「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

天守物語~耽美な世界に圧倒された

 

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泉鏡花と『天守物語』

 

泉鏡花原作の『天守物語』。

『諸国百物語』に載っていた物語から着想したそうですが、

 

https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/51450/

 

こちらの記事によれば、その伝説とは姫路城の天守閣に殿様の命令で昇って行った若武者が十二単を着た美しい人に出会う。提灯の火をともしてもらうように願い、火をもらって帰るところ、三重目まで帰ったところで火が消えてしまい、再び火をもらいに天守閣まで上がるという話で、そのあたりは『天守物語』に生かされています。

 

原作を読むと、歌舞伎の舞台がほぼ泉鏡花の原作のままで驚きます。原作は小説ではなく脚本。「とうりゃんせ」の歌に始まり、セリフも一言一句(すべてではないけれど)踏襲しています。

 

 

舞台をみたあとでこの本を読むと、七之助の富姫、玉三郎の亀姫、薄をはじめ腰元たち、盤坊たちの言葉やしぐさが脳内にまざまざと復元されてきますので、千穐楽を終えてもっと観たかったとお嘆きの方、綺羅星のような美しいセリフをまたもう一度味わうためにもぜひ読まれることをおすすめします。

 

また演出や大道具は変えても(むしろどんどんシンプルにしている)内容は全く変えずに上演している玉三郎に、鏡花への強いリスペクトを感じました。台本を観ながら観劇することはよくありますが、案外台本通りにしゃべってはいないものです。でも今回の『天守物語』では、皆ほとんどきっちりと原作通りのセリフ運び。そこにも厳しい玉三郎のこの作品への想いを感じました。

 

泉鏡花は、「この脚本が舞台にかかるなら、自分が資金を出してもいい」といったそうですが、生前それは叶いませんでした。初演は鏡花死後34年たった1951年。歌舞伎での初演は1955年。

 

1977年からは玉三郎がずっと富姫を演じてきましたが、今年の姫路での公演で初めて七之助が富姫を演じて好評を得ました。このときは玉三郎は演出にまわりましたが、今回の歌舞伎座公演では、亀姫を演じるということで話題に。

 

玉三郎 亀姫 異形の人。偉業の人

 

亀姫というのは、富姫の妹分で猪苗代湖に住まう妖怪。かわいらしく、わがままで、残酷(人間から見ればですが)。

1994年の銀座セゾン劇場の公演では19歳の宮沢りえが演じています。それを今回、玉三郎が。そして玉三郎の亀姫がどうだったかというと、完璧に「おかわゆらしい」姫だったのです。富姫というおあねえさまを慕いつつ、愛されていることをしっかり意識しているコケティッシュな亀姫がそこにいて、玉三郎こそ異形の人、いや偉業の人なのだと感じさせられます。

 

私は、1999年の時(富姫玉三郎・図書之助海老蔵)に見ていますが、その時は今回ほど感動はしませんでした。そのためその後もシネマ歌舞伎などでやっていても観に行かなかったのですが、今回は本当にすばらしかった。

先月までシネマ歌舞伎でやっていたのに、観なかったことが悔やまれます。舞台は、昔はもっと凝っていて、今はずっとシンプル。だからこそ天空の雰囲気が出て、スモークが効果的に使われていました。

七之助 富姫 受け継ぐ人。やり抜く人

玉三郎から継承した富姫。まず見事な富姫でした。気高く、美しく、凛として他を寄せ付けない威厳のある、しかし恋をしてしまう富姫そのものでした。七之助は今月、1部で超歌舞伎の舞鶴姫。2部の『爪王』で吹雪、そして3部の富姫。今40歳。どれも圧巻の演技でした。脂の乗り切ったというのは、こういうことをいうのでしょうか?

 

そのほかにも

図書之助(虎之介)健闘。玉三郎に相当鍛えられたよう。

盤坊(獅童 こわもてなのに愛嬌があるユニークな鬼。ぼろぼんぼろぼんという合いの手みたいなセリフが頭にこびりついて離れません(笑)。

舌長姥(勘九郎 腰をかがめてぺろぺろチューチューと長い舌を出して首をなめるところは「きも、こわ、かわいい」のなんとも言えない魅力に観客がざわつきます。

「むさやの。むさやの」というのはどういう漢字かと思っていたら、「汚穢やの」でした。

思わず青獅子に寄って行って盤坊に「そこにいて、舌が届く!」と言われて思わず振り返り(ばれましたか?とでもいうように)「きゃっ!」というところ。「きも、こわ、かわいい」の勘九郎の真骨頂です。(写真あります)勘九郎は、もうひと役。桃六という爺でラストに出てきます。目のつぶされた青獅子の目を治すという役どころですが、存在感を出してラストに芝居を導きます。

 

すっぽんの使い方

通常の舞台では、花道のすっぽんから出てくるのは妖怪の類というお約束ですが、この芝居では人ならざる者たちの世界がデフォルトだからすっぽんからでてくるのは人間でしたね。すっぽんが階下から上ってくる階段として使われており、効果的でした。

 

はてしなく広がる空と天空から見下ろす視線で空間無限大

亀姫は530里の遠くから雲に乗ってきましたし、富姫もちょっとお出かけをして夜叉が池に住む雪姫に雨を降らすようお願いをしたりして、もう縦横無尽に広い空間を飛び回っている異形のものたち。

さらに、彼らは天守の上から地べたを這いつくばってわあわあ騒いでいる人間たちを見て笑います。

まるで子供がアリの行列に水をかけて、あわてふためくアリたちを笑って見ているような。

鷹狩をしている連中の突然の雨に降られて右往左往している様子を富姫が笑いながら腰元たちに話すところ。また、図書之助が家臣たちに詰め寄られて応戦している様子を薄が実況中継をするところなどは、なにか既視感が…。

そういえば11月のマハーバーラタ戦記の神々の目線と同じですね。美しい異形の人々と、一方で天守から見下ろしたときの人間たちの小さくて、こっけいであわれなこと。

青獅子

重要なファクターとして出てくる青獅子。前半は舞台中央でどっしりと構えていますが、後半動き暴れます。その動きがダイナミックでとてもリアルでした。普通の馬よりも大きくて前の人と後ろの人が離れている分、動きは難しかったのではないでしょうか?

中の人、大変だったでしょう。とてもよかったです。

観劇終えて。

観劇が終わって、2階から1階へ降りる階段の踊り場に飾ってある「青獅子」の絵。川端龍子の絵です。

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いつも見守ってくれているようで好きな絵なのですが、『天守物語』を観たあとにこの絵を見ると、今にも動き出しそうで思わず足をとめて見入ってしまいます。今月は、指をさして何やら話しながらこの絵を観ている人も多かったように感じました。

 

ゆったりと包み込むような音楽と共に、現実を忘れる100分の夢の世界でした。

 

 

おまけ ちょっとしたハプニング

最初のシーン。腰元たちが、釣りをしています。黙っておとなしい女郎花さんが

「ああ、釣れました!」と花を釣り上げるところがあるのですが、私が観劇した日、花がポロっと舞台下に落ちてしまったんです。

「は!」とドキドキしたとき、女郎花さん、慌てず騒がず

「ああ、取れましたぁ!」と言ったんですね。

うまい。さすがでした。

女郎花さんは、ベテランの澤村國久さんでした。