「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

第5回 作者と劇評家のコトバで読み解く歌舞伎のセカイ 「黙阿弥」レポ

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第5回となった「Ginza楽学倶楽部特別講座 作者と劇評家のコトバで読み解く歌舞伎のセカイ」。今回は場所も変え、銀座キャピタルホテルで10月16日(日)に開催となりました。

銀座キャピタルホテル

 

 

開催前、ホワイトボードに関連の年表をひとり書き込む木ノ下さん。ホワイトボードへの書き込みなのに、とてもとても丁寧に書かれていらっしゃるのが印象的でした。

 

集まった人たちは初めての人、常連さん合わせて55人。今回でまた講座のファンが増えたことでしょう。

ワクワクしながら皆さんがいらっしゃるのを待ちます

黙阿弥の生きた時代とは

略年譜を参考にしつつ、黙阿弥の半生をまずはたどります。

黙阿弥って、写真を観ると苦虫をかみつぶしたような顔をしていますね。まじめなおじいさんではありますが、ほっこりしたエピソードの紹介からお話は始まり、本題に入っていきました。

 

黙阿弥というと、江戸情緒たっぷりのというイメージがありますが、実際に生きていた時代は幕末から明治にかけて。江戸時代だけではありません。では明治時代には懐古趣味の江戸の物語ばかり書いていたのかと言えばそれも違うと木ノ下さん。

木ノ下裕一さん

名優4代目市川小團次のために書いた江戸時代の作品。そして慶応2年には小團次が亡くなり明治維新となり、明治時代には大きく作品は変わります。

そこで、今回木ノ下さんが紹介してくれたのは、幕末に作られた作品と明治8年に作られた作品の二つです。どんなことが見えてくるでしょう。

三人吉三廓初買

まずは、幕末に作られた作品の代表として、多くの方がご存じの「三人吉三廓初買」。大川端で、お登勢は100両をお嬢吉三に奪われて川に落とされます。このときお登勢は19歳でした。

「人魂より怖いものは人でござんす」というお登勢のセリフは、最近ではカットされることも多いのですが、いったいお登勢は19歳でどれだけ苦難な人生を送っているのかを、映像も交えながら探ります。

歴史を紐解けば、幕末で世情は不安定。その上、当時の江戸は天変地異や疫病が流行り、これでもかこれでもかと江戸の人たちを傷めつけられていたことがわかります。そんな時代背景を知ったうえで改めて、夜鷹をしていたお登勢のセリフを映像を通してみると違う感慨がありました。

また、お登勢を突き落としたお嬢吉三も同じような熾烈な経験をしています。お嬢はそれでもふっと朧月夜の江戸の美しさに気づき、「世の中捨てたものじゃあないな」と放つのが有名な「月も朧に~」のセリフです。

他の登場人物の江戸時代ならではのリアリティ、時代背景など詳しく木ノ下さんにレクチャーしてもらい、三人吉三がよりくっきりと際立って見えてきました。

 

田中さんも、「なるほど。登場人物たちの設定自体が非常に時代を象徴しているものだと言う事なんですよね。お芝居と言うのは時代を反映する鏡みたいなものですね」と相槌をうちます。

田中綾乃さん

ちなみに、木ノ下歌舞伎の「三人吉三」では黙阿弥の初演以来演じていられなかった地獄の場面を入れているそうです。

お坊吉三の夢の中という設定で地獄でどんちゃん騒ぎをしているシーンですが、それがあることで現世でツライ思いをしている人々が「地獄って楽しそうかも」と思えたのではないかと木ノ下さん。

 

自分たちの近しい人が疫病や地震で亡くなり、行っているかもしれない地獄。でもあんな風に楽しく自分の親が兄弟や知り合いが生きているならいいかもなと思えたかもしれない。黙阿弥なりのある種の優しさが描かれているのではないかとの木ノ下さんのお話でした。それがわかる木ノ下さんこそ優しいのだ!と私は思いました。

木ノ下歌舞伎版三人吉三の再演も待たれます!

