「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

『近江源氏先陣館』~盛綱陣屋 あらすじとあっと驚く見どころ

9月第2部は、コロナ感染者が出て2日の初日から6日まで休演。7日に初日が迎えられるのか、盛綱役の幸四郎さんのギリギリギリとした思いが時空を超えて、こちらにも伝わってくるような1週間でしたが、無事に7日が初日となりました。

 

f:id:munakatayoko:20210921165156j:image

感染した歌昇の代役は弟である種之助、隼人の代役は父である錦之助が勤めました。家庭内で何とかしちゃうのも、歌舞伎の面白さですね。

その後無事に、歌昇、隼人ともに生還を果たし、あとは数少ない日数を頑張ってほしいものです。

9月第2部の盛綱陣屋も時代物です。これは予習をしておきましょう!

 

背景

鎌倉方と京方の戦の中、鎌倉方である佐々木盛綱の陣屋でのお話です。というと鎌倉時代の話かと思いきや、舞台設定は鎌倉時代ですが、お話のモデルは大坂冬の陣です。


お芝居を観る前に。

大坂冬の陣がモデル


このお芝居を観るときは、大坂冬の陣に出てくる人たちがモデルなのでそれを思い浮かべるとわかりやすいです。すなわち、役の上での北條時政は、ふてぶてしくて、腹の底では何を考えているか容易にはわからない徳川家康

 

同じように、出てこないけれど重要なキーパーソンである佐々木高綱豊臣秀頼方の真田幸村。主人公佐々木盛綱は、その兄の真田信之を思い浮かべてください。幸村、信之どちらも知勇に優れていましたが、家の断絶を避けるためか、信之は家康方に、幸村は秀頼方についたのですよね。ですから、家康はちょっと家臣の盛綱を警戒しているのです。

 

え?真田も大坂冬の陣も何も知らない? その場合は、まっさらな気持ちで見てください(^^)/

高綱と盛綱は、決して仲の悪い兄弟ではありませんが、今は仕えている主が違うために敵味方の間柄です。盛綱は、主人を裏切ることはできないし、弟に対しては、敵ではあるが武士として立派な存在であってほしいと思っているということです。

2時代物の価値観はスルースルー!

もうひとつ大事なことは、当時の価値観が今とは違うということです。お家や主のために、自分の子どもの命を捨てることをいとわないというのは、今では考えられないことです。ありえません!けれどもそこは、まったく価値観の違う世界の話として受け止めてください。
そこでぴっしゃり扉を閉ざしてしまうと、歌舞伎の世界に行けなくなってしまいます。

現代でもいろいろな世界のいろいろな価値観があり、たとえばある国では親愛の情をあらわすしぐさが、別の国では失礼にあたることなどがあるように、これも違う価値観の中に生きている人々のお話です。その中でも喜怒哀楽があり、ドラマがあります。そこを見てほしいなと思います。

3構成はすごく面白い

最後にオセロの色が黒から白に代わるように見え方が変わりますよ。

 

登場人物

f:id:munakatayoko:20210921194132j:image

佐々木盛綱 知勇に優れた武士。北條時政に仕える。
北條時政 家康がモデル。優秀だが疑り深く、冷酷な上司。ごまかせないなー。
小三郎 盛綱の息子。初陣で従兄弟である小四郎を捕まえてきて、意気揚々。
微妙(みみょう) 盛綱と高綱の母。どちらも大切な息子であり、小三郎小四郎はかわいい孫である。一応小四郎はずっと会っていなかったので、それほど情はないつもりでいたけれど、会ってみたら息子の高綱に似ていたため、グッときちゃう。気丈な婆。

佐々木高綱 盛綱の弟。芝居に出てこないが重要なキーパーソン。影の主役といっていい。
小四郎 高綱の息子。小三郎につかまり、人質となる。

篝火(かがりび) 佐々木高綱の妻。捕まった小三郎が心配で、男装をして屋敷に乗り込む。
和田兵衛秀盛 高綱の家来。冷酷のようにも見えたが、中身は男らしい!
早瀬 盛綱の妻。
信楽太郎 時政方の家来。戦の様子を知らせてくる
伊吹藤太 時政方の家来。戦の様子を知らせてくる。

 

