松緑十太夫の抑えた演技に見ごたえあり
2022年に引き続き、早くも再演となった『荒川十太夫』。みごたえがありました。
あらすじと2022年観劇レポはこちらを見てくださいね
前回は、四代目猿之助の堀部安兵衛が迫真の演技であったけれども、今回は中車。中車はこういうお芝居はさすがにうまいから、気合のこもった切腹シーンを1回の芝居につき2回ずつ。しかし、精神すり減るでしょうねえ。
そして、前回より良くなったと思うところは、松緑が「十太夫の演技を抑えている!」ということです。
前回もよかったのですが、少し十太夫が叫びすぎていて、うるさく感じたのです。(前回のレポにもチラっと書いています)
それが今回はとても抑えられていて、逆に十太夫の切なさや、内職までして身なりを整え、律儀に堀部安兵衛についた嘘を貫き通した心が伝わりました。
ますます磨きがかかったほかの役者たち
松平隠岐守貞直(坂東亀蔵)
いくら「顔を上げよ」と十太夫にいっても、恐れ多くて顔を上げられずにいる十太夫に、諭すように、顔をみて話さないとわからないだろうと何度も丁寧に語り掛ける殿様松平隠岐守貞直。おおらかで優しくて懐の深い殿様は、前回同様坂東亀蔵。
柔らかな笑みをたたえて「今日よりは、内職無用にいたせよ」と優しく語りかける殿様に、気品と慈愛を感じました。
杉田五左衛門(吉之丞)
また吉右衛門を彷彿とさせる(涙)声と姿で目が離せません。部下であってもいけないことはピシッとけじめをつける。なぜそのようなことになったのか、じっくりと聞き、気になる点はきちんと正す。なんというか「人」としていい。
この芝居に出てくる人は、みな「人」としていいので心が洗われるのです。
3人ずつ並んで座っている6人の侍たちは、最初は十太夫に否定的、緊迫するところではざざっと膝を詰め、十太夫の話を聞いて、ほっとしたところでは肩の力がゆるみ、全体の空気感を盛り上げる役目をよく果たしていました。
泉岳寺和尚長恩(猿弥)
いうことないです(笑)。恰幅が良くて、おおらか。舞台に一人で立つだけで雰囲気が立ち上ります。おちゃめなところもグーです。
大石主税(左近)
本当に立派。セリフもなく、すっぽんから出て、立ち上がり引っ込む。それだけなのにどれだけいろいろと考えて役作りをしていることかわかるような演技。
堀部安兵衛と大石主税の演技は花道なので、今回これから観る人は花道が見えるところの席がおススメです。3階でしたら、1列めなら何とか見えるか見えないか。上手寄りと東席がおススメです。左近クンは、本舞台に出てきません!
時の経過をどう表すか
この芝居は、6年前、十太夫の嘘がばれたとき、その1年後と時の経過があります。
下座音楽のギリギリギリとねじを回したような音は時の経過をあらわしますが、そのほかはどうでしょう。
6年前の回想は、うまく現在の会話の中に取り込めているとして。
回り舞台をうまく使う演出も前回に同じ。芝居の内容が重いだけに、門前のにぎやかな風景にほっとします。最初の場面で尾上緑演じる茶店の女がちょっといい男と話しているのだけれど、あれ最後にまた門前の場面になるとき(1年後のはず)、二人ができている感じになると時間の経過が感じられていいのではないかなと思いました。きっとそうなっていたのかな?ちょっとわかりませんでした。
また、最後の門前の場面では紅葉の季節で、ぐるっと舞台が回って墓前になると、ホーホケキョと鶯が鳴っていました。あれは、さらに時間がたったということなんでしょうか。
私は、1年後という時であれば、門前から寺の中へはいっていくカメラワークだけでよいと感じるので、ちょっといきなり季節がかわり戸惑いました。ラストはさらに半年後という設定なんでしょうか。
何はともあれ、ますますよくなった『荒川十太夫』。まだの方はぜひご覧くださいね。
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