「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

東海道四谷怪談

お岩さんの四谷怪談といえば、日本人なら誰でも知っている怪談。今月は仁左衛門玉三郎による四谷怪談です。聞いただけでブルブルっと鳥肌がたつではありませんか!
2日目に観に行きましたが、「お二人の共演は、100回目」と言われても信じてしまうほど息もピッタリなのはさすがです。実は、お二人の共演は3回目で、しかも今回は36年ぶりというから時空がどうなっているのかヨクワカリマセン。

 

■裏忠臣蔵の世界

新型コロナウィルスによる3部制で、上演時間が短いこともあり、全編通しではありません。
それでも魅力たっぷり。原作は鶴屋南北。初演のときは忠臣蔵四谷怪談を2日かけて交互に演じたといいます。忠臣蔵が忠義心、忍耐力のまさる立派な志士たちの時代もので、四谷怪談がその裏でフェイドアウトしていった者たちの世話物。

忠臣蔵との読み比べもまた興味がありますが、それはまた別稿にて。

それではいってみましょう!四谷怪談の世界。2021年9月版!

伊右衛門浪宅の場

登場人物 前段紹介を兼ねて。

民谷伊右衛門 (仁左衛門塩冶判官に奉公していたが、今や落ちぶれて傘貼りの内職で細々と生計をたてている。

お岩 (玉三郎伊右衛門の妻。産後の肥立ちが悪く、床につく日々。父を殺した犯人が伊右衛門とは知らず、父の仇をとってやるという伊右衛門の言葉を信じて、冷たい伊右衛門に尽くしている。

按摩宅悦 (松之助)昼は按摩、夜は口入屋をしている。以前、伊右衛門に紹介をした下男、小仏小平が、伊右衛門の薬「ソウキセイ」を盗んで逃げてしまったため、伊右衛門には平身低頭、頭が上がらない。お詫びに伊右衛門の家の世話をこなしている。

小仏小平 (橋之助 宅悦の紹介で伊右衛門に奉公した下男だったが、民谷家の薬、ソウキセイを盗んで逃げた。

 

伊藤家の人々 


伊藤喜兵衛 (坂東亀蔵伊右衛門の隣人。孫娘と伊右衛門を一緒にしてやるために手段を選ばない。
お弓 (萬次郎)喜兵衛の妻。
お梅 (千之助)喜兵衛の娘。伊右衛門に一目ぼれしてしまう。
おまき(歌女之丞) 伊藤家の乳母。

冷たい夫。病がちの妻。怪しい隣人。サスペンスの登場人物出そろう

落ちぶれた浪人、民谷伊右衛門は長屋で傘貼りの内職で糊口をしのぐ。そこへやってきたのは、按摩宅悦。何やら低姿勢だ。それもそのはず、宅悦が斡旋した下男の小仏小平伊右衛門の家の薬、ソウキセイを盗んで逃げてしまったのだ。

 

赤ちゃんが生まれたけれども産後の肥立ちが悪く床についている。夫伊右衛門は冷たい。しかし、何者かによって斬られて死んだ岩の父(四谷左門)の仇を、夫伊右衛門が討つと言ってくれているので、それを頼みにDV夫に耐えている。実は、岩の父を殺したのは伊右衛門なのだが、岩は知らない。

そこへ、小仏小平が捕らえられてきた。小平は、病の主人、小塩田又之丞のために出来心で薬を盗んだという。許しを請う小平だが、さんざんに打擲されているところに来客が来て、押し入れに押し込められてしまう。

来客とは、隣人伊藤家の乳母おまきだった。おまきは、岩の出産祝いとして数々のお祝いと産後の肥立ちが悪い岩のために、伊藤家に伝わる「血の道の妙薬」を渡す。
さらに借金の取り立てにきた質屋に、困り果てる伊右衛門に代わり一両もの大金を肩代わりする。

感謝する伊右衛門と岩。お礼のあいさつへと伊右衛門は伊藤家に出かける。


伊右衛門がちょっと伊藤家に壁を感じているのは、実は伊藤家が「塩冶家」にとって仇である「高家」の家臣だからだった。

伊右衛門が出かけた後、めまいを感じた岩は、伊藤家にもらった薬を飲み、にわかに苦しみだす。

見どころ 劇場観客が全員固唾をのむ、薬を飲む場面

岩は、伊藤家からもらった薬は良薬だと信じているから、ありがたいありがたいと感謝をして、粉薬の一粒も残さぬように、ていねいに飲む。

一方、観客は全員知っている「それは毒!」と。
丁寧に紙を開いて、手に乗せ、飲む。水を口に含んでくちゅくちゅ。口の中に少しも残さずちゃんと胃袋に収めるような丁寧なくちゅくちゅ。
最後に粉薬を包む紙にまだ残っていると、湯飲みの上に紙を伏せ、ポンポンと指ではじき、1粒も残さず、感謝して飲むところが、もう哀しくて哀しくて。
京都南座での、七之助のこのシーンも目に焼き付いている。

