「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

『籠釣瓶花街酔醒』(かごつるべさとのえいざめ)すべてが見どころという名作!

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簡単なあらすじ

佐野次郎左衛門という田舎の商人が、吉原で八ッ橋という花魁に一目ぼれ。3日にあけず通い詰めて入れあげて、身請けの話にまでいきます。ところが八ツ橋には間夫がおり、変な入れ知恵をされた間夫が「次郎左衛門と別れろ。さもなくば、俺とは縁を切ろう」といったものだから、八ツ橋は次郎左衛門とは別れる決意をします。

いつものようにご機嫌で友達まで引き連れてきた次郎左衛門に、満座の中、八ツ橋は縁切りを言い渡し、次郎左衛門は大恥をかかされてしまうのです。

 

そしてその日からふっつりと吉原には来なくなった次郎左衛門でしたが、4か月後。再び立花屋にその姿を現します。。。。。

 

というお話。

 

見どころはいくつもあります。場面転換は7度ですが、どれも見逃せません。詳しくみていきましょう。

詳しく見よう。あらすじと見どころ

 次郎左衛門。八ッ橋にひとめぼれ

 

幕開きも見どころです。一瞬場内が真っ暗になり、パッと照明がつくとそこは華やかな吉原仲之町。あっという間に江戸時代の吉原にワープした気分に。

 

そこへ登場するのが佐野次郎左衛門と下男の治六。単なる好奇心からちょっとだけ吉原を見物に来た二人は、華麗な花魁道中に出くわします。次から次へと繰り出してくる美しい花魁。まず上手から、次に花道から。そして最後に中央から現れるのが八ツ橋花魁の一行です。

上演の時によって出てくる花魁道中が2回のこともありますが、やはり私は3回目に中央から八ツ橋花魁が出てくるのがとてもいいと思います。

あでやかで、思わず「待ってました!」と心の中で叫びたくなります。

 

今月2月は、最初に出てくるのが芝のぶ扮する七越花魁。いつも腰元役が多いけれどついに!七越!本当に美しいです。その次に出てくるのが九重。児太郎です。この芝居の中で唯一の良心と言ったのは誰だったか。そう、優しさがにじみ出ている美しい花魁です。下男の治六も良心的ですよね。

 

中央から出てきた花魁に、次郎左衛門は魂を射抜かれてしまいます。そして八ツ橋は、去り際に、気を引くように次郎佐衛門にむかって妖艶と微笑み、そしてゆったりと気をひくように高下駄で外八文字に歩きながら去っていきます。まるでその姿は、羽を広げたクジャクのよう!(美しいクジャクはオスだけど…)

 

ポスターなどで有名な、花魁をみて呆然としている次郎左衛門はこの時の様子です。一番有名なシーンかな。

 

「とっとと宿に帰りましょう」「そうしましょう」などとさっきまで言っていた二人でしたが、八ッ橋にハートを射抜かれてしまった次郎左衛門は「宿に帰るのは、いやになった~~!」と叫んで幕。

 釣鐘権八現れて不穏

先ほどの場面からしばらく時がたっています。どうやら佐野次郎左衛門は、すっかり八ツ橋に入れあげてよく店に来ているよう。

釣鐘権八が登場です。釣鐘権八って聞いたことあるような名前だな…。と思ったら「桜姫東文章」の釣鐘権助でした。

なんとなく悪そうな名前ですが、本当に悪い奴です。実は八ツ橋の親の家来だった人。八ツ橋が遊女になるのを世話し、親の代わりに判を押したので八ツ橋の親気取り。八ツ橋を使って金を搾り取ることしか考えていない男なのです。下卑た男を、今月は松緑がいかにもいやらしくつとめています。

 

次郎左衛門に借金を申し込みたい権八立花屋に来て無心をしましたが、体よく断られてしまいます。

 

「よくも指をくわえさせたな。この返報、おぼえてろよ!」と捨て台詞を吐いて出ていきますが、何やら花道あたりでよからぬことを思いついたよう…。

 

