代は終わっていたけれど、ぷんぷんと江戸の香りのするお芝居だ。
世話物(江戸時代の現代劇。テレビの時代劇みたいな感じ)なので、隈取もなければ大仰な見得もない。
何年か前までは、歌舞伎の初心者にはまず世話物をすすめたものだが、最近は初心者に世話物は不人気のよう。歌舞伎2~3回目くらいの人たち何人かに聞いたのと、空席の多さでそんな印象を感じている。さびしい。
でも、やっぱり面白いんだ(キリっ!)。ぜひ音羽屋の世話物、見てくれい!と言いたい。今回は、始まる前に「歌舞伎の見方」風の解説がちょこっと入る。近松の弟子の蔦三(蔦之助)が江戸っ子らしいリズムの良さで、簡単に登場人物を説明してくれるので、より入りやすいと思う。
五世菊五郎のために書き下ろされたこの作品。死後は六代目が引き継いだ。その芸は2世松緑に引き継がれて、その松緑から直接教わっているのが、現菊五郎。そして今回新三を演じるのは息子の菊之助。2018年の国立劇場での新三に次ぐ2回目だ。
切羽詰まった白子屋・お熊・忠七
白子屋は、身代が傾きかけ、娘お熊が持参金付きの婿を取るしか手はないという切羽詰まった状態だ。いい話があるようだが、お熊は気が乗らない。なぜなら手代の忠七といい仲になっているからだ。
こうなっては駆け落ちするしかないと忠七に迫るお熊。お主を裏切るわけにはいかないと悩む忠七。
それを聞いていたのが小悪党の髪結新三だ。昔は、こういう美容師が道具を持って各家をまわっていたのだな。
菊之助の新三は、なんというか江戸前の粋な小悪党がピッタリといった感あり。
うしろから囁かれるという状況
新三は、忠七の髪を整えながら、いっそお熊を誘拐したら?とそそのかす。
思えば、真正面から説得されるのとは違って、後ろから囁かれる、しかも一瞬ではなくてある程度の時間、というのは無防備な心に一直線に届きそう。
美容師って、ちょっと距離感が独特で、私も美容師さんには、思いがけずこんなことまでというようなことをしゃべってしまったりする。案外丸裸なのだ。そして、後ろに立って忠七としゃべっているので、観客からはしゃべっている二人の姿がはっきりと見えるのもうれしい。
髪結という職業を使っているのがさすが黙阿弥先生うまいなあという感じだし、この時の髪を撫でつけたり油をつけたり、鬢盥に入っている櫛を取ってちょんちょんと水を忠七の頭にかけたりする新三の手際が良くて、ほれぼれと見てしまう。
駆け落ちをしたら、自分の家にかくまってやるなんて新三に言われてすっかりその気になる忠七。まあ、ずいぶんと能天気な手代だ。
新三は、まんまとお熊を籠に乗せ、忠七と二人で後を追うのだが、永代橋のあたりまでくると、ガラリと態度を変える。その変わりようがコワい。
忠七を傘で打ち付け、蹴倒して「ざまぁみやがれ」とタンカを切って置いてきぼりに。
バシュッと傘を広げるのは意外と難しいらしい。2世松緑は初めての時張り切ってバシュっとやって傘がおちょこになっちゃったそうだ。力を抜くのも必要ね。
哀れ忠七は、ご主人を裏切りお熊を取られ、こうなっては死ぬしかないと思うところに来るのが弥太五郎源七。いかにも頼りになりそうでならないのだよなあ。
季節感たっぷり。江戸の香りたっぷり
ホトトギスが鳴いて鰹売りが「かッツォ、かッツォ!」と声を張り上げて登場すると気分が上がる。
2015年の髪結新三では、新三を松緑、お熊を梅枝。家主長兵衛が左團次。そして肴売りの新吉は菊五郎がやっている。(今調べていたら、なんと丁稚長松は左近クンだった!なんたる成長の速さや!)