また、南北と黙阿弥とのセカイの違いの話も興味深く聞きました。

明治年間東日記

さて注目の2本目は、明治時代になってからの作品で「明治年間東日記」です。初演は明治8年

この作品の面白いのは、明治元年から明治8年までの出来事を一幕1年という構成で8幕の芝居にまとめていること。つまり2幕は明治2年にあった箱館戦争。3幕は明治3年にあった関所廃止令。明治4年は身分解放令。明治5年は娼妓解放令。といったように毎年近代化を目指して国が進んでいった様子が芝居に盛り込まれています。

観客にとってみれば、とても共感を感じる手法ですね。

明治初年に寛永寺彰義隊の戦いで敵と味方に分かれていた人々が、8幕では彰義隊記念碑建立という場面で一堂に会し、めでたしめでたしとなります。

 

これを見ると、黙阿弥が当時の「現代」をどう見ていたのかがよくわかると木ノ下さん。明治という時代は、もちろんすべてが手放しで良いこと尽くしではなく、いびつな部分もあったでしょう。それでも黙阿弥はあえてその時代を生きる人の「希望」をすくいとっている。最終的には、明日も頑張って生きていこうというエールを観客に与えようと作られた作品だったのではないでしょうか。残念ながらあまり評判は芳しくなかったようですが。

 

※「明治年間東日記」は「明治期戦争劇集成」という日置貴之さんの編集された本の中に収められており、すべてネットで見られますので、ご興味のある方はどうぞ「明治期戦争劇集成」で検索してみてください。

皆さん一言も聞き逃すまいと熱心に聞いています

田中さんが「明治8年というと、黙阿弥は60歳でこの作品を書いているのですね。常に時代に敏感な作者だったということがわかりますね」と指摘すると、木ノ下さんは「そうなんです。黙阿弥は全く世の中が変わっていく中で、江戸を懐古する作品と新しい作品と両方作っていった。江戸懐古に終わらず、新しい時代にくらいついていったところが黙阿弥の大作家たる所以ではないでしょうか」と答えます。

黙阿弥とはどういう作家かと聞かれれば「常に同時代にエールを送った作家」なのではないだろうかと語る木ノ下さんは、翻って、現代の新作に目を向けます。

現代の歌舞伎新作について

今歌舞伎は、新作がどんどんと作られている状況で、新しい技術を使ったり様々なメディアとミックスしたりといった挑戦がされています。「が、果たして今という時代をどう見ているか、現代の人にどういうエールになっているのか見えてくるものが少ないのでは」と木ノ下さんが疑問を投げかけました。

田中さんは、「戦後の歌舞伎は客の入りが少ないと『注目を浴びる』ということに特化してしまっているのでは。もちろんそれも大事ですが、それだけでは先細り。新作の在り方を変えていかないと」と力をこめます。

 

そして、木ノ下さんは戦後の優れた新作の例として、9.11の直前に報復の是非を問うた「野田版研辰の討たれ」、世論の危うさや大衆の暴力を描いた「野田版鼠小僧」、女性の描き方で先駆的であった三代目猿之助の「ヤマトタケル」(梅原猛作)を挙げました。

いずれの作品も古典を扱ったとしても現代の問題にも通じるものを持っていたからこそ、共感を得られ、名作となったのですね。

 

これから作られる新作も、こういった「現代の価値観をどう歌舞伎に取り込んでいくか、あるいは時代を先取りするか」といった視点で作られることが望まれるのではないかといった問題提起で、講義は終了しました。

 

今回もとても意義のあるマニアックな話で、会場を出る皆さんの表情は「面白かった!」ととても満足そうでした。

 

今回の参考図書

 

さて次回は

 

次回の日程が決まりました!

2023年3月19日(日)

場所は再び国立劇場のレクチャールームです!

 

田中綾乃さんの劇評のターンです。これまでは、ある作品をピックアップしてそれに対する劇評についての講義でしたが、次回は演劇・歌舞伎批評家の「戸板康二」にスポットを当てます。

 

木ノ下さんによれば、戸板康二氏は、歌舞伎の見方の土台を作った人であり、歌舞伎の紹介者でもあったので、この講座にぴったりなのではないかとのこと。

 

さてどんな講義が展開しますでしょうか。申込について詳細が決まりましたらまたご案内いたします。

ほっと一息!お疲れさまでした~♪

おまけの嬉しいお知らせ

木ノ下さんの主宰する木ノ下歌舞伎の次回公演が発表されました!

桜姫東文章」です!

こちらの情報については、また続報をお伝えしますね!

■日程:2月2日~2月12日

■場所:あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)