不穏な空気が漂います。

 

一方、次郎左衛門は商人仲間を引き連れて立花屋へ。もう最初の田舎者の次郎左衛門ではありません。すっかり吉原に手慣れた次郎左衛門。金離れもよく、人当たりもよく、性格もよいので店ももろ手を挙げて大歓迎です。八ツ橋と仲良いところを連れに見せつけていい気分。すっかり有頂天の次郎左衛門なのです。

 

 釣鐘権八、繁山栄之丞に八ツ橋の裏切りを吹き込む

 

実は八ツ橋には間夫がいます。それが繁山栄之丞。栄之丞はいわゆるヒモですから八ツ橋に貢がれて気楽な暮らし。今日も八ツ橋から着物の仕立てが届いています。そこに権八が来て、八ツ橋は、心変わりをして次郎左衛門に身請けされるらしいとささやきます。はじめは取り合わない栄之丞ですが次第に疑念がわき、立花屋に乗り込みます。

 

ここで大事なのは、栄之丞は八ツ橋の身請け自体は何とも思わないというところです。八ツ橋も身請けされることが栄之丞への裏切りとは考えていません。八ツ橋が大金持ちに身請けされればそれはそれで結構。旦那がいないときにでも会えばいいのです。身請けの前にそんな風に言ってくれればそれでよい。「別れてやらんでもない」とまで言っています。

 

しかし、心変わりして相談もなく身請けされるとあっては話が違う。権八は、八ツ橋が心変わりをしたという偽りを言って、身請けの話を御破算にしようと考えたのです。立花屋への嫌がらせです。

 

ここでの見どころは、そんなふうに徐々に栄之丞が怒りを募らせていくところですが、私はその前の、栄之丞の世話をしている婆さんが二人で世間話をしているところ、着物を仕立てて届けさせた八ツ橋のことを「苦界の楽しみとはこうまで実を尽くすものかねえ」と噂するところ、栄之丞の着替えるところやプリプリ怒ってせっかくもらった手紙を破って捨てたり(仁左衛門は破るが梅玉は破らずポイ。いや仁左衛門も破らない日もあった)、仕立てた着物をポイするところなど、とてもリアルで好きです。特に仁左衛門だと。今月は仁左衛門です(^^)/

 栄之丞現れ動揺する次郎左衛門

兵庫屋で座敷に案内されるのを待つ次郎左衛門一行。そこへプリプリ怒った栄之丞は、権八を連れてやってきます。ちょっと不安に思った次郎左衛門は栄之丞を追おうとしますが、やんわりと立花屋女房おきつに止められます。

 栄之丞、八ツ橋に愛想尽かしを迫る

別室で二人きりになった八ッ橋と栄之丞。プリプリ不機嫌な栄之丞は、柱にもたれて、近寄ろうともしません。取り交わした起請文を返すように言うので、驚く八ツ橋。そこへ権八も現れる。栄之丞は八ツ橋に、次郎左衛門に愛想尽かしをするか自分と別れるかと迫り、八ツ橋は泣き崩れます。

見どころは、柱にもたれている色気抜群の栄之丞と追い詰められる八ツ橋です。

 場が凍り付く縁切りの場

八ツ橋を待って、宴たけなわの八ツ橋の部屋。そこへ沈痛な表情の八ツ橋が登場。気分が悪いと言えば、「薬を」。声を聴くのも嫌と言われれば「皆さん少し静かにしましょう」とあれこれ親切に心を配る次郎左衛門。しかし、八ツ橋はここで、「ただ主(あなた)がいやだから」と強烈な愛想尽かしをします。

にぎやかに盛り上がっていた場が一瞬で凍り付きます。

身請けが破談になれば大損害と、なんとか取り繕うとするおきつ。

ただ黙って下を向く幇間や花魁たち。

「そんなこったろうと思った」と嘲笑する仲間。

満座の中大恥をかいた次郎左衛門は天国から地獄へ落とされてしまいました。

 

