「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

『曽根崎心中』 ~文楽~美しくてはかなくて、哀しい名作。今月必見

今月文楽3部は『曽根崎心中』。

ストーリーもシンプルでわかりやすく、魅力いっぱいの作品です。ぜひ多くの人に観てほしいです。

 

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美しくてはかなくて、哀しい。文楽で私がはじめて観たのが45年くらい前のこと。

その時のお初は簔助さんで、それはそれはしぐさが美しくて圧倒されました。そして、そのころの演出では、最後の場面が二人を縛る帯がパッと出てくるときに、真っ赤でした。それが血潮が着物を伝って流れるように見え、もう衝撃的に効果抜群で。ですが、あれは何かの思い違いだったのか、今では見られません。(調べてみて何かわかったら追記します)浅葱色のような帯となっています。

あらすじとみどころ

 生玉社前の段 ~ことの発端

遊女お初と醤油問屋平野屋の手代徳兵衛は思い思われる仲。

徳兵衛には縁談の話が舞い込みますが、お初を愛する徳兵衛はきっぱり断ります。

ところが、勝手に縁談をすすめていた徳兵衛の継母は、すでに結納金を受け取っていました。

当然、主人は怒ります。徳兵衛は、結納金を取り返したうえで大坂を出ていけと言われてしまいます。

 

故郷に帰って、その結納金を取り返したものの、帰り道で友人の九平次に会った徳兵衛。九平次に頼まれてその金を貸してしまいます。

 

主人には、明日までに返さなければいけないのに、九平次から金は戻ってこない。ちょうどその時、仲間を連れて九平次が肩で風を切ってやってきます(憎たらしい)。

 

金を返すように迫る徳兵衛ですが、なんと九平次は、そんな金は借りたこともないと声をあげて笑うのです。1銭も借りたことはないと!

 

徳兵衛は、証文を見せると、九平次はなんと、そこに押されていたハンコは、なくしたもので、お上にも届けて今ではほかのハンコを使っている。お前がハンコを拾って、ウソの話を捏造したのだろう というのです。(なんという嫌なやつでしょう)

 

〽「銀になるならしてみよ」と、手形を顔へ打ち付けてはったとにらむ顔つきは懸念もなげに白々し

 

周りの仲間に、さんざんに踏まれたりけられたりして、ボロボロになる徳兵衛。

 

〽拳を握り、男泣き、髪もほどかれ帯も解け、姿形も情けなや。

 

とぼとぼとあてどもなく去っていくのです。

 

善意で貸してあげたのに、なんたる所業。九平次許せん!とワナワナ震える徳兵衛。あざ笑う九平次。そして九平次の取り巻きがまた、実にチンピラっぽくて体を揺らし、バカにしている感じがとてもうまいです。

 天満屋の段 ~心中の決意

白昼の大喧嘩で、天満屋は噂話で持ち切りです。お初は気が気ではありません。徳兵衛の身を案じています。そこへきたボロボロの体の徳兵衛は、だまされてお金は取られてしまい、「いうほど俺が非に落ちる。(いえばいうほど、分が悪い)」

もう主人にも顔向け立たず、生きてはいられないと決心を告げます。

お初は着物の裾の下から縁の下に徳兵衛を隠し、座敷に戻りますが、そこへ憎らしい九平次がきて、さんざん徳兵衛の悪口を言うものですから、怒りに震える徳兵衛。

 

それを制しながらお初は、独り言のように

「徳様はいささかそのような悪いお人じゃござんせぬ。情けが結句身の仇で、だまされさんしたものなれど、証拠なければ理もたたず。この上は徳様も死なねばならぬが、はて、死ぬる覚悟が聞きたい」

と言い放つ。それは着物の下に忍んでいる徳兵衛に向かって聞いているのです。つんつんと足でつつくと、徳兵衛は、お初の足首をとって自分の首に充てて「自害する」という意思表示をするのです。

 

上に貼ったポスターの画像は、そのシーンです。

 

九平次は、「なんで徳兵衛が死ぬものぞ。」とあざ笑う。

そして、もし徳兵衛が死んだら、自分がお前をかわいがってやるぞとぬけぬけと言います。

お初は毅然として、「私をかわいがりなどしたら、お前を殺すがそれでもいいか、徳兵様が死んでしまって、私が生きていると思うな」と異様な気迫で宣言するのです。

 

