早くも4回目となった「Ginza楽学倶楽部特別講座 作者と劇評家のコトバで読み解く歌舞伎のセカイ」。7月17日に、国立劇場レクチャールームにて行われました。
今回は田中綾乃さんの劇評編です。劇評編では、評論家の劇評と役者の芸談から作品を深堀していきます。
今回のテーマは『寺子屋』。
奇しくも9月の秀山祭で『寺子屋』がかかることに決まりましたので、よく知っている方の復習としても、また9月の予習としても絶妙のタイミングとなりました。
音羽屋と高麗屋の型の違い、衣裳の違いなども聞くと、ますます秀山祭が楽しみになりますね。松王丸の衣裳は「雪持ちの松」と言われるもの。雪の重みに耐えている松の柄で苦悩の象徴ですが、高麗屋は黒地に「雪持ちの松」、音羽屋は銀鼠に「雪持ちの松」だそう。
今は映像がありますが、映像のない時代に役者がどんなふうに演じていたのかを知るには劇評や芸談を読むしかありません。ことこまかく書かれた劇評を紐解いて、映像も見ながら今回もじっくり「寺子屋」の豊かな世界に浸ることができました。
9月の「寺子屋」でのそのほかの俳優紹介や見どころなども語っていただきつつ、本題へ~。
- 「寺子屋」の悲劇とは
- つい出た本音「いずれを見ても山家育ち」
- 「せまじきものは宮仕え」の真意とは
- ハプニングで生まれる型もある。七代目團十郎の松王丸
- 「生き顔と死に顔は相好の変わるもの」のセリフの二面性
- 首実検も型によって細かくわかれる
- 時代によって変わる解釈
- 次回は黙阿弥!
「寺子屋」の悲劇とは
「菅原伝授手習鑑」のテーマは親子の別れです。二段目が苅屋姫と道真の親子の別れ。三段目が白太夫と桜丸の親子の別れ、そして、四段目は松王丸と小太郎の親子の別れと、源蔵夫婦と小太郎との別れ。四段目の「寺子屋」のピークに向かって「菅原伝授手習鑑」の作品自体が進んでいきます。
杉贋阿弥は、寺子屋の悲劇について「首実検も数多いけれど、『親が子の首を見て、あらわに泣けない皮肉な仕組みは稀有。」と言います。
「寺子屋」で、小太郎は母に連れられてきて、師匠に斬られて、父に首実検をされる。しかも父は悲しみをあらわすことすら許されません。「この上の皮肉、この上の複雑はありますまい」と杉贋阿弥は言います。確かに…。
つい出た本音「いずれを見ても山家育ち」
源蔵夫婦は菅丞相から菅秀才を託され、自分のところにかくまって育てる。しかし菅秀才の首を討たなければならない状況となり、苦悩し、自分の弟子たちの中から身替りを探そうとします。しかしどの子も見るからに田舎育ちでとても身替りになれそうもありません。
源蔵が「世話甲斐もなく、役に立たず」というセリフがあります。あれほど寺子屋で教えているのに、誰も菅秀才の身替りになれない、役に立たず。
これは俳優さんによっては、さすがにちょっと言い過ぎだろう、あまりにも冷淡に見えるということで「いずれも山家育ち。世話甲斐もなく」というところでふっと気持ちを変えて「習え習え」と、勉強しろというように言う型もあるそうです。
けれども木ノ下さんは、
「世話甲斐もなく、役に立たず」というセリフはいいのだと言います。
「(どうしよう、自分の大事な菅秀才を討たないといけない)というところで心の声がふっとでちゃった。それくらい普段の源蔵とは違う異常な心理状態が出ている」と感じるそうです。
「せまじきものは宮仕え」の真意とは
新しく弟子に入ったばかりの小太郎を身替りにしようと思いついて源蔵と戸浪は二人になります。
「せまじきものは宮仕え」というセリフは有名ですね。これは現代でもよく会社つとめを嫌悪するような感覚で使うことがありますね。歌舞伎でもそう解釈して、「宮仕えはここじゃわやい」と源蔵が戸浪を叱るセリフにする型もあったそうですが、穂積重遠は、それを否定し「御奉公した以上は万事を犠牲にするのは当然だという悲壮な覚悟を持ったセリフである」と言ったことが紹介されました。
役者はどのように演じているでしょう。映像を観つつ確認します。
「せまじきものは宮仕え」のシーンでは、竹本が語り、二人は抱き合います。しかし、役者により、抱き合わないパターン、抱き合うが寄り添う程度のパターンなど違いが見られるそうです。竹本ではなく、自身でセリフを言う場合もあります。
2人がしっかりと抱き合っていると、二人は運命共同体であり同じ苦悩を持って同じ方向を向いているように見えます。
一方、抱き合わないバージョンだと二人の苦悩は別々のように見えます。戸浪は、小太郎の母親のことを思い、自分の息子だったらいやだなという女性の性。源蔵は、師匠が弟子を討たなければいけないというその苦悩だといいます。
竹本が言うか俳優が言うかでも、印象はずいぶん異なるようです。いろいろな解釈の仕方が取られ、俳優が考えて工夫をして演じていることがわかり、大変興味深いです。
人気の型というのはあるけれども、そうではない型も上演していかないと、そのまま途絶えてしまいます。型が残っていれば、違う役者や違う時代によってまた生まれ変わる可能性もある、というお話が大変心に残りました。
前回の熊谷陣屋の話でも、現在は團十郎型が主流ですが当初は芝翫型が主流で、團十郎型が酷評されたという話がありましたね。
今やっている歌舞伎の型がすべてではないということがわかるためにも劇評を読むこと、人気のない型でも続けることが大事と木ノ下さんは力説していました。
