「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

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「第10回 作者と劇評家のコトバで読み解く歌舞伎のセカイ」『三人吉三廓初買』開催レポート

Ginza楽学倶楽部主催「第10回 作者と劇評家のコトバで読み解く歌舞伎のセカイ」が、6月23日(日)新宿区・神楽坂の赤城神社内ホールにて行われました。

私もちょっくらお手伝い。

赤城神社神楽坂駅からすぐでアクセス良好です

木ノ下裕一さんと田中綾乃さんに加え、歌舞伎補綴脚本演出家の今井豊茂さんが今回はスペシャルゲストとして参加されました。

木ノ下裕一さん(左)今井豊茂さん(中)田中綾乃さん

今回のテーマは『三人吉三』。『三人吉三』は木ノ下歌舞伎で9月より上演が予定されていることもあり、期待に胸を膨らませて多くの方が集まりました。

お話上手な3人とあって、内容の濃い2時間半。脱線あり、深掘りあり、歌舞伎愛あり、ここだけの内緒話ありでいつも以上に大盛り上がりとなりました。

 

補綴(ほてつ)談義に花が咲く

みなさんは補綴という言葉を知っていますか?木ノ下歌舞伎のHPで稲垣貴俊さんが説明されているので引用しますと、

演目にまつわるあらゆるテキストや資料を参照し、ベースとなる台本(底本)を決め、上演にふさわしいテーマや解釈のもと、今回のための台本を編集・執筆する作業のこと

ということになります。ちょちょいと直すのかなと考えがちですが、とんでもないこと。ある意味一から作るよりも難しいともいえる作業ですね。

木ノ下さんと今井さんは共に補綴作家という共通項があります。話はどうしても「補綴」に行きがち。
「黙阿弥のような大作家のものに手を入れることに対する抵抗感ってないですか」
「そりゃもうありますよ~」

「わかります?」「わかりますわかります」と意気投合するお二人♪

 

いきなり最初からヒートアップなお二人とうまくかじ取りをする田中さん。まさに三人一座です。

 

木ノ下さんは、まず全て上演すれば10時間かかるという『三人吉三』の原作を5時間に縮めなければいけない苦労を語ります。


「最初はここもあそこもカットできると思うものの、もっと読み込むと1字もカットできなくなってしまう。そのあとは黙阿弥先生に現代に来てもらって東京見物をしてもらい、今の東京を知ってもらい、今の東京に黙阿弥先生がいたらどういう風に書くだろうと対話しつつ削っていくんです」という木ノ下さんの話には、皆さんはもちろん今井さんもビックリ。

今回参加者に配られた「お土産」のひとつは、2020年にコロナ禍で木ノ下歌舞伎の『三人吉三』の上演が中止となってしまったときに書いた「河竹黙阿弥×木ノ下裕一(架空)対談」をプリントアウトしたものでした。(もうひとつは、木ノ下さんの描いた『三人吉三』の人物相関図です。)

今でもHPで読めますので、みなさんもぜひ読んでみてください。黙阿弥と日々会話していたという木ノ下さんの、涙なくしては読めない(!)絶妙の妄想対談ですよ♪(事実、木ノ下さんは泣きながら書いたそうです!)

kinoshita-kabuki.org

今井さんからは、作品の中での上演時間との戦い、大人の事情とどう折り合っていくか、また生きている作家の作品に手を入れる辛さなども語られました。

今回のお土産が入れられたのは、当講座特製オリジナルファイル♪

三人吉三』とは

補綴の話で5時間でも行けそうな勢いでしたが(笑)、本日の本題は『三人吉三』でした。田中さんが上手に話を戻します。

三人吉三は、1860年安政7年)1月に初演されました。最初は7幕13場という長い芝居で『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』という外題で上演されましたが、あまりヒットはしなかったそう。その後文里と一重の物語部分を削り、三人吉三の話に的をしぼった『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』を上演したところ、大変ヒットし、今なお多くの人に愛されています。

 

