4月10日に、「邦楽 明日への扉」という会に行ってきました。
場所は、紀尾井小ホール。こぢんまりしてよいホールです。
すでに7回目という今回は、歌舞伎において欠かすことのできない長唄と三味線について、杵屋長寿郎さんと柏要二郎さんが、菊五郎劇団音楽部の方たちとともに解説、演奏をしてくださいました。
黒御簾音楽~舞台の情景や状況、心理描写を伝える
歌舞伎は、演奏家が舞台に出ているとき(出囃子)もありますが、大半は黒御簾といって舞台下手の黒御簾と呼ばれる中で演奏をしている(下座音楽)ので、観客からは見えません。どんな楽器でどんな風に演じているのかわからないのですが、それを今回は、舞台に出て演奏してくれました。三味線の紹介や長唄の魅力についても詳しく解説してくれました。
黒御簾音楽はその場の情景や状況、演者の心情まであらわします。楽器は大太鼓やどら、鉦、笛、木魚(!)など多彩です。
特に驚いたのは大太鼓の出す音の多彩なこと。大太鼓といえば雷や雪の音を出すことは知識としては知っていましたが、鳴らす道具によってずいぶんと幅広い音が出ることに驚かされます。
山おろし(山の中で吹く風)、風音(町の中で吹く風)雷、雨音、雪、水音(川がある)、波音(海がある)などの演奏をしてくれました。
またどの楽器も重要なのですが、とくに大太鼓は役者の心理描写まで丁寧に表現しなければならないので、役者さんにとってもとても大事で「大太鼓はこの人でないと」とご指名もあるそうです。
幕開けの音楽では、舞台の雰囲気を出します。世話物と時代物では、同じ楽器を使っているのにずいぶん雰囲気が違います。
もちろん舞台を見れば、そこが御殿なのか川のそばなのかわかりますが、音や音楽でイメージを補強し、舞台の立体感を出すという大切な役目が黒御簾音楽にあるのですね。知らず知らずのうちに私たちは黒御簾音楽に大いに助けられているのでした。
「そうそう、『文七元結』で文七が自殺しようとフラフラ出てくるときはこんな音楽!」
「『妹背山婦女庭訓』でお三輪ちゃんがたどりついた御殿の場は、こんな音楽!」と音楽を耳にして、目の前に舞台が広がるようでした。BGMが生で聞ける歌舞伎って、本当におもしろくて素敵ですね。
立ち回りの時の音楽も、1対大勢なのか大勢対大勢なのかでも違うなど、思ったよりもずっと細かく、しかし確かにこれらの音楽で私たちはいつも舞台のイメージが補強されていることを再確認しました。
大薩摩~迫力のある演奏で情景を描写する
大薩摩は「だんまり」や「荒事」の前に浅葱幕の前などで立ったまま演奏されると聞けば、ああ、『連獅子』の前にも演奏されるあれですねとわかる人も多いでしょう。情景描写から始まり、勇壮な演奏で三味線の超絶テクニックも見せるのでドッと拍手がわくところです。大薩摩というのは、もともと江戸古浄瑠璃の流派の一つでしたが、次第に長唄に吸収されました。
今回の舞台は狭くて幕を閉めると演奏する場所がないということで、一番前の観客の目の前で演奏することに!一番前の方は、迫力のある演奏を実感できたのではないでしょうか。
『蜘蛛拍子舞』実演
最後は『蜘蛛拍子舞』の演奏で締めくくられました。
要二郎さんは解説がとても丁寧でうまいのです。そして長寿郎さんはちょっとおとぼけで合いの手を挟み、笑いを誘います。あっという間の楽しい2時間でした。
長寿郎さんは、パンフレットの挨拶の中で
「芝居の呼吸や登場人物の心情をいかに唄によって表現できるか、修業の毎日です」という文を寄せており、熱い思いに触れることもできました。
音楽の時間に邦楽をやってほしいよなあ、日本人として当たり前の教養として身につけたいものです。それには大人になってからの特別な人が特別に学ぶものではなく、小さな時から環境の中で自然に学んでいくもの。そうしなければ文化にはならず、滅んでしまうのになあと思わずにはいられません。
楽しい夜でした。
写真を全然撮っていなくて、会場近くの上智大学横の土手に咲く桜を。散りかけですが。