「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

「沼津」~伊賀越え道中双六

「沼津」は、「伊賀越えの仇討ち」という、全部で十段の長いお話のうちの、六段目。

六段目の前半はほのぼのしていてコミカルなのですが、後半そのほのぼのが全部ブーメランとして返ってきて悲劇になってしまいます。

十兵衛、平作と出会う~沼津棒鼻の場

沼津の宿場町の近く、旅の途中の十兵衛。荷物持ちの安兵衛を使いにやったものだから茶屋で休んでいる十兵衛のところに、雲助の平作が出てきて荷物を持とうと申し出てきます。平作がお金に困っていることを知り、荷物持ちを頼んでやることにした十兵衛です。ところが平作はいかんせん年寄りなのでなかなか重い荷物を持ち上げられません。

あっちへひょろひょろ、こっちへよろよろ危なっかしい足取りで、それが笑いを誘います。

 

2人は、妙に気が合い、和気藹々と旅を続けます。

 

途中で切り株でつまづき、生爪を剥がしてしまう平作に、十兵衛は「とてもよく効く薬」を与えます。

 

平作とは意気投合、娘お米のことも気に入り、平作の家に泊まることになる十兵衛。

 

ここらまでが、楽しい前半かな。客席降りもあって、1階観客も大喜び。とても盛り上がります。

泊まったその晩、怪しい人影が十兵衛の印籠を盗もうとしたので捕まえると、なんとそれはお米でした。

 

十兵衛、ふたつのショックな事実を知る~平作住居の場

お米が印籠を盗もうとしたことに、平作も仰天して叱責するのですが、何やら勘づいた様子で、折檻する手も鈍りがち。

 

十兵衛がお米に盗みの動機を問いただすと、「すごく良く効く薬」を怪我をした夫のために欲しかったというのです。

 

この夜十兵衛は、ふたつのショックな事実を知ることとなります。

 

一つは、お米の夫が和田志津馬と言い、十兵衛の知人(沢井股五郎)と敵対する人物であったことです。

和田志津馬は、沢井股五郎を父の敵と狙い、十兵衛は狙われている股五郎の逃亡を手助けする立場にありました。

 

もう一つの事実は、なんと平作が十兵衛の実の親。お米は実の妹であったことです。これだけであれば嬉しいことでしたが、敵味方という立場とあっては喜び合うこともできず、十兵衛は口に出すこともできませんでした。しかし、なんとかして親子に手助けをしたいと考え、平作に石塔料として金子を渡します。そして印籠を置いていきます。

 

足早に去っていく十兵衛。平作は十兵衛が印籠を忘れたことに気づき、改めると印籠は仇股五郎のもの、そして中には十兵衛が平作の息子であると書き留めた書付がはいっていました。


結末はいつも悲しい ~千本松原の場

すぐに仇のありかを十兵衛に聞き出そうと走りだすお米を制して、平作が自分が行くと告げます。お前はついてこい。ただし決して気取られるなと。

「われも続いてあとから来い。どのようなことがあってもな、必ず出なよ(出るなよ)」

千本松原で、平作は十兵衛に追いつきます。十兵衛と平作のやり取りを草陰でじっと聞くお米。

 

平作は、とにかく股五郎の居所を知りたいのです。ただ十兵衛もおいそれと話すわけにはいきません。股五郎への義理立てがありますから。

 

すると平作は、十兵衛から脇差を抜き取って自分の腹に突き立てます。そして、十兵衛が、志津馬の関係者である平作を斬ったということにすれば、男が立つでしょう。だからこうして自分はあなたの刀で死ぬけれど、未来のお土産に敵のありかを教えてほしい。誰が聞いているわけでもないのだから。と懇願するのです。

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お米が聞いています、そしてそれは十兵衛にもわかります。でも十兵衛は平作のこころをくんで、わざとお米にも聞こえるような大きな声で

「どこに誰が聞いていまいものでもなけれど、十兵衛が口から言うは、こな様へのはなむけ。いまわの耳にようきかっしゃれや。股五郎が落ち着く先は九州相良。九州相良。」と教えるのです。

 

そして、二人は最初で最後の親子であることを確認し合います

「親父様、親父様。平三郎でございます。幼い時別れた平三郎、だんだんの不幸の罪、おゆるしされてくださりませ」

 

泣ける…。

 

「ああ、兄かい、平三かい、ええ顔が見たい、顔が見たいわい」しかし平作の目はもうかすんで見えず、南無阿弥陀仏を唱えながら息絶えます。

 

このあとも、伏見北国屋の段で十兵衛は死に、伊賀上野敵討ちの段と続き、最後は志津馬が股五郎を討ち取って終わります。そこまではなかなか上演はされません。

 

見どころ

 ・客席降りと、舞台の転換

何と言っても1場ではコミカルな場面、客席降りです。ここは1階の観客だけ、キャーキャーと喜んでいるので、2階の奥や3階にいるとつんぼ桟敷に置かれているような気になりますが、この時こそ見るべきものがあります。それは舞台です!

なぜ客席降りがあるかといえば、その間に舞台で大道具が転換しているので、松が上手下手にずーっと動いていったり背景が変わるのをじっくり眺めましょう。

 

1階ならもちろん、キャーキャーが楽しいです。

 

 ・2場では十兵衛のやさしさと理性

平作が実の親だけれども、敵対する間柄だとわかる十兵衛はどうすることもできずに、石灯料としてお金を渡します。そして印籠を置いていき、あとで親子だとわかるようにするのですね涙。

 

・平作もまた、息子から無理やり聞いても息子の立場が悪くなるからと、十兵衛の脇差を使って死ぬという道を選択。悲しくも立派な選択です。

 

今回の上演

 

今回大阪松竹座で上演された沼津は、十兵衛が扇雀、平作が鴈治郎、お米が雀右衛門でした。

 

ちょっと鴈治郎さんがわちゃわちゃとしすぎな感じもしましたが、大阪でやるとなるとやはりああいう感じが喜ばれるのかなあとも思いました。

 

楽しく、切なく、清々しい「沼津」です。みんないい人なんですもの…。切ない。

幻の沼津・思い出の沼津

2020年の3月は、コロナで急遽中止となり、収録用に幸四郎(十兵衛)と白鸚(平作)が演じました。客席降りの華やかな場面が、がらんとした客席でどうするのかと思ったら、ちゃんと演技をしていて、悲しい気持ちながら役者ってすごいなあとおもった記憶があります。ちなみに上演記録には残っておらず、幻の沼津です。

 

2019年は吉右衛門(十兵衛)と歌六(平作)。これがよかったですねえ。