「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

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荒川十太夫 観劇レポ

9月30日に聞いた講談の「荒川十太夫」。歌舞伎の荒川十太夫は6日と10日に観てきました!

 

9月30日の特撰講談会についてはこちら!

munakatayoko.hatenablog.com 

 

講談としては30分ほどの演目ですし、すじとしては簡単。歌舞伎特有の複雑な内容ではないシンプルなお話なので、かえって歌舞伎化はむずかしいのではないか、どんなふうに作られるのかと思って楽しみにしていました。

が、これがとてもよい作品となっていました。あらすじと見どころをご紹介します。

予習しなくても楽しめます!

 

以下ネタバレありです。

 

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あらすじ

すじは、荒川十太夫という下級武士が、なぜか赤穂義士のお墓参りに行くときは下級武士とは言えない立派な身なりをしている。身分も偽っている。それを上司に見つかり、殿様の前で理由を話すこととなる。というもの。

 

太夫は、堀部安兵衛切腹をしたときに介錯をした。その時に安兵衛に身分を問われ、あまりにも下級武士に介錯をされるのはかえって気の毒だと考えて、つい身分を偽って語ってしまった。安兵衛は感謝して切腹をしたものの十太夫は、ウソをついたことが心苦しく、命日には必ず墓参を欠かさなかった。しかし安兵衛に言った嘘はつき通すと決め、わざわざ立派な格好をし、従者を雇ってりっぱなお侍さんとして墓参りを続けていたという。

 

しかし、立派な着物を着て従者まで雇ってというと金がかかって、到底できないはず。どうやって金を工面をしていたのだと上司である杉田五左衛門が尋ねると、朝夕団子の串を削る内職をして金をためたということだった。

 

殿さまはじっくりと話を聞き、身分を偽ったことはいけないことなので100日の謹慎処分を命じた上で、十太夫の言葉を偽りにしないために謹慎が解けたあとは物頭役に任ずるとのお裁きを下す。

 

見どころ             

 

 ★人として正しいこと。相手を思いやるということ

太夫はもちろん杉田五左衛門も殿さまも泉岳寺の和尚様もみないい人ばかりで、心が洗われる。忠義というよりは「人として正しいこと」「相手を思いやること」を考えさせられた。

嘘をついてしまって自責の念に駆られる十太夫。自分が身分の低い武士だと知ったら死に赴く堀部安兵衛はどんなに落胆するだろうかと考えた心優しき十太夫

太夫が身分を偽ったと知り、叱責しつつも理由があるのではないかと考えた杉田五左衛門、そして理由を知って十太夫を嘘つきにしなかった懐の深い殿様。

みな、人として正しいこととは何かを判断でき、相手を思いやる気持ちを持っている。だから、心が洗われる。いい話だ。

 

 ★演出のうまさ

講談では、泉岳寺の門前で十太夫が杉田に行き会うところから始まり、殿様の前に出されて身分を偽ったことへの釈明という流れだが、舞台では最初が切腹シーンである。

 

これが鮮烈。

 

堀部安兵衛どのー。お出ましなされー」という朗々とした声とともに、安兵衛美しい所作のもと切腹。十太夫介錯。そして「おしまいなされたー」の声。

 

堀部安兵衛猿之助

 

そして一転。泉岳寺の門前で、杉田五左衛門と行き交うシーン。

そのあと、回り舞台で泉岳寺の中へ。そしてさらにお殿様の御屋敷へ。

 

冒頭のシーンのほか、十太夫が回想する場面で、力弥が呼ばれて切腹に赴くところでの堀部安兵衛。そして再度切腹での十太夫との会話のあと切腹シーン。

3つの回想シーンはどれもどこか現実味のない、そう、まさに十太夫の回想の世界。大石主税(左近)も堀部安兵衛猿之助)もピンポイントで照明が当てられ、顔は青ざめ、現実ではないような演技ですごみがある。主税なんてよくよく考えてみればセリフなし(ん?あったっけ?)だけれど鮮烈な印象を残した。

 

主税のシーンは、

大石主税どのー。お出ましなされー」と呼ばれ、立ち上がる。安兵衛がにっこりと一言伝えて送る。揚幕の中に引っ込むと討たれる音。そして「おしまいなされた―」の声。

 

歌舞伎座内、水を打ったような静けさだ。ああ、こうして赤穂浪士は一人ずつ切腹していったのだというなんとも言えない無常観。

 

その後、堀部安兵衛切腹時の会話と切腹シーンは、十太夫が語るシーンを具体的に見せるというやり方でうまかったと思う。

 

猿之助がまた上手い。

切腹の場での十太夫とのほんの少しの会話で十太夫に一生残るような印象を与えなくてはいけないわけだから、死を前にした虚心坦懐な様子、人として立派な堂々とした態度を余すところなく見せたと思う。

(一場の劇で2回切腹をするという経験もなかなかないのじゃないかと思うけれど。ひと月で22×2回切腹するのかー)

 

殿様の前で小さく縮こまる十太夫も愛しい。最後、物頭に任じられて、ありがた涙に暮れる、そして身分が上がるとそれなりに中身も伴って立派になるのだな、和尚さんも見違えるほど、立派な十太夫となる。いやもともと文武に優れた十太夫であるから、なるべくしてなったのだけれども。よかったよかった。

「だまされて、心地よく咲く室の上」という和尚の俳句で幕となる。十太夫が余計な感傷を交えず、墓参をして去っていく。和尚が余韻を持って見送るという最後もよかった。

 

 ★照明・舞台の使い方

前述したが、ピンポイントの照明の使い方が美しく効果的。殿様と杉田五左衛門との会話のときは2人にピンポイントで。切腹シーンは、切腹シーンで。

照明で、回想と現実をうまく切り替えていた。

 

回り舞台の使い方も効果的で、泉岳寺の門前の賑わいから中へ。さらに殿様のお屋敷など、景色が効果的に広がった。

 

新作と言えばプロジェクションマッピングとか宙乗りとか派手な演出が話題になりがちだけれど、こんな新作もあるのだなとうれしい驚きでいっぱい。

 

講談を歌舞伎化するにあたって、どう工夫するか考えられたすべての皆様に感謝。

 

脚本・竹柴潤一。演出・西森英行 拍手ー。

 

 ★ほかの役者でも観てみたい

 

今回、十太夫松緑、慈悲深い殿様が坂東亀蔵。思慮深い杉田五左衛門が中村吉之丞。主税が左近。堀部安兵衛猿之助で、どれも適役!と思ったけれど、ちょっとほかの人でも今後観てみたいなという気持ちに。

 

吉之丞は、笠をかぶってセリフを言うところからもう吉右衛門を彷彿させていてとてもよかった。

 

太夫はもっともっと抑えてもいいような気もする。例えば吉之丞が十太夫で、松緑が杉田五左衛門とか(ありえないけれどあってもいいじゃない。妄想だし)だったら、どのようになるだろう。殿さまは梅玉か~。ぴったりすぎるな、それは…。

 

猿之助が十太夫松緑が安兵衛とか。

 

再演楽しみにしています。

まだまだ千穐楽までは時間があるので、ぜひ多くの人に見ていただきたいです。

1部はほかに紅葉狩で、こちらも大変に面白いので、こちらについても書きます。