「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

泣ける「藤戸」 背景・あらすじ・みどころたくさん・感想レポ

3部の「藤戸」。初めて観ましたが、とても素晴らしかったです。

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あらすじ見どころ感想です。

 

■概況

原作は、平家物語巻第十にある「藤戸」。能「藤戸」にもなっている。これを松貫四が構成、川崎哲男が脚本を作り、1998年に厳島神社で行われた「宮島歌舞伎 厳島神社中村吉右衛門奉納公演」で初演。

平家物語「藤戸」

平家物語を読んでみると、「藤戸」は、源範頼が平家追討のために西国へ赴いたときの話でまだ頼朝も義経も生きています。

ここに載っています。

 

このときの範頼軍には、北條義時、三浦義澄、息子平六義村、畠山重忠、稲毛三郎重成などなどずらりと今大河ドラマで活躍、死闘を繰り広げている面々が参加しています!

そうそうたる面々で、思わず出演者の顔ぶれが浮かんでリアルですね。

その中に佐々木三郎盛綱もいます。ドラマでも出てきたじいさんの4人の息子の中のひとりですね。

この中で、先陣をとったものが恩賞をもらえるので、皆必死になります。味方にこれだけのメンツがそろっていたら先陣を取るのも大変そうです。

 

源氏方は、海上の向こうにいる敵陣まで行きたいのですが舟がなく、手をこまねいていました。

佐々木盛綱は、地元の漁師を手なづけて、浅瀬で馬でも渡れる箇所を聞きだしました。船がなくても馬で渡れれば向こう側に行けると考えたのですね。

親切な漁夫は、浅瀬を教えてくれましたが、盛綱は、このままこの漁師を逃がせばほかの者にもこの秘密ルートを教えてしまうだろうと考え、先陣の功を自分だけのものにしようとこの漁夫を殺してしまったのです。

果たして先陣の功を遂げ、盛綱は
「馬で河を渡った者はいても、海を渡った者などインド・中国はいざ知らず、わが国では聞いたこともない」とたいそう頼朝にも褒められて、児島の地を恩賞として与えられました。

 

さてここからが、歌舞伎「藤戸」です!!能仕立てではありますが、セリフもわかりやすいので、ぜひしっかりと味わってくださいませ。

佐々木盛綱、自分が殺した漁夫の母に会う

児島の新領主となった佐々木盛綱又五郎)が郎党を従えてやってきました。新しい領主として何か訴えたいことがあれば言うようにとお触れを出します。

そこにやってきたのは、藤波(菊之助)という女。盛綱に我が息子を殺されたと訴えます。

〽巡る月日も幾歳ぞ
と子育ての楽しかった過去を思い出して舞います。赤子に模した蓑を抱いたりおんぶしたりして、過ぎた昔を懐かしみます。

そこで、盛綱は確かに漁夫を殺したことを思い出します。その最後を藤波に語り、その亡骸を隠した浮洲へ連れていきます。嘆き悲しむ藤波を不憫に思い、行く末長く世話をすることを約束して別れます。

一行は漁夫の菩提を弔うため、寺へと向かいます。

 みどころ 品格のある舞台

先陣を焦って漁夫を殺すとは、非道なやつと思われるかもしれませんが、先陣を取るということが、その後の暮らし向きにも関係あるとなれば真剣にならざるを得なかった時代なのでしょう。決して盛綱が非道な奴とは描かれていません。むしろ、情のわかる懐の深い武士として又五郎が演じていますね。

 

不憫とは存ぜしかど、これみな戦の習いなれば、何事も前世のこととあきらめたまえ

と盛綱がいうところでは、いやいやそりゃないでしょうってちょっと思いますが(;^_^A。でもそれでもひどい奴とは思えないのは、役者の力かなー。

 

美しい母菊之助。初演のときは、老婆として吉右衛門が演じていますが、なぜ今回黒髪の若い母にしたのか、聞いてみたいですね。まあ、漁夫が若ければ母が若くてもおかしくはないのかな。漁夫が18歳、母が38歳とかね。

