9月、国立劇場小劇場。第3部に行って来た。
伊賀越道中双六は、コロナ禍になるまでは歌舞伎でも「沼津」の段がよくかかっていた。
私が忘れられない歌舞伎の「沼津」は、2019年の秀山祭での「沼津」。吉右衛門が十兵衛。平作歌六。安兵衛又五郎、お米雀右衛門。歌昇、種之助夫婦に連れられた綜真クンが初お目見えしたのも懐かしい。この時私は、1階2等席の一番前で吉右衛門と握手をした。ほっこりとやわらかく、でも意外と冷たいお手だった。
播磨屋総出演のこの時の「沼津」は、まるで夢のような風景で心にとどまっている。吉右衛門はこの時も途中で休演となっている。ずっと具合が悪かったのをだましだまし、舞台に立ち続けていたのだろう。
2020年3月には、歌舞伎座で白鸚と幸四郎の「沼津」が予定されていたが、コロナで中止。無観客でのインターネットでの配信となった。観客席の空虚な寂しい「沼津」だった。
今のコロナの状況ではもうしばらく「沼津」を見ることはできないだろう、寂しい。と思っていたら今月文楽で「伊賀越道中双六」がかかった。
そうか、文楽なら「沼津」が見られるんだなと楽しみにその日を待っていた。
客席に降りる演出は、文楽ではやらないけれど(笑)、平作が足をガクガクよろよろさせて、一生懸命、荷物を持とうとするところは同じで、なごむ。
もちろん、「初めて会ったのに、まるで知っていた人であるかのように心が通じ合うふたり」というのが、実は親子だったという後の悲劇にも通じて、前半ほのぼのとおかしいところが、あとでより哀しく感じるわけなのだけれど。
人形に重なって見える吉右衛門、歌六、雀右衛門のお顔、お顔、お顔。白鸚、幸四郎のお顔、お顔。思い出の中から次々と浮かび上がってくる。これが何十年と積み重なるのだろうな。
「沼津」で、最後平作が十兵衛を追っかけていくところ床本では
「ヲーイ、ヲーイ」と書いてあるけれど、本当のところは
「ヲーーーーーーーーーーーーーイ。
ヲ―――――――――――――――イ」と
伸びる伸びる太夫の声。まさに闇夜に先を急ぐ十兵衛に届けよとばかりの平作の声だ。最後の親子の出会いでは、胡弓の音も物悲しく。
歌舞伎の「沼津」では、十兵衛、平作の関係に絞られていて、歌舞伎ではそこでおしまいになっているので、その後敵対する関係になる十兵衛と和田志津馬はどうなるのだと気になる人も多いだろう。「岡崎」のばあいは、最後の敵討ちまでかかるけれど。
今回の文楽では、「沼津」のあとの「伏見北国屋の段」と「伊賀上野敵討の段」がかかる。「伏見北国屋の段」では、志津馬チームと相対する股五郎、十兵衛チームの虚々実々の駆け引きが繰り広げられる、というか結構チャリ場で、笑える箇所もあり、楽しい。織大夫が桜田林左衛門と孫八(按摩)、瀬川、志津馬と言い分けるところなども、見どころ、聴きどころ。
最後の「伊賀上野敵討の段」では、たすき掛けの武士4人がざっと居並び、敵と相対して戦う。予想以上に派手派手な敵討ちシーンで、太夫もそろい、迫力がある。
歌舞伎の「沼津」ファンの人はぜひ文楽の伊賀越道中双六も観ることをお勧めする。
チケットは、まだあるようです。21日まで。
上演時間はこちら。