千穐楽を終えたばかりの9月28日(水)、歌舞伎座で『荒川十太夫』上演記念 神田松鯉・神田伯山歌舞伎座特撰講談会が行われました。
■新作「荒川十太夫」歌舞伎化記念
歌舞伎の中堅どころが次々と新作を発表する中、こんな新作もあるのね!という新鮮な驚き、そしてうれしさでこのニュースを聞いたものです。
漫画でもないゲームでもない、その原作とは「講談」。
今回、10月に歌舞伎化されるのが「荒川十太夫」。これを得意にしていたのが人間国宝の神田松鯉。弟子が今人気の伯山。「荒川十太夫」の上演を記念して、神田松鯉の傘寿のお祝いを兼ねての特撰講談会。こりゃ行かずばなるまいて。ということで28日の夜の部に、歌舞伎座に行ってきました。
■私が松之丞を知ったきっかけ
伯山の講談は松之丞時代に何回か聞いていて面白くて面白くて、何人か友達も誘って行きました。
松之丞を知ったきっかけは、「近頃人気の神田松之丞って講談師の記事を書いてください」と言われたこと。全然知らなかったけれど「はい!」と答えて、慌てて聞きに行って、はまったのでした。5年ほど前ですかねえ。お江戸日本橋亭という小さな小屋に並んで、5日連続の天一坊を聞きに行ったりしました。並ぶといっても当日開場のちょっと早めに行く程度でしたからあの頃はよかった。
あんな小さい箱だったのに、今や歌舞伎座が瞬時に完売。すごいですねえ。
伯山になってからはとんとご無沙汰。だってチケットが取れないんだもの。
松鯉師匠の講談を聞くのは、今回が初めてです。
■歌舞伎座満員
今回は、昼の部と夜の部の2回のみの公演で私が行ったのは夜の部。
いつもの歌舞伎座と違う高揚感、ワクワク感が全体に広がっていました。男性のお客様も多かったですね。
舞台正面後ろの襖絵がとても素敵でした。下手寄りには大きく鯉。後ろには白くけぶったような神々しい山。また上手寄りには松。大きな紋は、松鯉さん、伯山さんのものか。
2回だけの公演のためにこの大道具はもったいないのでぜひまた再演を!
まずは伯山弟子の梅之丞クン。まだ日も浅いらしいけれど、満座の歌舞伎座で堂々と立派に「出世の春駒」を語りました。大したものですなあ。
■安兵衛駆け付け~婿入り
そのあとは「安兵衛駆け付け」と「安兵衛婿入り」を伯山先生が熱演。
揚幕から登場。じっくり花道を味わうように通っていき、正面へ。
マクラ(とは言わないのかな?講談では)からドカンドカン面白くて、もちろん盛り上がるところは刀の切っ先、ぶれもせず、って感じです。私はどうもスピーディーすぎる落語の噺家やら講釈師は好きではないのですが、伯山先生は別。緩急自在で、盛り上がっては脱力し、高く上がってはスンと着地してという感じだから、全然聞いていて疲れない。息を吸っているばかりではなくてちゃんと呼吸をしてくれる感じ。
あとは語り分けがすごい。糊やの婆ぁ、安兵衛、殿様、弥兵衛、その妻と娘。義太夫の織太夫さんだってすごいけれど、伯山先生も負けちゃいないよ。てか日本の伝統芸能、おもしろいな。ジャンルを超えてのコラボはとても難しいみたいだけれど、今後もぜひやってほしいですねえ。
■特別鼎談
仲入りのあと特別鼎談。吉崎典子さんをMCにして、松鯉師匠、伯山先生、我らが松緑兄という顔ぶれ3人が語ります。
・今回の公演について
松鯉師匠は、傘寿の祝いでこんな舞台、こんなにうれしいことはありませんと感無量。講談師が歌舞伎座の舞台に上がるのも97年ぶりだとか。本当にうれしいだろうなあ。
・今回の歌舞伎化で苦労していること
講談では一人で何役もやるけれど、歌舞伎では一人一役だから、しゃべっている以外の人が何をしているのかという余白を埋める作業を今しているなんて話しも。
・今後について
松緑丈は「違袖の音吉」「天保水滸伝 鹿島の棒祭り」など歌舞伎化したい演目も具体的に上げていました。松鯉師匠は「木村岡右衛門」がおすすめだとか。これも四十七士なんですね。
また、松鯉師匠は、今後は、若い人たちの足をひっぱらないようにしなくちゃと謙虚に語る一方でライフワークである長編連続ものの保存を今後も弟子に伝えていきたいと。
伯山先生は清水の次郎長16席を自分のものにしたいとそれぞれ今後について夢を語っていました。
・「荒川十太夫」の見どころ
男の美学、人間の生き方としての美学。長いものに巻かれず弱いものに愛情を注いでいくという美学ではないかと松鯉師匠。男の美学って、今あまり流行らないのではとちょっとハラハラしていると伯山先生すかさず、「女性にも~」とフォローしてましたね。さすが。
松緑丈は、今の世にはない、侍の美学、失われている忠義。また悪人が出てこないので、ほのぼのとあったかくなるのではないかとそれぞれ語りました。
■松鯉「荒川十太夫」
仲入り後はいよいよ松鯉師匠の「荒川十太夫」。
師匠もまた、花道から登場。七三で両手を上にやり丸を描いてニッコリ。
師匠は、講談師になる前に歌舞伎の世界に身を置いていたこともあったそう。トンボをロクにきれずに歌舞伎役者になることをあきらめ、50年以上たってこうやって満場の歌舞伎座で口演するなんて、なんとも不思議な縁、人生っておもしろいですね。
しょっぱな、ポカポカっと二つミスって、ニッコリ笑って「最初からやり直しましょうかね」というおおらかかつ肝の据わったさすが人間国宝。ゆっくりな話口調に「ああこれこれ!うれしいなあ」と聞きほれます。5代目柳家小さんや三遊亭圓生みたいにぽつぽつと話してくれるとありがたい。目をつぶって聞きほれると、目の前に荒川十太夫やお殿様がすーっと立ち上るかのよう。
じっくりと聞きました。
本当に楽しい会でした。最後は三本締め。カーテンコールまでついちゃって、みんな笑顔に。
10月はいよいよ歌舞伎の「荒川十太夫」。ちなみにお殿様は亀蔵さん。とても似合いそうですね。松緑さん楽しみにしています~。
■私がリクエストしたいもの。
ちなみに、私は講談で聞いたもので歌舞伎化をリクエストをしたいのは、あれ。籠釣瓶の前段の話です。
籠釣瓶で、あばた顔の佐野次郎佐衛門は、妖刀村正を持っていますね。ところがあばた顔には因縁があったんです。次郎佐衛門の父次郎兵衛が梅毒になった母を殺したため、その祟りで生まれた子供の次郎佐衛門が天然痘になり、あばたがのこってしまったのです。そしてその後、助けてくれた浪人にもらったのが「村正」なんです。その話を松之丞さんの語りで聞いて、ゾゾ~っと震えたことを覚えています。ぜひ、籠釣瓶と通しでよろしくお願いしま~す。
天一坊も、以前松之丞さんの講談で聞いたことがあったのでとても印象に残っており、歌舞伎の天一坊を観たときの手助けにもなりました。今後もぜひ、いろいろなお話のコラボが実現するといいなと思います。