「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

松浦の太鼓 あらすじと見どころ おもしろいよ

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松浦の太鼓のあらすじ・見どころをご紹介します。

わかりやすいので予習もいらないかと思いますが、其角、お縫い、大高源吾の関係だけは押さえておいた方がいいかと思います。お時間がなければ、登場人物だけ読んでおいてくださいませ。

 

登場人物

松浦候 吉良上野介の隣の館に住む。浅野内匠頭切腹後、四十七士たちに心を寄せ討ち入りを今か今かと期待している。

宝井其角 松浦候の俳諧の師。大高源吾も以前の弟子。その縁で大高源吾の妹を松浦候の屋敷の奉公に推薦してあげた。

大高源吾 元赤穂浪士。其角から俳句の指導を受けていたが、浅野家断絶となり、今は落ちぶれている。俳名は子葉。

近習たち 松浦候の俳句の付き合いをさせられる人々。おだてたり、すかしたりしつつ日々松浦候のご機嫌を伺う。通称「ゴマ近」

お縫い 大高源吾の妹。其角の推薦で松浦候に奉公をしている。

 

あらすじと見どころ

 <両国橋の場>

両国橋のたもとで、宝井其角と大高源吾が出会います。今や、浪人となってしまった大高源吾は、そそくさと立ち去ろうとしますが、其角は呼び止めてしばし話をします。

源吾は、煤笹売りの浪人となってずいぶんみすぼらしい。でも実はこれ、吉良家の近辺をうろついて情報収集に努めているのです。だから身をやつしているし、あんまり知り合いにも会いたくないのですね。

源吾は、其角に推薦してもらって妹のお縫いを松浦候の屋敷へ奉公させてもらっているので、そのお礼をいいます。

其角は、あんまり源吾がみすぼらしいので、士官をすすめますが、いやいや町人の方がましと言って、その場を繕います。其角は、その姿に心を痛め、松浦候から拝領した紋服を譲るのでした。

別れ難い気持ちから其角は、上の句を詠んで、下の句をつなげるように言います。
「年の瀬や水の流れと人の身は」 という其角に
「明日待たるるその宝船かな」と源吾は返します。

?どういう意味かな?と其角が考え込みます。

  見どころ

ここでは、源吾がうら寂しい浪人になっていること、源吾の妹お縫いが松浦候のお世話になっていること、歌の意味など注目しましょう。

 <松浦邸の場>

松浦候が、其角を招いて家臣たちと句会を催しています。
おおらかな殿様ですが、家臣たちは機嫌をそこなわないよう、おだてたりすかしたり。とにもかくにも今日も無事にご機嫌麗しく過ごしてくれればよいみたいな、のどかな感じです。

そこに腰元お縫いが来ると、松浦候は急に不機嫌になります。
実は、松浦候は赤穂浪士に同情しており、早く仇討ちをすればいいのにと今や遅しと待ち望んでいるのです。

何をグズグズしているのだろうとイライラ。
大石内蔵助は京都で遊び歩いているらしいし、大高源吾だって情けないことにちっとも敵討ちをする気がないらしいじゃないか、大高憎しが高じてお縫いまで憎く感じられてしまっているのです。

暇を出すと言われて、すごすごと去ろうとするお縫いですが、其角が昨日源吾と会って句を詠んだ話をすると、俄に気が変わります。

「明日待たるるその宝船」という宝船という意味は「仇を取ったという吉報」ではないのか!

俄に元気になる松浦候。現金なんです。

そこにドンドンドンと太鼓の音が響き渡ります。太鼓の打ち方で山鹿流の陣太鼓だと気づき、吉良邸に討ち入りをしたことがわかった松浦候、大いに喜び、助太刀すると立ち上がるのでした。

  見どころ

松浦候がイライラしたり、家臣がオタオタしたりなだめたりするのがかわいいのです。

 <松浦邸玄関先の場>

何やら大騒ぎ。松浦候が馬に乗り、吉良邸へ向かおうとしています。危ないからと止める家臣たちが大慌て。

そこへ子葉というものが来たとの知らせ。子葉は、源吾の俳名です。

「すぐに通せ!」
昨日とは打って変って、立派ななりの大高源吾。見事本懐を遂げたことを報告し、

「山を裂く 刀も折れて 松の雪」という辞世の句を残します。

大いに心を打たれた松浦候は、お縫いは、ずっと面倒を見るから安心しろと告げるのでした。

 

  見どころ


玄関先で、馬に乗って助太刀に行こうとする松浦候もかわいいのですが、しょぼくれていた大高源吾が立派に報告に来るので、松浦候ならずとも我々観客も「あっぱれあっぱれ」という気持ちになります。

 

「松浦の太鼓」は、「忠臣蔵」のスピンオフですが、悲壮感などはなし。気のいい松浦候がイライラしている様子は、いわば贔屓のサッカーチームがなかなか勝てなくてイライラしている親父、いや、もう少しお品のいい社長?のようなモノ。(と言ったら怒られるかな)
セリフもわかりやすく、楽しめるのではないでしょうか。

2世吉右衛門の松浦候はかわいらしさ、品の良さで絶品でありました。

実際の大高源吾

大高源吾は実在の人物で、大石内蔵助の信任も厚く宝井其角との親交もありました。茶道にも堪能で、吉良家の茶会を通じて吉良上野介のいる日程を確かめることに成功したといいます。

討ち入りのあと、松平家へお預け、その後切腹。享年31歳だったそうです。
その時の辞世の句は、「梅を呑み 茶屋もあるへし死出乃山」

「山を裂く刀も折れて松の雪」という句は討ち入り直前に母親相手に書いた書簡に書かれており、討ち入りの際には袖につけてあったそうです。

 

参考:赤穂市忠臣蔵の部屋へようこそ

 

大高源吾の碑は、両国橋のたもとに今でもあります。

あ!「いもづらで猪首」だったとのことなので、イケメンではなかったようです(^。^)

こちらの記事にも書いていますので、よかったら読んでくださいね!(ちょっと古いので、ツアーそのものは墨田区観光協会に確認してください。2022年10月に確認したところリンク切れでした)

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