お初の毅然とした態度が泣けます。

 

すっかり気味が悪くなって九平次は、出ていきます。

 

その夜、下女が寝ている横をすり抜け、お初は外に出ます。徳兵衛と待ち合わせ、二人は天神守へと急ぐのです。

 

この段は、太夫が錣太夫、三味線は藤蔵です。息をのむ熱演でした。そして悲しい。

 

下女が寝ている部屋が明るいので、お初は棕櫚の箒に扇をつけて、手を伸ばして火を消そうとします。手を伸ばしながら消したと同時に、どうと階段下までおちてしまいます。真っ暗になって、下女は起きないけれど、主人が目をさまし

「いまのはなんじゃ~」とのんびりした声で下女に火をつけるように促す。下女が眠い目をこすりこすりつけようとし、見つからぬようそろそろとお初が徳兵衛の元にいく。

 

下女の「カチカチ」という火打石の音に紛れて少しずつ戸を開ける。

 

観客も一体になって、ドッキドキするところです。

 

心臓がドキッとする瞬間の「ビーン」と三味線をはじく音が空気を切り裂きます。

ドキドキドキドキするときの「べべべべべべん」と雪崩を打つような激しい撥。

 

「意味のない撥は一撥もない」というのが藤蔵さんの座右の銘だとか。(文楽名鑑より)

その言葉通り、観客であるこちらも、一撥も聞き逃すまいという気持ちで呼吸も忘れて聞き入ったのでした。

 

「すごいですね!演歌でロックだった。石川さゆりだった!」とは、文楽初体験のSちゃんの弁。

 

 天神森の段~心に残る情景の美しさ

〽この世の名残、夜も名残。死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつにきえてゆく、夢の夢こそ哀れなれ。

これが有名な、とても有名な一節で、昔は教科書にも載っていたと思うのだけれど今は習わないのかな。

死にに行く二人の道行はたとえようもなく、哀しく美しいです。

 

空には美しい星が輝き、美しい情景です。

〽心も空も影暗く 

からは、背景が動いていき、徳兵衛、お初とともに、我々も共に道行をしているかのよう。

 

〽 脇差するり抜き放つ、なじみ重ねて幾年月。いとし可愛と締めて寝し、今この肌にこの刃と思へば弱る切っ先に

女は目を閉ぢ、悪びれず

「早う殺して殺して」と覚悟の顔の美しさ

 

と、非常に美しい詞章が続きます。

 

この段は、織太夫がお初、とてもきれいな高音が響きました(織太夫さん、音域広し)

 

〽長き夢路を曽根崎の、森の雫と散りにけり

 

観客全員も微動だにせず、息を止めて最期を見守りました。

 

概況その他

徳兵衛25歳、お初19歳。死ぬにはあまりにも早い最期です。

このお話は、元禄16年4月に本当に起きた心中事件をもとに近松門左衛門が書き、5月には初演されました。

 

徳兵衛よりもむしろお初が死ぬことに対して積極的だったようにも思えますが、それについては『曽根崎心中』を書いた角田光代さんがパンフレットの中で、お初にとって好きな男との心中は敗北ではなく、勝利だったのかもと書いてあり、興味深く読みました。

19歳というと今の感覚からすると死ぬには若すぎると思いますね。でも京都の島原で遊女をしていた初が14歳で大坂に流れてきたのだとしたら、将来に希望をもてたか。生きることに執着を持てたか。なかなか難しかったのかもしれません。

 

角田さんの『曽根崎心中』 は私も未読なので、今度読んでみたいです。

 

 

また何年か前にNHKで放映された「ちかえもん」が『曽根崎心中』の誕生秘話として作られており、大変おもしろかったです。コメディタッチでありながら、最後はグッとハートをわしづかみされました。

今でもNHKオンデマンドで見られるようなので、もしみられる人はぜひ。

第34回向田邦子賞も受賞しました。

www6.nhk.or.jp

さて、11月以降、しばし閉場となる国立劇場での文楽公演はこれが最後となります。

寂しいです。小劇場は音響の面でも、スペース的に文楽にちょうどいいので、本当に悲しいです。小劇場の空気感含めて全力で味わいました。

 

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今回は床本にふみぽんしました。あと47日。

めっちゃ力がはいっちゃったので、滲みました(笑)。私の涙と心得よ。