「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

『本朝廿四孝』(ほんちょうにじゅうしこう)~十種香 まっすぐな愛がまぶしい八重垣姫米吉

 

しっかり押さえてからみよう。人物背景

しっかりした時代物です。骨太のお話ですが、例によって前後がない見取りなので、予習はしておかないとちんぷんかんぷんで終わってしまいますよ。

が、それはもったいない!

 

一体、最初に出てきて正面左(下手しもて)の女性八重垣姫は何を拝んでいるのでしょう。

正面右(上手かみて)の女性濡衣は、何を拝んでいるのでしょう。

後から出てくる男性は誰なのでしょう。

 

そこだけでも把握しておきましょう。

こちらから↓

munakatayoko.hatenablog.com

最初がわからないと最後までわからない

 

幕開けからほんのり香る十種香。これがまた五感を刺激してくれてよいのですねえ。

 

八重垣姫は、許嫁の武田勝頼が死んでしまったと思い、絵姿を見ながら供養をしています。父の長尾謙信と武田家は敵対する間柄。ですから表立ってお線香をあげるのもはばかられて、お香を焚きしめているのですね。

 

正面右の部屋でお香を焚いて、勝頼を偲んでいるのが八重垣姫。真っ赤な着物もあでやかに、香をたいて鈴を鳴らしています。下手の部屋で真っ黒な着物を着て鉦を叩いて念仏を唱えているのが濡衣です。

 

この構図がいいではありませんか。しかも二人とも男を偲んでいるのですが、勝頼を偲んでいるのが八重垣姫。

勝頼は実は生きていて、勝頼の身替りとなって死んだ簔作を思って念仏を上げているのが濡衣という構図です。

 

そこへ、簔作となって現れるのが勝頼という、ややこしや~!(だからそこだけはわかってから見てほしいのです)

恋一途でぐいぐい行くけれど、まっすぐでいやらしくない八重垣姫

死んだと思っていた勝頼そっくりの男が現れたので、気もそぞろの八重垣姫。あっという間に一目ぼれ。なんとか近づこうと濡衣に仲立ちを頼むのですから、姫様とってもアクティブです。

 

濡衣は仲立ちを承知しますが、濡衣は長尾家のスパイでしたから、交換条件として、法性の兜を盗み出すように八重垣姫に提案します。

法性の兜というのは、長尾家と武田家の喧嘩の原因となったものなのでした。きりりとする濡衣(新悟)、黒の着物が決まっていてとてもかっこいいですね。

 

めでたく結ばれるかと思いきや、簔作が勝頼であろうと察した父武田信玄歌昇)は、簔作に塩尻まで書状を持っていくよう命じ、勝頼は塩尻めがけて去っていきます。

 

しかしこれは信玄の策。勝頼であることがわかったため、家臣である白須賀六郎(種之助)、原小文治(巳之助)に命じて、殺しに行かせるのです。

 

八重垣姫は助命を嘆願するものの、受け入れられず。濡衣はスパイ容疑で逮捕というところでこの「十種香」の場は終わるのですが、実はこのあと八重垣姫の本領発揮です。

 

八重垣姫は父のいうことなんぞ聞かず、勝頼を選ぶのです。勝頼のために法性の兜を盗み、勝頼の命が危ないことを知り、後を追いかけますが、普通のルートでは白須賀六郎と原小文治を追い越すことはできないと、法性の兜に祈りをささげると、なんと狐がとりつき、八重垣姫は凍てつく諏訪湖をまっすぐ横断。勝頼に危険を知らせに行くのです。

すごいですねえ。恋の力。この後の部分は「奥庭」の段です。文楽ではここまでやることが多いので、ぜひ機会があれば観てください。狐がつくところは、人形ならではの動きがあって、迫力満点ですよ。

f:id:munakatayoko:20240114222120j:image

今回の役者たち。

 八重垣姫(米吉) 

とてもかわいらしいお姫様で、一途な恋心が愛しい。真っ赤な着物が鮮やかです。しかし、すでに書いたようにかわいらしいだけではありません。八重垣姫は、とても愛されて育ったのでしょうか。「正しいものは正しい」「好きなものは好きなんです」と実にまっすぐ。育ちの良さを感じます。

好きとなったら、アタックのみで、近寄りくどき、仲立ちまで頼み、しまいには父を裏切り、恋一筋に勝頼の命を救いに行きます。そのまっすぐさで諏訪湖を駆け抜けいう時のセリフが有名な

 

「ああ、翼が欲しい羽が欲しい。飛んでいきたい、知らせたい。逢いたい見たい」

と夫恋ひの千々に乱るる憂き思ひ

というわけですが、そこまでは今回なくて残念。

 

ぐいぐいいくけれど年増のいやらしさがないまっすぐな愛を若い米吉がピッタリに演じました。

 

米吉くん、今回『十種香』で八重垣姫。次にお富さん。そのあとは『どんつく』で芸者。2部では、『宗五郎』でおなぎちゃんと、大活躍。といえば、皆さん何役もこなしていますから全員大活躍大奮闘なのですが。米吉大活躍のその第一発目がこの八重垣姫です。

私は4役の中で、一番ニンに合っていて、一番よかったように思いました。

 濡衣(新悟) 

新悟、きっぱりした女方がとても似合う役者さん。だから今回は、濡衣、2部の『熊谷陣屋』で相模、『宗五郎』のおはま、どれもよかった。棒のように突っ立っていた初めのころの浅草歌舞伎から思うと、隔世の感あり。本当に成長しました。年々若手の成長を実感する、これが浅草歌舞伎の醍醐味です。

 

 花作り簔作 実は武田勝頼橋之助

舞台中央に出てきて、堂々としつつ簔作を想う濡衣と、勝頼を想う八重垣姫の両方に思いを致すやさしさも併せ持つというお役ですよね。じっとしていてその表現はむずかしい。しかも八重垣姫に迫られながら、勝頼であることを伏せているため、名乗ることもできないというツライお役!

橋之助の真面目な雰囲気がニンに合っているなあと思いました。

 長尾謙信(歌昇 

立派でした。歌昇はあまり背が高くないのですが、長尾謙信としてふすまを開けてドーンと出てきたとき、とても大きく感じました。低音ボイスは重厚感を増し、家来に命じて勝頼を討ちにいかせるところなどは、冷徹な戦国時代のリーダー像が見えました。今回は『熊谷陣屋』の熊谷直実もとても重いお役でしたが好演していました。

 白須賀六郎(種之助)原小文治(巳之助) 

かわいらしい姫様から異形の化け物、凛々しい立ち役、赤っつら何でも来いの種之助と巳之助。どちらもなんでもできますが、どちらかというと柔らかめの種之助と、とんがっている巳之助というイメージです。どちらも達者。

白須賀六郎は勇ましい型で、戦さへの意気込みを動作で表し、勝頼を追いかけます。ちょっと心もとないなあと謙信、さらに勇ましい小文治を投入。勝頼を追わせます。

 

それもなんだか、普段の二人の関係にピッタリな気がしてほほえましかったです。

いや、種之助が心もとないということではありませんが、巳之助の方がちょっとお兄さん(種之助兄の歌昇と同学年)なので、いかにもという感じです。

演技は2人とも、きっぱりすっきり、見ていて気持ちがよく、出番は少ないのに強烈に印象を残しました。

 

次はぜひ歌舞伎座で通しを!

若手だけでこの義太夫狂言。本人たちにとっても成果は大きかったのではないでしょうか。願わくば、次はぜひ、前段から、十種香のあとの「奥庭」をつけて、通しで歌舞伎座で!

いつの日か見られることを楽しみにしています。