木ノ下歌舞伎では、通常カットされている文里と一重の物語についても加えています。3回目の再演ですが2020年にはコロナで中止になったため、実際の補綴作業は4回目。その都度時代の世相も変わるので、中身も変えていくということで、苦労がしのばれます。

様々な『三人吉三』の見比べ

本講座では、『三人吉三』の中でも人気の「大川端の場」他の様々な映像を見比べて、演出の差を確認しました。

 ・本歌舞伎~大川端の場(2000年歌舞伎座

12世團十郎の和尚、7代目菊五郎のお嬢、2世中村吉右衛門のお坊という今では決してかなわぬ夢の組み合わせの映像。やはり、三人三様のなんとも言えない存在感がスクリーンからあふれ出るようです。

 ・コクーン歌舞伎~大川端の場(2007年)

 勘三郎(当時勘九郎)、福助芝翫(当時橋之助)、お登勢七之助
本水が張ってあり、舞台が回るという串田さんならではの演出でした。今の大歌舞伎ではカットされている部分も上演されています。

 ・木ノ下歌舞伎~大川端の場 (2014年)

衣裳も現代風。セリフも現代語と歌舞伎口調のちゃんぽんという舞台です。

 ・前進座~火の見櫓の場

火の見櫓の場面では両花道にしたり、立ち回りや大道具が歌舞伎とは大きく違うなど工夫をされていました。

 ・少年社中 (2023年)『三人どころじゃない吉三』

三人吉三』をベースにして、すべて通しで上演するという大胆な試みで評判となりました。

 

木ノ下歌舞伎の特徴とは

木ノ下歌舞伎は、一度俳優たちが歌舞伎の映像を見てすべて完コピーをします。衣裳は現代風ですし、セリフは歌舞伎調だったり現代語だったり混在します。こう書くと観たことがない人は、「どういうこと?」と思いますよね。歌舞伎口調と現代語はどのように区分けしているのでしょうか。

 

作品によって、どこが歌舞伎調になるか現代語になるかは演出の意図で変わるようですが、例えば大川端の場を例に出せば、グッと力が入って威嚇をするようなときは歌舞伎のコトバ、普通の時は現代語といった分け方をしているそうです。

私が初めて観た木ノ下歌舞伎の『義経千本桜~渡海屋』でも、ここぞ!というときには歌舞伎口調になるので、それがとても心地よかったことを思い出しました。

木ノ下歌舞伎の『三人吉三廓初買』

木ノ下歌舞伎の『三人吉三』の大きな特徴は、原作にある「文里一重」の物語が入っているというのは前述しましたが、そのことで全体の時間軸も変わって見えてくるということです。また、三人の吉三郎が暗い世界であるのに対して、少しあかるいポジティブな文里と一重の世界が対照的に描かれます。もう一つ、歌舞伎では上演されない部分が「地獄」の場です。これも楽しみですね。今大河ドラマで話題の紫式部が出てきますよ。

歌舞伎がひと色になる危険とは

さて、今後歌舞伎はどのようになっていくのでしょうか。今井さんが「歌舞伎の未来」に危惧をしているのは、だんだんと歌舞伎が画一化されていること。昔は江戸の團十郎の荒事と上方の坂田藤十郎の和事、さらに俳優による演じ方にいろいろなバリエーションがありました。今も「和事」「荒事」の違いはありますが、昔を知り、後輩に教えられる俳優が次第に減っていくにつれ、次第に画一化されています。教えてくれる人がどんどん減ってしまえば、選択肢が広がらない。つまらなくなってしまう。

 

「そういう意味ではもう狭い世界にいるだけではなく、どんどん外と交流する必要があるのではないか」と今井さん。

今回、木ノ下歌舞伎、前進座など、大歌舞伎とは違った演出の映像を観ながら、私たち観客もいつもとは違うワクワクを感じましたね。

 

今の演出では出ないテンポ感と、黙阿弥の世界の人間の心の動き方が現代人のそれと近いということを見せる作品だったコクーン歌舞伎

捕り手たちの迫力で3人達がどんどん追い詰められている感じがよく出ていた前進座

何と全編を、はしょりつつではあってもなんとか2時間半にまとめた少年社中

「それぞれ作り手がリアリティは何かを考えた結果、アウトプットされたものが違うということですね。奇を衒って古典を現代演出する必要はなくて、どういうリアリティで現代で読み直すことができるのかを考えながら作らないといけないんだなと、改めて思いました」と木ノ下さんがコメントをすれば、今井さんも大きくうなずきます。