役者はこの瞬間、何を思っているのだろう?全観客が固唾をのんで「毒だよ!」と思って見るとき、役者本人も毒だとしっているけれど、「良薬だ」と信じて飲むお役を演じるって。計り知れない集中力、舞台を支配する力がないとできませんね。

■伊藤喜兵衛内の場

んなばかな!隣人に恋した孫かわいさに、隣人の妻殺しを画策する伊藤家

伊右衛門たちは、伊藤家に大変な接待を受ける。実は、伊藤家の娘お梅が伊右衛門に一目ぼれ。なんとしても嫁にもらってほしいというのだ。

最初は、妻がいることや伊藤家が高家の家臣であることを考えて断っていた伊右衛門だが、喜兵衛がとんでもないことを言い出す。なんと、おまきが岩に渡した良薬とは、実は顔が崩れてしまう毒薬。それを飲ませて、夫婦別れさせようとの魂胆。さすがのワル伊右衛門もびっくりだ。伊藤家が不気味すぎる。

次第に気持ちが傾いてきた伊右衛門高家への士官を条件に結婚を承諾。なんとその場で内祝言

見どころ ダークサイドに堕ちた伊右衛門

四谷怪談は、忠臣蔵の外伝。最初にも書いたが、初演のときには忠臣蔵四谷怪談を、半分ずつ上演している。忠臣蔵は忠義と忍耐力と信念のある志士たちが見事に本懐を遂げるまでの話で、四谷怪談は、そこまで行けずにフェイドアウトした人々の話だ。そのパラレルワールドを交互に上演したというのは、南北先生すごすぎる。2日かけて、朝から晩まで忠臣蔵四谷怪談って、すごいなあ。当時の観客も根性入っているし、文化が熟成している感じだ。

伊右衛門、直助権兵衛ともに、志士のメンバーには入れずにフェイドアウトした。

今回はカットされているけれど、伊右衛門は公金横領もして、それを知った人(岩の父)を殺しちゃっているから、もはや人間のクズofクズなんだけれど、しかし、決定的にダークサイドに堕ちた瞬間は、「高家」への士官をおねだりしてしまったこの伊藤喜平内の場だ。仇ですからね。

■元の浪宅の場

岩、夫の裏切りを知り、逆上。そして未練を残して死。

伊右衛門が帰宅すると、岩の顔は変貌していた。瞼から垂れ下がり、崩れている。少しばかり残っていたかもしれない伊右衛門の、岩に対する未練や良心の呵責は、微塵もなく消え失せた。
蹴飛ばし、跳ねのけ、質草にするための着物や蚊帳をはぎ取って外に出る。
「出せよ~、出さねいかい! ざま~みやがれ!」とひどい男っぷりを仁左衛門がこれでもかこれでもかと演じる。<なのに、どうしてこんなに素敵なの>

 

途中出会った宅悦に、不義を仕掛けるように言うと、とっとと質草をもって去る。

宅悦は、岩に言い寄るが、岩に拒否され、もつれ、宅悦は伊藤家のたくらみを岩に話し、岩は自身の顔が崩れていることを鏡を見て知る。
これはもう一言伊藤家に言わずば気がすまないと、髪を整え身だしなみを整えようとするが、漉けば漉くほど抜ける髪。そして宅悦ともみあううちに、脇差が刺さって死んでしまう。

そして、赤子は大きなネズミがくわえて行ってしまった。

この世のモノとも思えない恐ろしさに宅悦は逃げだす。

帰宅した伊右衛門は、岩の死骸を見つけ、押し入れに押し込めておいた小平が岩と不義をしたと罪をなすりつけることにする。小平を殺し、岩と小平の死骸を戸板に打ち付けて川に流す。

何も知らないお梅は、喜兵衛に伴われて嫁入りしてきた。伊右衛門
「娘の手いらず。どれ水揚げにかかろうかい」とニヤリと笑って、若い嫁との夜を想って舌なめずりをして床入りをするが、顔を見るとなんと岩ではないか、驚いた伊右衛門がバッサリと首を切り落とすと、それはお梅だった。
喜兵衛を呼べば、出てきたのはなんと小平。またもや切り殺してみると、やはりそれは喜兵衛。

