実はあまり観る気が起きなかった『狐花』
なぜかと言うと、どうも新作は苦手で、それは私が人一倍理解力が悪いせいだろう。何度も見てやっとわかる。だから歌舞伎は好きなのだ。同じ芝居を何度も見ることができるから。
もちろん新作でも面白いものはあった。
でも京極夏彦は読んだことはないし、なんだかおどろおどろしい感じ?という先入観。
それで、チケットも買わなかった。そうしたらひょんなことからチケットが手に入り、行くことに。
結果、面白かった。見て良かった。20日過ぎに観たこともあって、芝居もこなれていて当初の上演時間よりだいぶ短くなっていたこともあるだろう。(新作は初日近辺には観ないことにしている)
大道具・小道具
これが素晴らしかった。
火事のシーンも圧巻で、今までの新作、マハーバーラタの火事のシーンを思い出し、古典だけでなく、数々の新作の経験を活かして、新しい作品が生まれているのを目の当たりにしているようで感慨深かった。
真っ赤な幕を使って、しゅっと一瞬で奥に消えたところや、なにもかも燃やし尽くした表現など素晴らしかった。
真っ赤といえば、彼岸花。怪しく咲き誇る彼岸花の群生が、広い歌舞伎座の舞台を覆った。
セリと回り舞台を十分に活かして、舞台が回る回る。
国立劇場がなき今、花道もないような会場ばかりになり、歌舞伎座はここが踏ん張りどころ。こうやって舞台は使うんじゃい!という意気込みを感じた。
最後は、ふわふわと真っ赤な彼岸花が上から舞い降りてきて幕。これは小道具だろうか、とても美しい幕切れだった。
多分時間がなかったと思われるなか、あれほどの完成度で作り上げた大道具・小道具さんにあっぱれをあげたい。
ストーリーも思ったよりはわかった。1回しか見ていないし本も読んでいないので、細かいところはわかっていないかもしれないが。
最後のごちゃごちゃとした人間関係(お前も兄弟かい!みたいな)も、歌舞伎ではありがちなことなので、割と受け入れられた。
役者
勘九郎
私が一番よかったと感じた役者は勘九郎の監物。やはりこの人は悪人の方が断然似合う。勘九郎はいろいろなお役をするし、なんでもうまいけれど、コメディタッチの役より断然悪人の方がいいと感じる。表情がとてもいい。人を信じることができない人(萩之介)は寂しいね。残酷だけれど孤独な萩之介が、最後の幕が下りるときの表情に凝縮されていた。なんて不幸な人だろう。
七之助
この世の者とは思えないほど美しい萩之介をこの世の者とは思えないほど美しい七之助が演じた。演技はとてもよかったが、私は女方の七之助の方が好き。狐面を取った時も、同じような顔なのであまり気が変わらないし…。
虎之助
実祢。虎之助に惚れてしまう女3人の中の一人。この明るい若者は、わがまま娘がよく似合う。
身勝手な理由で人を殺し、しかし殺したはずの相手が実は生きており、目の前に現れてしまい、狂気の果て、間違って父親を殺してしまう。
実祢も、本来奔放でわがままで明るい娘だが、虎之助は深刻な性格より陽キャの方が似合うなあ。本当に陽キャなのだろう。コクーン『天日坊』(2021年シアターコクーン)での北条時貞、『水戸黄門』(2023年10月歌舞伎座)でのお蝶実は九紋竜の長次という二役、5月の歌舞伎町大歌舞伎『福叶神恋噺』の大工辰五郎。どれも、ちょっと抜けているけれど明るい役のときにいい。出てきたときにぱあっと舞台に明るさをもたらす。一方で、『天守物語』の図書之助のようなお役だと「健闘していた」となる。もちろん健闘していたのは立派だけれど。まだ若いし、これからもっとグングン伸びそう。
笑三郎
かわいそうな美冬、序幕しか出てこないけれど、悲劇的な最期を遂げるおかあさんとして強烈な印象を残した。発端のショッキングな場面をしっかりとした演技力で支えた。