「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

いがみの権太は、いつもどったか

義経千本桜の「すし屋」の場。とてもおもしろいですね。

 

もどりとは

悪党、敵役と思われた人が「実は」善人、あるいは味方だったということが明らかになるのが、歌舞伎の中ではよくあります。「もどり」と言います。

義経千本桜でとんでもない悪党と思われた権太が、実は愛する自分の女房と息子を犠牲にしてまで、親が守ろうとしていた維盛一家を助けようとしていたとわかります。わかったときには死んでしまうという悲劇です。

それには前段からのストーリーが必要ですが、前段のストーリーについては別稿で述べますので、ここでは簡単に。

【椎の木】

権太は、椎の木の場で、若葉の内侍と六代君に会っています。若葉の内侍の従者小金吾の荷物を取り違えて持っていき、あとで自分の金がなくなったと言い立てて小金吾から20両の金を脅し取ったという事件がありました。そのあと、「すし屋」となります。

すし屋のあらすじとみどころはこちら

munakatayoko.hatenablog.com

 

一体、権太はいつ悪党から親孝行な息子へと「もどった」のでしょうか。

 

すし屋の段では、権太が出てくるのは3回。
1回目が、母をゆすりに来るときです。まんまと3貫目を手に入れたところで弥左衛門が帰ってきたので、金を鮓桶に隠し、自分も奥に引っ込みます。

あとで権太は述懐しますが、このときに権太は弥助の正体を確かめに来たのです。
「きょうもあなたの二十両、かたり取ったる荷物の内、うやうやしき高位の絵姿、弥助が…あなたの顔に生き写し、」

たまたま手に入れた絵姿は、高位の方のようだったが、弥助にそっくりなのを不審に思い、家に確かめに来たのです。

家の外で、弥助と懐の絵を見比べているようなそぶりをしていますが、じっと見るだけという型もあります。絵姿ではなく、維盛手配の人相書きという解釈もあります。

金を母からくすねますが、父、弥左衛門が帰ってきたのが見え、金は桶に隠して、自分も奥に入ります。


弥左衛門と弥助のやり取り、若葉の内侍とのやり取りを聞いて飛び出してくるのが2回目の出。
「聞いた聞いた。お触れのあった内侍六代、維盛弥助、ふんじばって金にするのだ。」

止めるお里を跳ね飛ばしていきかけ、先ほど隠しておいた鮓桶を抱えて、すっ飛んで行くのです。


「合点行かぬと母者人に、金の無心をおとりに入りこみ、様子を聞けば維盛卿、御身に迫る難儀の段々。さここで性根を入れ替えずば、おっかさん、いつ親父様のご機嫌の、直る時節もあろうかと、打ってかえたる悪事の裏。」
どういうことか確かめに来たところ、弥助が維盛卿であることがわかった。そこで、権太は性根を入れ替えて、維盛を救おうと決めたというのです。今性根を入れかえなければ、もう親父様と心を通わすこともできないと。

 

では、どこで性根を入れ替えたのでしょう。

不審を感じる

絵姿を見て、「弥助に似ている」と不審を感じたときから、もどりは始まっているというのは原道生氏。

「改心のドラマの発端に、当人にとってさえもほとんど自覚し得ないほどの微妙な初期の変心の一過程」場面化されぬドラマー権太の「もどり」ー「歌舞伎 研究と批評」創刊号 原道生

弥助の正体を、維盛と確信しつつ、母から金をくすね、妹に悪態をつき、まだまだ完全に戻っているわけではありません。

 

2回目の出のときには性根は入れ替わっていたか

弥左衛門と弥助のやり取りや、内侍とのやり取りを聞いて「聞いた聞いた。」と飛び出してきたときには、権太はもう完全に性根を入れ替えていたと考えられます。

3貫目をくすねたものの、奥で聞いていたら維盛卿の苦境を知った。そこでその時にこの金は維盛夫婦の路用にしようと決心したというのは自然ですね。


「ふんじばって金にするのだ!」というセリフもすべて芝居で、止めに入る妹を蹴飛ばして走っていき、おっとっと。鮓桶を忘れて取りに戻って、また抱えていく。

今まで悪事ばかり働いていた権太はこのとき、ものすごくうれしいかも。やっといいことができるのだ、親父にも喜んでもらえるかもという気持ちです。

しかし、この説ですと喜び勇んで飛び出した権太はどこに行くの?という疑問がわきます。

2回目の出のときには、まだ入れ替わっていないともいえる?

一方「聞いた聞いた」と飛び出したときには、まだ半分は悪党だとも考えられるかも。性根は生まれついての悪党ですから、思考はすぐ「これは金になる」という方向に行く。金になると思って妹を蹴散らかしていくのに、鮓桶を忘れて戻るところも、いかにも短絡的に行き当たりばったりな権太っぽい感じがします。

そして、鮓桶をかついで家に戻り「それ、まずはこの金、金!」と思って鮓桶を開けてみたらなんと、そこに入っていたのは、首でした。

 

そのとき、権太はびっくりし、そして初めてしみじみと考えたのではないでしょうか。
「ああ、いったい俺は今まで、何をやっていたのだろう」と。そして父の計略を知り、実直な父のやることには抜けがあるなあと感じます。「前髪がついたままの首で、景時をごまかせるわけなかろう」と。

権太は、首の前髪を剃り、維盛らしく見えるようにして首を差し出します。

しかし、この説ですと、つじつまが合わないのは、権太が
「維盛さまご夫婦の路用にせんと盗んだ金、重いを証拠に取り違え、持って帰って鮓桶を、開けてみたれば、中にゃあ首」
というセリフ。

どちらにせよ矛盾はあるが、私は何となくこちらの方が行き当たりばったりな権太っぽいような気がします。

みなさんはどう思われましたか?

そして、最後の出が、偽の若葉の内侍と六代を縄にして、首桶を抱えて梶原景時の前に出てくる3回目です。悲しいのは、権太が迫真の演技をすればするほど、弥左衛門も騙されてしまい、結局子殺しをさせてしまうことになるという点です。

いがみの権太は、江戸型と上方型がありますが、そのお話は別稿で。これまたずいぶん違う権太像となります。

違いが面白いのが、歌舞伎ですね。