薄汚い蓑を赤子に見立てて踊るところでは、本当に抱いたりよしよししたり、おんぶをしたり愛情たっぷりなしぐさに驚きます。扇の使い方、手のひらの返しも美しい。

四天王も舞台を引き締めます。朗々とした声の彦三郎。イヤ本当に素晴らしい声です。歌舞伎座の隅々まで響き渡るので、心にまでしっかりと届きます。

■間狂言

浜の男磯七(種之助)、浜の女おしほ(米吉)、浜の童和吉(丑之助)が、かわいらしく踊りました。

 ・みどころ 踊り達者な丑之助と支える米種に心和む

丑之助クンは言うまでもなく、吉右衛門の愛孫。丑之助クンは取材で「じいたんが大切にしたお話だから一生懸命踊ります」と語ったとかや。涙。そしてその踊りがしっかりと指先まで神経が行き届き、足もよく上がり、腰も落とし、体幹もずれることなくすばらしかったのでした。瞬き厳禁でお楽しみください。

丑之助クンは割とクールなイメージがあるので、陽の眞秀に対して陰の丑之助と思っていたのですが、今回のカラッと明るくかわいい踊りもとてもよかったので驚きました。


菊之助は、「和吉は漁師の息子」と言っていましたが、ストーリー的に漁師の息子であることがわかるようなセリフなり振りなりは特になかったように思いました。

なので、「もういいじゃん!種之助と米吉の息子で!」と思いながら観ました。

 

あれあれ、雲が出て波も高くなってきた。あわてて3人は逃げていきます。

結構むずかしく手数の多い踊りを、丑之助クンも軽々とこなしており、満場拍手喝采でした。

■悪龍現る

さて、寺では盛綱と郎党が誦経をしていましたが、そこへ、どろどろどろ。漁夫の怨霊が悪龍となって現れ、

「いかに弔いあるとても、怨みは尽きぬ妄執の」と一行に襲い掛かります。

郎党たちは、必死になって刀で挑みますが、悪龍強くて全く歯が立ちません。

盛綱は必死に祈ります。
郎党たちもついには刀を捨て数珠をもみ、盛綱とともに必死に祈ります。ここはちょっと黒塚っぽかったです。ついに祈りの力に負け、悪龍は成仏していくのでした。

 ・みどころ 悪龍の成仏 武力に勝る祈りの力が現代にも通じますように

どんなに武力で倒そうとしても倒そうとしても倒そうとしても倒せない相手がついに祈りで成仏していく(だいぶ最後苦しそうだけれど)。そこは、今の世へのメッセージとしてもいいなあと思いました。
最後、幕外となり鳴り物が奏でる中、悪龍は花道で行きつ戻りつしまいにはグルグルと苦しみつつ揚幕に入っていきます。

この最後の最後に苦しむところは揚幕ギリギリのところなので、1階でしたら花道近く、2階席ですと東席でも7番より舞台寄りでないとみられませんが、見られる方はぜひ最後まで。

菊之助の「母の哀しみ」

ところで、菊之助は今年は「母の哀しみ」がテーマなのでしょうか。7月には「ナウシカ」でクシャナと母の確執について演じ、8月には隅田トリュフォニーホールで「隅田川」、そして今回の「藤戸」。どれも偶然なのかわかりませんが、クシャナ隅田川が今回の演技の下地になっていることは間違いないと思いました。母の哀しみ、これからもぜひいろいろな演目で演じてほしいと思いました。


今後も古典として上演を望む

吉右衛門は、「藤戸」を作るにあたり、祈りをテーマにした歌舞伎を拵えたいといって川崎哲男氏に依頼したそうです。そして、哀しみの中に、お能にないちょっとのどかなところが欲しいと考えたそう。そんな吉右衛門の想いたっぷりの「藤戸」。古典として末永く上演されることを望みますー。