「花魁、ちとそりゃあ袖なかろうぜ」から続くセリフは、哀しく、うつろに響きます。しかし次郎左衛門はここで怒りをぶつけることもなく、ぐっとこらえて「ひとまず国に帰ります」といって、静かに、というか憔悴しきって出ていくのです。優しく心を寄せるのは治六と九重です。

 

見どころといえば、この場のすべてが見どころですね。

 戻ってきた次郎左衛門。そして。

4か月後。何事もなかったようににぎわう立花屋に次郎左衛門がやってきました。「以前のことは何も遺恨に思ってはいませんよ」といういつも通りの穏やかな口ぶりに、皆一様にほっとするのでした。もともと上客でしたから、幇間たちもやってきて大喜び。八ツ橋もやってきて、過日の非礼をわびます。次郎左衛門は2人で話したいからといってほかの者を遠ざけます。

 

酒を注ぎ、和解かと思いきや「この世の別れだ、呑んでくりゃれ」「えぇ?」

 

その後、床の間に置いてあった箱から刀を取り、一刀のもとに八ッ橋を切り下げます。

 

その後のんびりと火を入れにきた女中もスパーンと斬り、呆然としたまま刀をみつめ

「籠釣瓶はよく斬れるなあ」というセリフで幕となります。

 

見どころと言えば。この場もすべてが見どころです。

見どころは光と影

つまり、この芝居はすべてが見どころなのです。

 

ピーンと張りつめた空気と花街ながらのにぎやかであでやかな空気がミックスされて、観客はほおっとため息をついたり、ほっとする会話を楽しんだりしながらも、悲劇はひたひたとまっすぐに近づいてきます。クライマックスでは瞬きも息もできません。

 

美しい八ツ橋、色気たっぷりの栄之丞、一方性格も人も金離れもよいが、あばた面の次郎左衛門。

華やかな花街の情景、豪華な衣裳、その反面冷たい吉原という世界、縛られている花魁たちの生きざまという暗い面も見え隠れします。

表が光り輝くからこそ、裏の暗さが浮かび上がります。別稿にしました。

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今回の役者からみたお役

勘九郎(次郎左衛門) お父さんの勘三郎が何度も手掛けたものですが、勘九郎は今回初役。初役?と思うほどすばらしかった。勘三郎完コピというほどではなく、勘九郎の次郎左衛門になっていたと思います。前半の人のいい次郎左衛門もいいのですが、縁切りの場での押し殺した演技、ラストシーンの狂気に満ちたすごみのある演技には戦慄する思いでした。

七之助(八ツ橋) 今をときめく女方。やはり八ッ橋は美しくてなんぼ。ラストシーンの斬られるところでは、「はあっ」と小さな声をあげ、ふにゃっと力が抜けたような崩れ方をして、傾いて倒れました。今まで見たことのないような倒れ方だったように思います。玉三郎は、もっときれいに見せつけるような倒れ方だったような。それもよいが、七之助のふにゃっとした倒れかたも素晴らしかった。聞く機会があればあの倒れ方についてどのような考え方があったのか伺ってみたいですね。

 

仁左衛門(栄之丞)色気よし、かわいらしさよし、わがままよし。やはり八ッ橋と栄之丞は美しくあらねばならず、栄之丞仁左衛門丈なら文句なしです。

 

松緑権八ここのところ荒川十太夫だったり俵星玄蕃だったり、良い人というお役が多かった松緑ががっつりこのいやな野郎というお役。本人も楽しかったのではないでしょうか。生き生きとして見えたのは気のせいか。

 

歌六時蔵立花屋長兵衛とおきつ)どっしりとした貫禄。田舎者がくれば、だますようなことはせず早くお帰りなさいと救ってやるが、万事もめごとのないよう手を回していく如才のなさもあります。この夫婦ならではのこの店の繁盛と思わせてくれました。

 

籠釣瓶とは

釣瓶というのは、井戸の水をくむための桶のことです。もしこの桶が編んだ籠でできていたら水がたまらないでしょう。「斬った後、水も残らないほどスパッと斬れる」名刀のことを「籠釣瓶」といったそうです。この芝居の籠釣瓶は、刀工村正の手によるもの。一度鞘から抜くと斬らずにはおられないという妖刀だと言われています。