あらすじ

和田兵衛、盛綱の屋敷に乗り込んでくる

京方と鎌倉方とが戦をしています。盛綱の陣屋では、息子小三郎が初陣で手柄をたてたと喜びに沸き返っています。手柄とは、盛綱の子小三郎が、高綱の子小四郎を生け捕ったとのこと。意気揚々と小三郎は凱旋。縄をかけられてしょぼくれた小四郎が続きます。

時政は、小四郎を人質にして高綱を味方にしようとしていたので、殺さず生け捕ったことを大いにほめ、盛綱もご機嫌。妻早瀬もウキウキと喜びます。
(このあたりは今回はカットですが)

そこへ、敵の和田兵衛秀盛がドスドスとやってきて、自分の首の替わりに小四郎の返還を要求。

盛綱が断ったため、和田兵衛は時政に直談判をしに行きます。
弟高綱は、侍大将の首と引き換えにしてまで、子どもの命が惜しいのだろうかと盛綱は考え込みます。

母、微妙を呼んで頼んだこととは

そして、盛綱は母を呼びます。そして頼んだことはなんと、小四郎に切腹をするよう説得をしてくれということ。

盛綱は、高綱が小四郎かわいさのあまり、時政に寝返ったり、簡単に討たれたりしてしまうのではないかと考えたのです。弟は敵ですが、武士として立派であってほしいと願っているのです。

高綱が思いまどうことのないよう、小四郎を殺してしまおう。しかし、自ら手を下すわけにはいきません。なぜなら時政に「殺すな」と言われているからです。そこで、母に小四郎を切腹するよう説得を頼むという…。

母微妙も気丈な婆。「弟に不忠の悪名をつけさすまいと、さほどまで心づかいの親切、おおかたじけないぞや、うれしいぞや」と納得するのです。

もし小四郎が切腹に失敗したら介錯よろしくとまで頼まれる婆の辛さよ。

切腹するよう説得するも、小四郎逃げ回る

そこへ篝火が小四郎に「ただ一目、見たい逢いたい」と男装をして忍び込んできます。「ここを抜けて戻れ」という意味の「名にし負わば逢坂山のさねかずら人に知られで来るよしもがな」と書かれた手紙を矢につがえ、ひょうと打ち込む。それを見た早瀬は、侍の母の癖に未練たらしいと、返歌を放ちます。

微妙は、こりゃ早く殺してしまわなければと小四郎を呼び、小四郎に引き出物として裃を与えますが、その裃と刀をみて死に装束だと察する小四郎の利発さにに、さしもの微妙も泣き崩れます。

小四郎は、
「自分が死ぬことで父や小父様の手柄になるなら何の惜しみもしません。腹の切方も練習しているから失敗もしないと思うけれど、すぐつかまってしまって悔しい。どうか一度父母にあって敵の首を一つでも取ってから立派に死んで見せましょう」

などと言うのです。微妙は、父母の元に返すわけにはいかないし、それより二人の孫を左右において老後を楽しみたかったのに、なんてことだろう。生け捕るも孫、生け捕られるも孫とは、胸が張り裂ける想いです。
立派に介錯をしてやり、いっしょに三途の川を渡る決意をして、刃を向けますが、小四郎は篝火の元に行こうとして、逃げ回るのです。

高綱、首実検

その後、信楽太郎、伊吹藤太が順にやってきて、戦の様子を伝えます。どうやら高綱は討ち取られたとのこと。

そこへ、北條時政が登場です。めっちゃ怖いです。今回又五郎。討ち取った首が、本当に高綱のものであるか、盛綱に確かめさせる首実検をするために来たのです。

首桶を開けて、首を確かめる。なんと、それは高綱の首ではありませんでした。ところが走り出てきた小四郎が、「父様、さぞ悔しかろ、わしも後からおっつく」といい、腹に刀を突き刺してしまうのです。

盛綱は、弟でなかったことにほっとしたのもつかの間、弟でないにもかかわらず、小四郎が切腹をしたことに驚き、なぜなのか考えをめぐらします。

そして、「はっ」と思いいたるのです。

盛綱は、時政に、首は高綱の首であったと申し入れ、時政は満足して褒美の鎧櫃を置いて帰っていきます。

高綱の作戦とは

時政もいなくなると、盛綱はみなを呼び、門の外にいた篝火も呼び寄せ、小四郎の元で最後の別れを許します。

なんと、すべては高綱の計略でありました。高綱が死んだと時政に思わせるにはそれ相応の準備が必要だと、高綱は考えました。

偽首を用意しても、盛綱は忠義を感じている時政に「偽首である」というでしょう。でも、もしその首は父上だ!と小四郎が言って、自ら腹を切ればどうでしょう。

時政もさすがに信じるだろうし、その小四郎の想いを汲めば、おそらく情にあつい盛綱は、命がけでも時政に嘘をついてくれるだろう。高綱はそう踏んだのです。そしてその通りになりました。

