義経千本桜という長いお話は、主人公が3人
二段目が鳥居前・渡海屋・大物浦の場で、主人公は平知盛です。
三段目の主人公は、いがみの権太。
三段目は、全体が世話物仕立てなのでわかりやすいです。
お話は、椎の木の場・小金吾討死の場・すし屋で構成されていますが、今回はすし屋のみご紹介します。椎の木、小金吾討死の場は、こちら!こちらも知っておくとすし屋がずっと深まりますので、ぜひ読んでくださいね。
四段目は、道行初音旅・河連法眼館の場です。詳しくはこちら。
すしや
登場人物(前段に絡めて)
弥左衛門 すし屋を営む。平重盛に恩があり、その息子維盛を弥助としてかくまっている。
おくら 弥左衛門の女房。息子の権太に甘々な母。息子のいうことはなんでも信じ、だまされる。
お里 弥左衛門・おくらの娘。弥助にぞっこん。
弥助実は平維盛 弥助として、お里と祝言を執り行う予定だが実は妻子あり。
いがみの権太 弥左衛門・おくらの息子。 札付きのならず者で父弥左衛門には勘当されている。今日も今日とてお金をせびりに母のところにやってきた。
妻と子供にはやさしい。それは前段椎の木の場・小金吾討死を見るとわかる。
若葉内侍 弥助実は平維盛の妻。
六代君 平維盛の息子
小せん 権太の女房
権太倅善太郎 権太の息子
梶原平三景時 平維盛がまだ生きて、弥左衛門のもとにかくまわれていると突き止め、弥左衛門に捕縛を命じた。詮議に来る。
あらすじ
■祝言前のウキウキ浮き立つすし屋に、いがみの権太登場の巻
にぎやかな釣瓶すし屋。大好きな弥助と祝言を行うのでお里はうっきうき。弥助が戻ってくるとさっそくイチャイチャ。弥助は(実は平維盛なのでどうしても)品がよく、すし屋の若旦那には見えない。ウキウキお里は、「今日からは夫婦なんだから、『お里様』なんて呼び方ではなく、『お里、ああせいこうせい』と言ってくださいね」などと、言い方を指南。
ほのぼのムードのところにやってくるのが、勘当息子のいがみの権太だ。
懐から何やら紙を出して、弥助の顔と見比べているよう。
家に帰ってきたのは金をせびりに来たのだった。なんだかんだと嘘をついておくらをだまし、簡単に金をせしめる。とっとと逃げようとしたところ、親父が帰ってきたので、慌てて鮓桶に金を隠して、奥へ逃げる。
※すし屋といっても江戸前寿司と違って、吉野川のアユで作った熟鮓(発酵させた鮓)。
●見どころ
お里と弥助のイチャイチャと、権太のウソとはったりのヤンキーっぷりが楽しい。難なく騙される母が悲しい。とはいえ、浮き立つイチャイチャと権太のウソ芝居のおかしさがこの場面の眼目。楽しいだけに、後半の悲劇は一層際立つ。
■弥左衛門帰る。持ってきたものとは?の巻
帰宅した弥左衛門。沈痛な面持ちで、何やら後生大事に持っている。
弥左衛門は、梶原景時から維盛をかくまっていることを追及され、維盛一家を捕縛するように命じられた帰り道で、死骸を見つけた。それは若狭内侍の従者小金吾が討たれたもの。弥左衛門は、その首を取り、維盛のかわりに差し出そうと持ち帰ったのだった。(小金吾討死の場)
とりあえず、首を鮓桶に隠し、維盛には危機が迫ってきたので上市村へ落ちのびるように説得する。
●見どころ
寿司桶に、二つ目の隠しもの。これは要注意。
もうひとつの見どころは、弥左衛門と弥助の関係が、ふっと弥左衛門と維盛に代わるところ。弥左衛門は、維盛をかくまうために婿殿弥助としているが、維盛となると身分の上下が全く逆になる。
「ああ、いや、まずまず」と何か大事な話をしそうな弥左衛門の気配を察すると、弥助はすーっと維盛となって、上座に座る。
〽たちまち変わる御装い、上座へ直し手をつかえ
となり、二人の関係が変わる。
■維盛妻登場。お里ショックの巻
そこへウキウキお里が来たので、再び弥左衛門と弥助に戻り、上市村へ行くように諭して、新婚の二人に気を遣って弥左衛門は、離れ座敷へ。
お里は、寝床へと誘うが、維盛はそんな気にはなれない。自分には妻子があるので、それはできないと悶々としていると、そこに偶然、若葉内侍と六代君が一夜の宿を借りに来る。
しかし再会の喜びもつかの間、お里の気配を感じると若葉内侍は「風の便りもよこさず、女を侍らせてひどいじゃないの」となじる。
維盛は、「今まで助けてくれた弥左衛門に何かお返しをと思っていたら、娘が自分に恋をした。つれなくしたら、何をしでかすかわからない。嫉妬のあまり大事なことを漏らすとも限らないので、かりそめの情事にもふけってしまった」と。
お里はわっと泣き出し、
維盛さまとはつゆ知らず、浅はかにも恋焦がれてしまいました。
そこへ、景時が来るとの知らせ。
平家の運命ももはやここまでと、腹を切ろうとする維盛。しかし若葉内侍に説得され、若葉内侍、六代君とともに上市村へと落ちていく。
●見どころ
あんなにウキウキしていたお里ちゃんの哀れ。天国から地獄へ急転直下。
■権太、桶をもってどこへ行くのだ!の巻
ところが一部始終を聞いていたのが権太。実は権太は、最初から弥助が怪しいと踏んでいた。最初に人相書きを見て、チェックをしていたのもその表れ。
維盛をふんじばって差し出せば、たんまり褒美をもらえると、鮓桶をかかえて走り出していった。
●見どころ
権太さん、その鮓桶は…?間違えてやしませんか?