岩、小平と死に導いた伊右衛門は、岩の亡霊に導かれて喜兵衛、お梅も殺してしまうのだ。

見どころ 純粋無垢、貞節な妻から、悲痛、哀切、情念、怒りの玉三郎お岩

あんなに純粋でけなげな岩が、夫の裏切りを知ってしまったら、それは「恨めしや~」となりますね。「死んでも死にきれない」とはこのこと。かわいそうと一言では片づけられない。
DVも浮気も、現代よりもっと多かっただろうから、江戸時代の女たちも固唾をのんで岩を見つめ、伊右衛門にとりつくところには密かに岩に「いいぞ。もっとやれ!」と声援を送っていたのかもしれない。

漉いても漉いてもどんどん抜ける髪漉き。抜けた髪の毛をぎゅっと握りしめると血がタターと流れ落ちる場面は本当に怖い。
細い声でも、玉三郎の声はよく3階までよくとおる。

■本所砂村隠亡堀の場

ここで、前段がカットのため、いきなり出てくる登場人物がいるので、知らないでいると「へ?誰?そして、は?これで終わり?」となるので、チェック!

登場人物

お弓 (萬次郎)喜兵衛の妻。
おまき(歌女之丞) 伊藤家の乳母。
直助権兵衛 (松緑 最初にウナギを探っている人。塩冶判官に奉公していたが、お家断絶のため薬売り→さらに落ちぶれて、ウナギかきになっている。お袖(岩の妹)に片思い。恋敵与茂七を殺したつもりだったが、それは別人だった。伊右衛門とワル同士の妙な連帯感を感じる。

お熊 伊右衛門の母。
お花(玉三郎 小平の女房。
佐藤与茂七(橋之助 元塩冶家の家臣。お袖(岩の妹)の夫。廻文状を持っている。

 

今回出ていない人。
お袖 お岩の妹。佐藤与茂七と思い合っている。

四谷左門 お岩の父。お岩の夫、伊右衛門が公金を横領したことを知り、お岩を離縁させたが、逆恨みをした伊右衛門に殺された。

伊右衛門、さらに罪を重ねて、だんまりで極まる

この隠亡堀の場は、通しのときはそれなりに大切なキーポイントがたくさん詰まっているが、今回はこの場で終わるため、そのキーポイントがあまり意味をなさないです。
櫛とか、廻文状とか。

なので、簡単に。

伊藤家の生き残り、お弓は乞食となり、おまきとともに伊右衛門の行方を追っていた。
土手の上では伊右衛門が実母のお熊と出会っている。
お熊は追われている息子のために、死んだと見せかけようと卒塔婆を用意していた。卒塔婆を見たお弓は、伊右衛門が死んだと勘違いして、悔しがる。が、情け容赦なく伊右衛門はお弓をも殺す。

以前、お互いに殺人現場で出会っている伊右衛門と直助だけれど、相変わらずの伊右衛門の極悪非道ぶりに、直助もあきれる。

そんなところに、戸板が流れてくる。引き上げると、岩の死骸が貼り付けられていた。びっくりしてひっくり返すと小平の死骸が「薬くだせ~~」と訴える。こわいとこ。

戸板を流すと、闇の中のだんまりとなる。佐藤与茂七、直助、伊右衛門、お花が探り合い、与茂七の持っていた廻文状は、直助の手に。直助の名前を彫りつけた棒は、与茂七の手にわたり、極まって幕。

今回の見どころ 亡霊と美しき人の早替わり2組

四谷怪談は、本来は岩・小仏小平・佐藤与茂七の3人を早替わりで演じるけれどその都度いろいろ。
今回は、亡霊二人が美しき人に早替わりする。
玉三郎が岩の亡霊とお花。お花というのは最後だけ出てきたけれど、小平の妻で、最後に小平の仇をとって伊右衛門を殺すという演出がある。ちょっと最後にその含みを持たせて登場という感じかな。美しい玉三郎がチラっとみられる。

それから目を見張るほど美しい若武者が土手の中からパア~ンと出てくるけれどこれが佐藤与茂七。岩の妹の夫で、直助の恋敵で、直助は殺したつもりだったけれど、生きていた。


廻文状を最後に直助に取られてしまうが、戸板に括り付けられて「薬くだせ~~」と恨み声を出していた小平の亡霊(橋之助)の早替わりで、やはりとっても美しい。

亡霊と美しい人のギャップ2組を楽しみたい。

与茂七、権助、お花とそれぞれこの後の話の重要人物となるけれど、ここで「今日はこれぎり」なので、4人の絵面が はー。きれいに決まった!美しや~!でいいと思います。

通しだと、伊右衛門と岩の戦いはまだまだ続くし、このほかにお化けの仕掛けもいろいろあるけれど、今回はそんなお化け屋敷的な仕掛けは少なく、だからこそ余計玉三郎のすごみ、仁左衛門のクズっぷりが堪能できる「四谷怪談」になったといえるかもしれない。

どうぞお見逃しのなきよう~!

 

9月のそのほかの演目の紹介についてはこちら

munakatayoko.hatenablog.com