吉原にどうやって刀を持ち込んだか

吉原では刀はお預かりのはず。どうやって刀が持ち込めたのかと思ったのですが、刀の入っている箱には「紅梅白梅絵図」と書いてありました。絵と偽って持ち込んだのですね。

シネマ歌舞伎の「籠釣瓶」

今回この芝居が見られなくても、「籠釣瓶」はシネマ歌舞伎にも入っており大変人気が高いので、ぜひ観られるときには見ることをお勧めします。(2024年度では上映はありませんが)シネマ歌舞伎での「籠釣瓶」は次郎左衛門が中村勘三郎。八ツ橋が玉三郎。栄之丞が仁左衛門というキャストです。勘九郎が治六役を鼻水を垂らしながら熱演しているのにも注目です。

講談「吉原百人斬り」

近松展のブログのときにもチラリと書きましたが、講談では「吉原百人斬り」というお話が、籠釣瓶の前段にあたります。私はそれと知らずに、神田伯山が松之丞時代に「吉原百人斬り」を聞いて、こここれは、『籠釣瓶』の前段じゃないかとわなわな震えたことを覚えております。

 

なぜ、次郎左衛門にあばたがあるのか。なぜ妖刀「籠釣瓶」を次郎左衛門が持っていたのか、その恐ろしき因縁は、次郎左衛門の父親から始まっていたわけですが、すべてはこのお話を紐解くとわかります。機会があればぜひ聴いてみてください。

 

新橋演舞場での通し上演2011

歌舞伎でも2011年の新橋演舞場で上演された『籠釣瓶』では、序段から上演されています。録画してあったので観ました。

 

お清殺し/千貫松原/次郎座衛門内/仲之町/店先/浪宅/兵庫屋/九重部屋/立花屋/捕り物

次郎左衛門:吉右衛門

八ツ橋:福助

栄之丞:梅玉

おきつ:魁春

治六:歌昇(現又五郎

 

次郎左衛門の母が無残に殺されるところや妖刀籠釣瓶が次郎佐衛門に渡った由来などしっかり上演されていました。

さらに、九重が八ツ橋に、このままじゃいけないよと、次郎左衛門にお詫びのお手紙を書くように説得して、八ツ橋もその気になったという場(九重部屋)が入っています。その場があると、最後に次郎左衛門が来た時にのこのこ八ツ橋が出てきたのも腑に落ちるのですね。「九重が良心だ」という話にも納得です。

 

そして斬り捨てたあと、屋根の上で大立ち回りもついていて、バッタバッタと斬り殺し、栄之丞と権八との3人で見得。幕という流れです。

 

千貫松原では、チンピラ山賊の子分として歌昇(当時種太郎)、種之助、米吉が山賊のチンピラをイキって演じているのが最高に面白いです、特に今を時めく女方の米吉の山賊っぷりといったら!

 

親分は錦之助

概況

作者は3世河竹新七。2世河竹新七は後の河竹黙阿弥ですが、3世河竹新七は黙阿弥の弟子です。

 

初演は明治21(1888)年。東京の千歳座です。千歳座というのは明治座の前身です。実際の事件がもとになっています。

初世市川左團次の次郎左衛門、四世中村福助の八ッ橋で大評判だったそうです。左團次のために書き下ろされたのですが、その後初代の吉右衛門が家の芸にしました。幸四郎(現白鸚)が継ぎ、中村屋が戦後初めて演じたのは、初代吉右衛門の代役として17世勘三郎が1951(昭和26)年に。その後本役で1956(昭和31)年。

2世吉右衛門が初めて演じたのは1979(昭和54)年。18世勘三郎が初めて次郎左衛門を演じたのは1999(平成11)年のことです。2012(平成24)年には菊五郎も演じています。播磨屋高麗屋中村屋音羽屋と様々なお家に愛されてきた「籠釣瓶」です。