■梶原登場。権太もどって、どうするつもりだ!の巻
梶原景時が詮議に現れ、弥左衛門に迫る。首の入った首桶を渡そうとする弥左衛門、権太の隠したお金がばれると、必死でとめるおくら。ふたりがもめているところへ、権太が登場。
なんと、
「内侍、六代、維盛弥助、いがみの権太が生け捕った~」と大音声。
「弥助は首にしました」と得意げに差し出す鮨桶。
あのバカ、なんてことを!と弥左衛門、おくら、お里の面々は青ざめる。
首実検の上、維盛と確定。内侍、六代もひっとらえ。
「でかした。かわりに親の命は助けてやろう」と景時。しかし、
「わっちゃー、やっぱりレコ、へへ、お金がよろしゅうございます」
と卑しく笑う権太。
権太は褒美に頼朝の羽織をもらう。
連れていかれる内侍、六代を見送る権太。「引き換えの褒美を忘れちゃ、いけやせんぜ。お頼みもうしますぜ。」といやらしさ全開の権太だが、ふと寂しそうな。
ついに、弥左衛門。許せぬバカ息子!と、後ろからグッと突き込む怨みの刃。
●見どころ
権太です。権太。ここまでは、権太、金に目がくらんだ非道な奴。甘々だった母すらなじるのだが。
音羽屋の型では、後ろからグッと弥左衛門に突かれますが、仁左衛門型は「おとっつぁん、(実は)」と弥左衛門の方を向いたところで前からグッサリと刺されます。どっちも、つらい。
■ああ。権太よ権太…の巻
権太は苦しい息の下から、真実を語る。
それによれば、権太が金と思って持ち出した鮓桶にはいっていたのは、首だった。そして親父の「贋首を維盛とごまかす」計略を知る。
しかし、前髪の首を維盛と偽るなんて、別人であることがバレバレじゃねえか。景時だって、弥助を下男に仕立てていることを知っていて来るというのに。
そこで権太は、弥左衛門に全面協力することを決意。偽首の前髪を落とし、維盛っぽく細工して景時に差し出したのだという。
じゃあ、なんで内侍と若君まで差し出したのだと悲痛な弥左衛門。
なんと、その二人と見えたのは、権太の女房おせんと善太だったという。
ええっと驚く弥左衛門。
若葉内侍と若君は、合図の笛で無事な姿で現れた。(この笛、権太の息子の笛です。椎の木を知っているとグッときます)
権太が、首はあっても内侍と若君のかわりがいないと思案しているときに、おせん自ら身替りを買って出てくれたという。
悔し涙の弥左衛門。せめて頼朝の陣羽織引き裂いてやらんと引き裂くと、なかから出てきたのは、袈裟衣と念誦。かつて池の禅尼に命を助けられた頼朝は、維盛に出家を進めて命を助けようとしていたのだ。
内侍は若君とともに、高尾の文覚上人のもとへ。維盛はお里に「親孝行をするように」と伝えて、髻を切って、出家するために高野山へ向かうのだった。
見どころ
・最後の最後、どんでん返しで涙の権太。最後は親孝行したかったんですねえ。悲しい結末。
・おせんと善太を自分の都合で身替りにするのではなく、おせんから申し出ていること。また前段の椎の木の場でも、おせんと善太とはとても仲睦まじい権太が描かれているので、権太にとってもツライ決断だったことはわかる。
権太は、さんざん悪さをしてきたので「ここで性根を入れ替えずば、おっかさん、いつ親父様のご機嫌の直る時節もあろうかと」と決意するわけだが、弥左衛門に「子殺し」という悲劇を与えることとなってしまう。しかも頼朝は最初から維盛を助けるつもりだったというから、これはもう無駄死なのだろうか。
いやきっと弥左衛門もおくらも、哀しくはあるが息子を誇りに思って生きていけるだろうから、無駄死にではなかったのだと思いたい。な。
ところで、権太はいつ、どの時点で悪党から善人にもどったのでしょう?
上方と江戸では、やり方が変わります。2023年7月の仁左衛門の権太を見てみましょう