ハプニングで生まれる型もある。七代目團十郎の松王丸
さて、役者が役の心根を考えに考えて、解釈し、演技に落とし込んでいき「型」ができるということがわかりましたが、実は型の違いはひょんなことから生まれることもあるそうです。
首実検のところで、成田屋の型は玄蕃が先に蓋を開け、松王は刀を抜きます。
これは、当初、松王(七代目團十郎)が躊躇している時間が長かったので、玄蕃が首桶を開けちゃったというアドリブだったとのこと。七代目はとっさに対応するために刀を抜きましたがその後、刀を抜くタイミングが変更されて、九代目、十一代目、十二代目と受け継がれ、今の形に定着しています。
最初はアドリブやおもいつきだったものに解釈を加えられ、必然性を持たせられて型になっていく場合もあるのですね。
このほか、松王丸の警戒感が強調された二代目延若の型も紹介されました。
「生き顔と死に顔は相好の変わるもの」のセリフの二面性
松王丸が来て、源蔵はいよいよ首桶を持って奥に入っていきます。そのときに松王丸が源蔵を呼び止めて言うセリフです。
源蔵はぎくりとします(観客も!)が。
これは松王丸が「偽首にはだまされないぞ」と源蔵を脅しているという解釈だけではなく、源蔵に「顔が変わるから身替りでもOKだよ」というサインを送り、同時に玄蕃には「偽首にはだまされない」というサインを出しているという解釈もあるとのこと。
セリフひとつに全く逆の解釈の仕方があり、役者はその解釈に沿って演じているというわけです。
首実検も型によって細かくわかれる
音羽屋型は、首桶を開けて自分の前に自分と首の間に蓋をあけてそこに首桶を両手をついて首を見つめる。
これは、子どもと自分、首と自分がしっかり対峙するというのが強調される形です。
中車型は、首桶を左側、つまり玄蕃の側において、手を上げます。頬杖をついているという解釈もあれば、玄蕃から顔を隠しているという解釈もあります。
芝翫型は、両方で頬杖をつく。これは内心の動揺を隠すためにくつろいでみせているという解釈で、舞踊的に美しいとも言われているそう。
仁左衛門型は、蓋を玄蕃がとります。
蓋をあけて首を見るだけでもこれだけバリエーションがあるというのも驚きです。
次の秀山祭では、松王丸はどんな首の見方をするでしょうか。
さらに、映像を観ながら検証は続き、役者によってどのように演技が違い、それはどういう解釈によるものなのか詳しく田中さんから語られました。
映像などで予習をするときには、筋を追うだけではなく、誰がどう演じているのか、少しでも記録しておくといいですね。私も、9月の秀山祭までに、うちにある映像をなるべくたくさん観ておこうと思います!
時代によって変わる解釈
「寺子屋」に対する劇評は様々ありますが、時代によって受け止められ方も違っています。
明治時代の天覧歌舞伎で選ばれたのは、天皇と臣民という形での「忠義」で選ばれたのでしょう。戦時中も、上演されているのは「戦意高揚」のために便利だったのでしょう。しかし、武智鉄二は、昭和14年に書いた「菊吉の寺子屋」で、実は「寺子屋」は反体制のお芝居だと言って、検閲にひっかかったそうです。
「忠義」なのか「反忠義」なのか。全く逆の解釈を可能にするのは、利用するお上ばかりではありません。柔軟な私たち観客にもできること。
「我々はなぜ型を勉強したり、批評をするかといえば、そのお芝居の様々な可能性について勉強をしているんです」と木ノ下さん。
「もしかすると、これから我々は、見えない圧力みたいなものとの戦いがもっとリアリティを増してくるかもしれません。そのときに、この寺子屋のお芝居には、もっとこういうテーマもあるんじゃないだろうかと感じるのは、私たち観客の自由なんです。
今はこう上演されているが、無数の可能性がある。今はこのやり方を取った。だからこの俳優はこの解釈でやっているのだということを想像する、そのトレーニングとしてのこの講座です」という言葉に重みを感じました。
田中さんもうなずきながら
「古典の悲劇で書かれているものというのは、ちょっと概念的にいうと、共同体と個人の関係性だと思います。我々はここまでの封建社会ではないけれど、共同体、社会に属しています」と語ります。
「今の時代は個の時代ですからその自由は尊重されていますけれど、社会の中でどうふるまっていくか、そういう葛藤がこういう悲劇には描かれていると思います」とまとめて、今回の充実講座は終了しました。
今回の参考図書もみせていただきました。
「舞台観察手引草」杉贋阿弥
「歌舞伎 型の魅力」渡辺保
「武智歌舞伎」武智鉄二
ここでは書ききれないことがいっぱいあった濃い2時間。次回もとても楽しみです。
次回は黙阿弥!
人気の黙阿弥にはメジャーな作品もたくさんありますが、知られていないものも含めて、とがった黙阿弥を紹介していくとのこと!
明治時代になった時に、歌舞伎は古典化かもしくは現代劇としていくかに揺れ動きました。時代の要請に従って黙阿弥は両方書いていることを紹介したうえで
「黙阿弥が書いた現代的なものを見つめなおすことで、今の新作歌舞伎に足りないものは何かというところにたどり着けばいいかなと思っています」と木ノ下さん。
どうぞお楽しみに!
ただいま日程調整中。