盛綱は、しかし時政に嘘をつき、裏切ったことになりますから、切腹をしようとします。そこに現れたのが和田兵衛。
「南蛮渡来の懐鉄砲、受けて見よ!」と鉄砲を向けてくるので、南無三!と思いきや、狙いは盛綱ではなく、鎧櫃でした。中から転がり出たのは、時政の家来。

時政は、やはり心底盛綱を信じてはおらず、褒美と言いつつ置いていった鎧櫃に間者を忍び込ませていたのです。

和田兵衛は、盛綱に、今死んでは、盛綱がウソを言ったことが露見してしまうし、高綱の計略も水の泡になってしまう。切腹をするのは今ではないと言い聞かせ、ふたりは再会を期して別れていくのでした。

見どころ

高綱の作戦がわかったところで、今まで見ていた芝居の見え方が全部ガラリと変わる

それがすごいのです。

ハッと、盛綱が高綱の計略に気づく瞬間があります。
首が弟のものではなくて、ほっとする(にやりと笑うときもあります)
ではなんで、甥は切腹を?といぶかし気な顔になる。甥と見つめ合う。
ハッと気づく。

のところです。

今回盛綱は幸四郎


すべては高綱の作戦だったことに気づきました。では、ドラマを最初から巻き戻してみましょう。
小四郎は、簡単に、小三郎に生け捕られた→実は、わざと捕まったんですね。
あんなに沸き立って喜んでいた盛綱の陣屋でしたけれどね。

和田兵衛の乗り込み→高綱が息子かわいさで和田兵衛の首と交換させようとしていると思わせた。

 

篝火が来た→小四郎に対して未練がましいと思わせたが、ちゃんと職務を全うするか見届けるためだった。

 

小四郎、篝火に会いたがって、切腹を嫌がって逃げ回った→首実検のときにこそ切腹をするために、違うタイミングで死ぬことを避けた。

そのことを知らせるために、切腹のあと、伯父盛綱をじっと見つめます。

まるで、オセロの黒が一気にすべて白に代わるがごとく、見え方が全然違ってきます。

切腹を嫌がってお母さんのところに行きたがった小四郎は、子どもっぽいわがままではなく、「今死ぬわけにはいかないんだ」と必死だったのですね。泣けます。

小三郎と小四郎

これは、難役。御曹司がやることも多くて、涙を絞らずにはおられません。今回は最初の部分がカットなので、小三郎の出番が少なくて残念でしたが、亀三郎くんも堂々として凛々しかったです。
しかし何といっても、今回、小四郎演じた丑之助クンが素晴らしかった。まだ7歳で、どこまで小四郎の気持ちがわかるのだろうか謎ですが、すばらしかった。
小四郎は、あんまり明るい子がやらない方がよいと思うのですよね。
以前勘太郎クンがやったときは「けなげな小四郎」に心を打たれましたが、今回の丑之助くんは、陰というか「クールな小四郎」がドはまりで、父譲りの品の良さ、顔の美しさが際立っていました。すばらしいいいい。

 

微妙の哀しみ


自分の子どもが敵と味方に分かれる。当然孫も、敵と味方に分かれる。それだけでも十分ツライのに、切腹をしろと追いかけまわさなければいけなくて、その追い詰めることが実は無意味なことだったと知ったときには、孫は死んでいる。
戦国時代を生き抜いてきた婆は、そんじょそこらのことで涙は見せないでしょうけれど、それでも、これでもかこれでもかの試練に耐えていかなければいけないのですね。

今回は歌六

高綱という裏主人公

一度も出てこないのに、この存在感。敵味方に分かれつつ、兄弟お互いに、忠も義もたつように思いやり。

非常に構成がよくできていて、奥の深い盛綱陣屋。何度でも味わいたい名作です。

27日まで。まだチケットありますよ!