浅草新春歌舞伎1部では、源氏店のこうもり安と、どんつくの田舎侍。どちらも薄汚れたあごひげにもったりとした風体だった松也だが、2部の最後の『魚屋宗五郎』ででてきた宗五郎は「待ってました!」とでも言いたくなるようないなせな男っぷり。ファンもさぞかし溜飲が下がったことだろう。
魚屋宗五郎とは
『魚屋宗五郎』は、妹を殺された兄貴が発奮してお殿様のところへ殴り込みに行く話だが、殺されたと知った当初から怒り狂っているわけではない。哀しみに暮れる宗五郎と一家。しかし殿様が斬ったとあればよほどのことであったのだろうと推量し、他の家族が頭に血が上るのを制し、冷静沈着に判断するクールな男なのだ。
しかし冷静沈着な宗五郎には弱点があって、それは酒乱だということ。哀しみのあまり、禁をといて酒を飲み始めてしまうともう止まらない。
今までの冷静沈着っぷりがしっかり描かれていればいるほど、酒乱になるまでのギャップが際立つ。
これだけ読むと、血生臭いのか、酒乱の暴力沙汰の舞台なのかと心配する人もいるかもしれないが、それが全くそうではない。
妹が死んでしまうのはとてもかわいそうなのだけれど、家族の愛情がしみじみ感じられるし、次第に酔っていく様は、三味線に乗ってとても楽しい。
一見バタバタに見える宗五郎を止めに入る周囲の人たちとの騒動も、きちんと段取りが決まっており、その場限りのバタバタ劇ではない。
全てが、段取り通り。細かい取り決めがあって、後見がいなくても次々と片付いて芝居が進んでいく。工夫の余地がないほど完成されていると言われている。
この芝居は、作者は黙阿弥だけれど6代目菊五郎がつくりあげた作品だ。
演じた「チーム宗五郎」
おはまが酔ってお屋敷に向かってすっ飛んで行った宗五郎をおいかけていくとき、花道でちょっとおこついて「はっ」とし、櫛を懐にしまっておいかけるところがいい。
櫛、大事なものだものね。
今回は新悟がていねいにおはまを演じていて、とてもよかった。
松也の宗五郎はとてもよかった。
かっこいいだけではなく、よっぱらっちゃうかわいらしさも見えて上出来。
酔って焦点の合わない様子、ゆらゆら揺れてしまう様子。ぶんぶん酒樽をぶんまわす迫力(ただし、正確で芝居から外れていない)おはまの膝枕で寝ているところもかわいい。最後にしょぼくれているところもいい。
ただし。
↓この場面。
「毎日、銭が儲かってね。好きな酒をたらふく飲み、なんだか心が面白くってね、親父も笑や、こいつ(おはま)も笑い、わっちも笑って暮らしやした。ハハ…、ハハハ…、ワハハ…。ああ、面白かったね、だがね、」
ここのセリフがていねいで実に良くて、心にしみじみしみわたる。魚屋一家がよかったねえと幸せそうに笑いあっている姿が目に浮かぶようではないか。
↑これは、菊五郎のときのブログだけれど、この場面はちょっと松也もひゃっひゃっひゃっと笑いすぎていて、もう少し抑えてほしかった。
そうでないと、
魚屋一家がよかったねえと幸せそうに笑いあっている姿が目に浮かんでこない。
やはり、舞台でやっていないシーンまで彷彿としてきた菊五郎の芸は、本当にすごいなあと感じる。
だがしかし、松也はまだまだ若いし、今回とてもよかったのでこれからもっと何回も宗五郎を演じて、将来菊五郎を超えるような芝居をしてほしいなと思う。
菊之助のときも、ここはやはり難しかったので、誰がここのハードルを乗り越えることができるだろうかと今から楽しみだ。
菊五郎のときのブログ。『魚屋宗五郎』は、寺内勘太郎一家の原型か?と書いてあった笑。
ほかにもおとっつあんの橘太郎がしみじみいい。たった一人の娘を失って、哀しくって悔しくって、腹が立ってならねえ。そんな辛さに胸がしめつけられる。
三吉は種之助。「てめえはすっこんでろい!」と何回も言われても一生懸命でかわいいのは三吉そのもの。へっぴり腰で親方が外に行こうとするのをとめようとしてぶん投げられる。私が観たときはでんぐり返しをしていた(*^。^*)
おなぎちゃんは米吉。何もしらない宗五郎一家のところに、お酒をもって真実を話しに来たのは、ものすごい覚悟だっただろうなあ。だって、お殿様の不始末を外に漏らすようなことだから。でもおなぎちゃんはそれをきちんと言いに来た。勇気がいっただろうね。エライ!それを米吉がよく表現していた。
ああ。何度見てもおもしろい宗五郎。酒乱だから嫌とか、殿さまが許せんなどと思わず、まあ見てくださいな。