端役をベテラン俳優がやることを「ごちそう」というのだけれど。これは大したごちそうだった。わっと客席がわくもの。
初物は縁起がいいから江戸っ子たちは、多少高くても初鰹を食べたかったのだな。新三もお熊を誘拐して身代金を手に入れようとしているものだから、100両は手に入るだろうと捕らぬ狸の皮算用。景気よく鰹を買う。一本丸ごと買う景気の良さ。
※1本三分ということは、当時(江戸中期から後期)一両が4~6万円。一分は一両の四分の一。三分は3~4万5千円。なかなかの豪華なお買い物だ♪
鰹売りは、注文を受けると、さっと井戸の水で手を洗い、魚をさばいて見せる。この辺、いいですよねえ。半身になる魚の小道具があって、包丁を入れてうまくさばいたように見せるのも役者の腕の見せ所。現在中止中だが、歌舞伎座ギャラリーでは、この魚も展示されているので、またオープンしたらぜひ観てほしい。
今回初日に、鰹売りが捌く前に魚を落としてしまい、包丁を入れる前に半身になっちゃうというアクシデントがあったが、まあそこはご愛敬ということで。
この後、いかにも強そうな親分源七が来てお熊を救い出そうとするも失敗。そして一筋縄ではいかない大家が登場する。
悪賢い新三も、大家にはかなわないというところがとても面白い。
忠七を蹴倒した悪党新三が、大家には手も足も出ないというのが面白いのだが、大家のおかみさんのおかくも強欲ぶりでは負けてはいない。そして最後の最後には、そのおかくも目を回し、大家も大慌てになるということに…。
菊五郎のどっしりとした新三もよかったが、菊之助が後を継いで2度目。もう菊五郎の新三は見られないのかな。
2019年のときの筋書を見ると、菊五郎談で「髪結新三は、大好きな芝居。(中略)若い人に覚えてほしいと思っていますが、教えているうちに、自分がやりたくなり(笑)、今回取り上げました」ですって。おやじさま…(笑)。やりたくなっちゃったんだ。あれももう4年前なのですね…。
勝奴は将来の新三
勝奴は、新三の子分。身の回りの世話、ボディーガード(?)などをやる子分。
役者としては将来新三をやる候補の役者が勤めることが多い。なぜならずっと新三の芝居を観ていて学べるから。2018年のとき勝奴を萬太郎がやってよかったが、いずれ新三を勤めるのだろうか。萬ちゃんは声に張りがあってよい。
今回は菊次。萬ちゃんよりちょっと落ち着いた勝奴で、「うわ~、こんな子分いたらめっちゃいい。頼りになる!」という感じ。権七と喧嘩になりそうなときに、新三に合わせてさっとまな板を取って戦闘態勢にたったときのポーズがしびれるほどかっこよかった。二人の間合いがピッタリ合っていて。
強欲おかくが目を回す
これがまた、強欲婆でとってもいい。今回は萬次郎で、期待通りのおかくを演じてくれる。強欲だから何とかして、一分でも多く、かすめたいと思っているのだが、最後には目を回すはめに…。
腹に一物あり!長兵衛
人をからかって遊ぶのが大好きな左團次だから長兵衛さんはピッタリのお役だったのだな。
入れ墨者でも受け入れて店子にしてくれる一見腹の太い人間のようで、実はいざというときにそれをネタにゆすれるというなかなか腹黒い大家さん。でもこういう人がいないとね。
実話の方がえぐかった。
もとになる話があって、なかなかのえぐさである。
材木商白子屋のお熊は、手代忠七と密通をしており婿にはいった又四郎が気に喰わず、実母のお常が下女お菊を使って襲わせたそうな。それが露見し、大岡越前守によりお裁き。
お熊(21歳)は市中引き回しの上死罪。手代忠七は市中引き回しの上獄門。
お常は遠島。父親は江戸払い。下女きく死罪。下女久、市中引き回しの上死罪。
お熊が市中引き回しになった時に着ていたのが黄八丈だったことが、この外題に通じている。
なんだか歌舞伎よりえぐいですねえ。事実は小説より奇なり。
お芝居は、5月らしくさわやかで、むふふふと笑って楽しくおうちに帰れます。ぜひどうぞ。
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