三寒四温で、今日は暖かいのか寒いのか、この時期は何を着ていいかよくワカラナイですね。春風が吹くかと思えば、雪の降ることもある。そんなときにこの芝居。
雪暮夜入谷畦道 こちらは、ゆきのゆうべいりやのあぜみち と読みます。ユキクレヨルじゃないですよ。ただし、文字をPCで打つときは ユキクレヨルと打ちますが…。ふと思いついて、「ゆきのゆうべいりやのあぜみち」と打ってみたら、こうなりました
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雪の夕べ入谷の畦道
そうですよねえ。でも「雪の夕べ入谷の畦道」より「雪暮夜入谷畦道」のほうが、ずっとずっと情緒があって素敵ですねえ。外題はいつも素敵です。
さて、通称「直侍」。これは、江戸の現代ドラマ。見得も隈取も大きな仕掛けもありませんが、しっとりとした江戸情緒にあふれた作品です。派手な歌舞伎を観たい人にはお勧めしませんが、ぜひ菊五郎の「直侍」、見ておいてくださいませ。
登場人物
片岡直次郎 追われる身となり、江戸を去る前に恋人三千歳に会いに来る
暗闇の丑松 直次郎の弟分。偶然出会い、お互いの無事を喜び合うが。
手先 勘次 目明し。直次郎を追って、蕎麦屋に立ち寄る。
同 千太 同じく。
按摩 丈賀 三千歳がよく頼む按摩。
女房 おかよ
三千歳 直次郎の恋人。恋人直次郎に会えなくなったもので、がっくりやつれている。
あらすじ
追われる身となった直次郎が、恋人三千歳に出会い、別れていくまでのお話です。
入谷蕎麦屋の場
蕎麦屋の客に見る人間模様
雪降りしきる中、蕎麦屋で二人の男が蕎麦を食べています。どことなく品がなく、蕎麦屋の亭主に、吉原の大口屋の様子をいろいろと聞き出します。「裏口はどこか」などと聞くのはなぜだろうかと、蕎麦屋の亭主はあまりいい気持ちはしません。
二人が去ると、入れ違いに入ってくるのは、直次郎。同じように大口屋のことを聞きます。
大口屋には、恋人三千歳がいて、直次郎は、三千歳に会いに来たのです。ただ、追われる身でもあるので、恋人に会えるのはこれが最後かもしれない。でも愛する三千歳に一目なりとも会いたい。そんな直次郎は、他にも大口屋のことを聞きに来た男がいることを蕎麦屋から聞くと、思わず警戒せずにはいられません。
そこに入ってきたのは、按摩の丈賀。丈賀は、病気になってしまった三千歳のために、按摩に行っているのです。
店を出た直次郎は、丈賀に三千歳あての手紙を託します。
訴えるか。黙って見逃すか。決意をさせた一言とは
丈賀を見送った直次郎のところに来たのが、暗闇の丑松。久しぶりに出会った悪仲間は、お互いの無事を喜び、江戸を去って旅に出るつもりだと確認し合います。
お互いの無事を祈って、別れていくのですが、丑松の心にふとある考えがよぎります。
「江戸を出て旅に出るつもりだったが、お尋ね者の直次郎のことを番所に知らせてやれば、自分は罪を軽減され、旅に出なくてもすむのではないか」
しかし、いやいやと打ち消します。「長く世話になった兄貴分を裏切ることを、なんでできようか。このまま旅に出よう」
いや。しかし。いや。行きつ戻りつ、丑松は悩みます。
そこへ、偶然「隣の裏木戸が開いているから、知らせてやんなよ~」と女房にのんびりいう蕎麦屋の声が聞こえるのです。
「知らせてやれ」。そうか知らせてやれと。その言葉を聞いて、丑松は決心し、番屋に向かって走って行ってしまうのでした。
入谷大口屋寮の場
会えたけれども、再び別れる二人。もうこの世で会うことはままならず
大口屋寮にやってきた直次郎は、やっと三千歳に会うことができました。
もう会えなくなるから、夫婦になる約束をした起請を返してほしいという直次郎ですが、三千歳は、一緒になれないくらいなら、殺してほしいと迫ります。
直次郎は、そんなことはできない。処罰されれば、先祖の墓には入れないので、自分の菩提を弔ってほしいと言い、ああ、もうどうしようと切羽詰まっているところに、捕り手がやってきます。さっき、蕎麦屋で探っていた連中です。
万事休す!直次郎は、捕り手たちを打ち払い、振り払い、逃げていくのでした。
みどころ
しんしんと降る雪の情景の美しさ
雪の日のお話。どーんどーんという太鼓の音は、雪を表します。
太鼓の音の中、傘をさし、下駄で一足ずつ歩いてくるその様子を見ていると、しんしんと降る雪、凍えそうなほどの寒さ、蕎麦のあたたかさ、香り、湯気、火鉢のぬくもり、色々なものが浮き上がって見えてくるようです。
寒いのに、なぜ裾を端折っているのかと思いましたが、裾が濡れるのを嫌っているのですね。
蕎麦を食べるシーンでは、箸で、ちょっとごみをすくってピッと飛ばすようなしぐさがありますが、ごみではなくて灰だそう。だから文句も言わない。まさに江戸時代のリアルな情景です。
かっこいいよ。追われる男、直次郎
菊五郎は、五代目菊五郎が工夫した手順を一つずつ大切にして、この芝居を演じています。平成29年の11月歌舞伎座で演じたときには、その筋書に、工夫について述べています。
「下駄につく雪もはじめはふつうにして、寮ではその雪を多めにし、滑るしぐさも入れています」。
夜になって、雪が一層深く積もってきたんですね!