「歌舞伎って400年の間にずっと同じことをやってきたのではなく、その時代その時代のものを取り入れてきました。ですから、我々も与えられた条件の中で新しいものを作ったり、古典の再創造をしていくことは必要。木ノ下さんと我々スタッフがもっと交流していく必要があるんじゃないかなというふうに、僕は思っているんですよ」

これはうれしい予感です。会場からも大きな拍手がわきます。

 

確かに、明治時代に、新歌舞伎、活歴物、江戸に再び目を移した世話物、書き換え狂言、能狂言から題材をとった松羽目物など、様々なバリエーションの歌舞伎が黙阿弥によって作られたことで歌舞伎が今残っていると言っても過言ではありません。「完成された芸術」と呼ばれる能に比べて「未完成の芸術」と呼ばれる歌舞伎、まだまだ進化する可能性は無限にありそうです。

令和のタッグで!歌舞伎の未来が見えた

次第に古典の再創造の難しさについても話題が及びました。どうやって原作を知らない俳優に復活の意味を説得し、なおかつ新しい台本に納得してもらうかという問題について、二人の補綴作家は語り合います。
「まずは舞台装置まで模型で作って」
「台本も作っちゃいましょう」
「あんまり思い入れの強い作品はやめておきましょう」
「共同制作だと気が楽ですし」
「ひとりだといろいろ言われると辛いけれど、ふたりなら慰め合えるし」
「責められたらお互いのせいにして」
と、二人はさながら息の合った漫才コンビのような様相を呈し、場内は爆笑に次ぐ爆笑。

「二人なら心強いし!」と盛り上がるお二人♪

「多分、竹田出雲、並木千柳、三好松洛もそうだったのでは」という今井さんに
「いいですね!」と田中さん。
「信頼関係のある上で、合作制、分業制ができればすごくハッピーですよね」と木ノ下さんも応じます。

「江戸時代の三大名作をつくりあげた合作制・分業制が、もしかしたら令和に復活するかもしれないですね」という田中さんに会場からは大きな拍手がわいていました。

 

今井さんは最後に「本当に、何か作りましょう!」とラブコールを木ノ下さんに送るとともに「今の歌舞伎は昔と違うと感じられる方もいるかもしれませんが、引き続きご愛顧のほど、よろしくお願いします」と、参加された皆さんに挨拶して楽しい講座も終了となりました。

 

今井さんは8月の歌舞伎座では第3部の新作「狐花」(京極夏彦脚本)の演出・補綴をされるそうです。こちらも楽しみですね。

8月歌舞伎座納涼歌舞伎の3部「狐花」

木ノ下さんからは9月の『三人吉三』について、東京だけではなく松本、三重、兵庫とツアーをされるとの告知がありました。また5月に歌舞伎町で上演された『福叶神恋噺』は今井さんの補綴・演出でしたがこちらはまつもと市民芸術館で7月12日~15日まで上演されるそうです。5月に見逃した方はぜひ。関連イベントもあります。

9月より上演される木ノ下歌舞伎の『三人吉三廓初買』

 

拍手が鳴りやまないほど、来場された方も大満足の大変充実した会となりました。このレポートでは『三人吉三』を中心に書きましたがこれでもほんの一部、他にもたくさん興味深い話がありました。すべてお話できずに本当に残念ですが、次回はぜひ実際に直接会場にいらして、この講座の面白さを味わってくださいね。

 

お疲れさまでした~♪ 打ち上げっ!

<開催概要>

■第10回 作者と劇評家のコトバで読み解く歌舞伎のセカイ『三人吉三

■日時:2024年6月23日(日)14:00~16:00

■会場:赤城神社参集殿あかぎホール 新宿区赤城元町1-10

■主催:Ginza楽学俱楽部