「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

ただの「一流の芸術」になっちゃったよ 再開!8月花形歌舞伎

 

8月歌舞伎の舞台が5か月ぶりに明け、昨日千穐楽を迎えた。3部が一度休止になったが、その後滞りなく千秋楽までこぎつけたのは、本当に良かった。関係者の皆様のご尽力の賜物と、感謝以外ない。お疲れさまでした。

 

通常と違って、1演目ずつの4部制。観客だけではなくスタッフ役者とも、全入れ替え。大向こう掛け声なし。飲食なし。桟敷席なし。幕見席なし。差し入れなし。出待ち入り待ちなし。何もかも異例づくめの1か月だった。

 

いいよいいよ、なんでもいいよ!あけることに意味がある!スタッフの皆さんありがとう。役者のみなさん、ありがとう。みんなみんなありがとう。観客の皆さんもうれしかったよね!分かち合いたい!

 

ってな気持ちでしたが、実際行ってみると、本当に雰囲気がいつもと違ってびっくり。

 

入口からしてちがう。いつもはワイワイガヤガヤひしめき合っていて、係員さんたちが「歩道ですので、はみ出さないように!」なんて声をからしているが、今回は入場時間を早めたこともあり、観客も少なく、すんなり入場。厳かに入口で検温。自分でチケットはちぎって半券はボックスへ。中に入る人も、皆さま無言。番頭さんも奥様のお迎えもない。イヤホンガイドの行列もない。

 

いつもなら入るとぷーんと匂う人形焼きの甘い香りもなし。右手に見えるお土産処は閉まっていて、ことさら寂しさを感じる。

 

2階に上がってみた。展示されている絵画はそのままだが、ロビーの席は間隔をあけないと座れないようになっており、ぺちゃくちゃと嫁の悪口だの介護の大変さなどをしゃべっているおばさま方はいない。

3階に上がってみた。なんだろう、放課後の学校か?「勘三郎さんの好きなおせんべいよ。一口どうぞ」といつも勧めてくれるおばちゃんもいない、お店が丸ごと全然ない。チャカチャカしたスカーフだの財布だの売ってない。めでたい焼きもない。売っているおじさんもいない。なんということだ! お弁当を立ち食いする人も、慌てて仕事の電話をしている人もいない。大声でしゃべっている人もいない。

 

ああーそういうことなのか。でも。しかたがないのだ。コロナだもの。

 

1階に降りる。

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半年我慢した分、良席をゲットした。前後左右の席が空いているので、目の前に大きな人が座って視界が遮られることもなければ、となりの人のマナーの悪さの不運に嘆くこともない。そして、しみじみと天井を見上げ、1階の空間を味わう。なんて美しい空間だろう。

 

マスクをして観客もお友達同士だとボソボソと話しあったりしていたようだが、おおむね静か。そのかわり始まる前の三味線の音合わせなど、かすかに聞こえたりした。

 

「携帯の電源をお切りください」など直前に大声で張り上げる女性スタッフも、今回は注意書きを書いた看板をもって、舞台がわから、無言でジリ!ジリ!と進んでいく。無言の圧!

 

役者からの挨拶のアナウンスがあり、拍手。そして幕が開いた。演目が1時間ほどで終わると、感動と感謝を表すには、拍手しかないので、みな必死に拍手をした。手が痛くなるほど、空席の分も、遠くから来られない人の分も 役者さんに届けとばかり、拍手をした。

 

無言の圧の女性スタッフの無言の誘導に従って、1列ごとにしずしずと退場。

 

今まで、始めて歌舞伎を観る人のために案内をするとき、私は歌舞伎そのものの魅力ばかり言っていた。「絵画のようにきれいですよ」「役者の子ども、孫とずっと応援できますよ」などなど。しかし、魅力はそれだけではないことに今回いやというほど気づかされた。

 

舞台で繰り広げられる超一流の芸術だけではない、魅力。それは歌舞伎座の観客のざわめき、人形焼きのにおいや、ワクワクするようなお土産(もう何度も何度も見ているおなじみのお土産なのに、何度も何度も見てしまう)や、物売り(勘三郎さんのおすすめなんて言われたら、毎度のことながら振り向いてしまう)の声、猥雑な雰囲気と超一流の芸術がないまぜになっているのが、歌舞伎の魅力なんだ。もともと庶民の娯楽だったんだから。

超セレブから歌舞伎オタクの貧乏人まで誰がいても似合う懐の深い歌舞伎座。ちょっと雰囲気が違うとはいえ、やはり国立劇場だってそうだ。それが歌舞伎の魅力というものだから。それらを全部ひっくるめて、愛していたんだと気づいた。

 

ああ、それなのに、まるでクラシックのオペラでも見に来たかのようなお行儀のよい私たち。猥雑なものすべてを取り払ってそこに残ったのは、超一流の歌舞伎という芸術だけだった。

 

5か月振りに観た歌舞伎は心揺さぶられるものだった。

連獅子は、愛之助と壱太郎が渾身の毛振りを見せてくれたし、

棒しばりは、勘九郎がもうめっちゃ楽しそうに踊っていて、いつまでも見ていたかった。

吉野山七之助の美しさと猿之助。花道に花四天がずらずら並ぶのを観られなくて残念だったけれど、それを払しょくさせる澤瀉屋の演出と狐忠信の今の気持ちを表すような身もだえする姿に、涙絞られた。

源氏店の幸四郎は、なんというか美しすぎてなあ。オペラグラスの丸い視覚の中で、梅の模様のふすまの前に座る幸四郎がすっぽりはまって、そのまま心のアルバムに閉じ込められた。

 

でも。なんだか半分もの足りない。残りの半分を早く取り戻したい。ざわめきや香りやムンムンした猥雑な何か、庶民の熱気か何かを。

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