「悪事が露見し、直次郎は追われている身。蕎麦屋でも、すわってしまわないで、いつでも立ち上がれるよう中腰に。寒くても窓を少し開けて、小さな物音にも気を遣う感じにしています。重箱の隅をつつくように神経を使うのも、この芝居の雰囲気を大切にしたいからです」
全神経を集中させている追われる男を演じているのですね。
菊五郎は、若いころは三千歳役、菊五郎を継いでから、直次郎を演じるようになりました。
蕎麦の食べ方も三者三様
この芝居では、舞台上、本物のお蕎麦を食べているんですよ。
「蕎麦のドンブリも、粋に見えるよう、小ぶりなものにして、せっかちな江戸っ子になった気分で、もたもたしないで食べます」
先日、クラブハウスで大向こうの堀越さんのトークルームに参加しました。蕎麦屋で食べるお客、3者(4人だけど)3様とのお話がありました。
最初は捕り手の二人。一度にがばっとすすって野暮な食べ方。丈賀さんは、「熱々にして」と注文をして、ふーふー食べます。直次郎は、2.3本たぐって、すすっとかっこよく食べます。いずれも、直次郎をかっこよく見せるための細かな工夫だとのこと。注目してみてください。
清元「他所事浄瑠璃」の美しさ
大口屋寮の場では、会いには来たものの、これ以上巻き込みたくないと別れるつもりの直次郎ですが、三千歳は別れたくなくて、すがりつきます。
この場面の音楽が清元です。「他所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)」と言われるもので、隣の家から清元が聞こえてくるよという体で、音楽とナレーションを兼ねているのです。
BGMとナレーションが芝居と同時進行で、隣の家の音楽という設定で、しかも芝居の邪魔をしないどころか、情感を高めるって、どれだけすごいんでしょうね。
〽冴え返る 春の寒さに降る雨も 暮れていつしか雪となり、上野の鐘の音も凍る。細き流れの幾曲り、末は田川へ入谷村
と、のびやかな高音、こまやかな情景説明にうっとりします。
江戸時代の情緒を堪能してください。
どの場面もすてきですが、私は、丑松が悩んで、最後のんびり聞こえてきた一声で決心してしまうところ、あそこも案外好きです。悩みに悩んだ時に決め手になることって、意外とそんなことかも、と思わされます。
あ。それから、三千歳のモデルになった人が長生きをして、五代目菊五郎の「直侍」を観て、「(本物は)もっといい男だった」って言ったというエピソードも好きです。
(*^。^*)
セリフもわかりやすいので、ぜひ観劇してみてください。
2部はこのほか仁左衛門の「熊谷陣屋」があります。見ごたえありますよ。
2021年3月2部上演スケジュール
千穐楽3月29日(月)
休演日11日(木) 22日(月)
2部は、午後2時開演※開場は開演の40分前を予定
チケット金額、売り場
1等席15000円
2等席11000円
3階A席5000円
3階B席3000円
1階桟敷席16000円
にて購入できます。
歌舞伎座アクセス
◯ 東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線 銀座駅[A7番出口]徒歩5分
◯ JR・東京メトロ 東京駅 タクシー10分
感染予防対策
3月のほかの演目はこちら。