染五郎が歌舞伎座で初の主役を演じると話題の「信康」。「鎌倉殿の13人」に勝るとも劣らないシンドイ展開なので、お覚悟あれ。
登場人物
家康 三河・遠江の領主。息子信康を信じ、愛しているが、武田、今川に囲まれ、信長ににらまれ、徳川の存続を第一に考えなければいけない立場。
信康 家康の嫡子・岡崎城主。明朗快活、強い信長にあこがれ、父の穏やかな性格を低く見ているが…。
築山御前 家康の妻 信康の母。出自は今川家。嫁である徳姫を疎ましく思う。
徳姫 信康の妻、信長の娘。姑である築山御前と相性が合わず、悪口を書いて信長に送ってしまう。
平岩親吉(ちかよし) 信康の傅役。
大久保忠世 二俣城主。
酒井忠次 一門の宿老
松平康忠 信康の家老
本多重次 三河奉行
奥平信昌 家康の娘婿・長篠城主
大久保忠佐 忠世の弟
鵜殿又九郎 信康の家臣。信康を守るために、自分の命を身替りにすることもいとわない。
あらすじ
一場 岡崎城本丸書院
信康をめぐる不穏な空気。
不穏その1
嫁姑の関係にある築山御前(姑)と信康の妻徳姫。徳姫は、信長の娘。
派手好みの信長の娘は、なにかにつけ当世風。今日も今日とて風流踊りを楽しんでいるが、築山御前は気に喰わない。やめさせるよう伝えてほしいと言い、なんとなく不穏な空気。
不穏その2
そこへ、信康の傅役(もりやく)親吉が、家康のところから戻ってきた。家康に呼ばれて聞かれたことは、築山殿と徳姫さまの仲のことばかりだったという。康忠、又九郎とともに、信康の身に何かあるのではと一抹の不安がぬぐえない。
そこへ鷹狩から帰ってきたのが信康。
信康はたいそう元気な若者。家来たちが、築山と徳姫の仲の悪さが信康にも影響を及ぼすことを心配して、少し二人の仲を取り持つことを提案するが、笑い飛ばして気にしない。
不穏その3
しかし家康の使いとして、本多作佐が現れ、信康はしばらく二の丸からの外出を禁じられてしまう。城主の替わりは作佐が預かるという。理由がわからず混乱する信康たちだが、これは家康の本意ではなく、信長の差し金だと作佐はいう。
天下の信長が、嫁姑の争いにいちいち口をはさむようなことをするだろうか。家康が気をまわしすぎているのではないだろうか。
築山は、信康に「信長は血まみれの鬼じゃ。気をつけなされ」と警告する。
不穏その4
徳姫に問い詰めると、信長に文を出し、築山が信康と徳姫のことを仲たがいさせようとしていること、信康に側妻を押し付けたことなどを報告したという。築山は怒って席を立つ。
信康は、信長の情け容赦のない強さをあこがれている。あのようでなければ天下は取れない、そこを見習いたい。それに引き換え父親は穏やかすぎる、頭の低さが気に入らないと考えている。
ところが、そこに家康が来て徳姫の手紙の詳細について語る。
「築山のところに出入りする医者は、実は武田の間者で、武田の味方をするよう築山をそそのかしている。築山は信康も味方に引き入れ、側妻を押し付けた。しかもそれは、武田に仕えた侍の娘だった」という内容だったという。
それだけのことを信長に詰め寄られれば、家康とてそのままにはしておけず、信康に追放を申し付けざるを得なかった。しかし、九八郎を信長の元に使わして、釈明をさせているところだ。
家康は、徳姫の手紙になったようなことは信長の言いがかりで信康に罪はないことを知っている。しかし信長は、信康の器量を恐れて、殺そうとしている。そして、家康が信長に逆らえないことをも十分知っている。
「不憫ながらこの岡崎を出よ。父を信じて時をまてい」と信康に言うしかない家康だ。
そこへ、信長のもとに釈明にやった九八郎が戻ってきた。なんと、釈明どころか門前払いのうえ、「信康の謀反明らか、直ちに始末せよ」との命令をうけたという。
家康は、無念の唇をかみしめる。
二場 二俣場外の丘
1か月後。
岡崎城を出た信康は海浜大浜、浜名湖畔の堀江城と追い立てられて、遠州二俣城の大久保忠世の元に預けられている。
この日、忠世、忠泰と信康と3人で外で簡素な宴をはっていた。そこへ、親吉と又九郎がやってくる。
武田の軍勢が迫る中、何もできず忸怩たる思いの信康。
鷹狩の好きだった勇ましい信康だったが、今はその気もない。鷹のように強くありたいと思って来たけれど、鷹に追われる小鳥の哀れさが身に染みると嘆く信康に親吉、忠世、忠佐は、涙する。
そして、忠実な家来たちは信康に逃げるように進言する。しかし信康は、もし自分が逃げれば、父家康にも徳川の家にも迷惑がかかる。もし、自分が逃げれば即座にそれを口実に、信長は三河へ攻め込んでくるだろうと語る。
しかし、逃げろというのは実は家康の本心でもあった。家康は築山御前を殺し、その死をもって信康を助けようとしているということを聞き、衝撃を受ける信康。
だから逃げて生きてほしいと懇願する家来たちだが、信康にはわかっていた。
信長は築山の首とともに、信康の首も要求しているだろうということ。
そして、又九郎がおのれの首を信康の身替りにしようとしているということも。
信康は、又九郎に自分の身替りとなる覚悟があるのなら、今すぐ家康のところに行き、親子の縁を切ると伝えてこい!というのだった。
父が、信康かわいさに徳川を危機に貶めるようなことがあってはいけないと信康は決意したのである。
三場 二俣城本丸広間
切腹を命じられた信康。そこへ家康が来た、その瞬間に信康は短刀を腹に突き立てる。
家康は、信康が親子の縁を切る決意をしたたくましさ、裏切り者の名を恐れぬ勇気、情けを知り情けを越える眞の大将の器になったこと、そして、家康に信康を殺す決心をさせたことを称えて、慟哭する。そして…。
見どころ
抗えない運命のもとで、成長していく信康
信康は、勇猛果敢でいくつも軍功をあげ、注目をされたことが原因で、信長に目をつけられてしまい、切腹をさせられてしまう。
実際は、勇猛果敢であったのか、気性が激しく乱暴者だったのか、家康と不仲だったという説もあるので、諸説があってどれが正しいのかはわからない。
ただ、田中喜三の書いたこの「信康」は、もともとは明朗快活で、強い信長にあこがれていたのが、次第に苦境に立って、悩みもがきながら、強い鷹よりも追われる小鳥に心を寄せるような青年として成長する姿が魅力的に描かれている。
優しさだけではない。徳川の家の存続の前には、自分の命など取るに足らないという心にまで至る、また父がなぜ、自分を岡崎から大浜へ。浜名湖の堀江へ追放したのか。それはすべて、逃げやすいルートだったからと気づく賢さ。又九郎が自分の身替りになろうとしていることに気づく聡明さ。
父の愛や家来たちの気持ちがすべて、抗えない運命に引きずられるようになってからわかるという哀しさ。
染五郎の演技に期待
NHK大河ドラマの「鎌倉殿の13人」で、木曽義仲の息子義高を演じて評判となった染五郎が歌舞伎座で初の主演となる。どうだろう。まだ17歳。どこまでがんばれるか。
「鎌倉殿の13人」での義経にちょっとイメージが被るような悲劇の貴公子信康。義高に次ぐ信康というしんどいお役ではあるけれど、体調を整えて頑張ってほしい。
ラストシーンの白鸚の芝居に、泣く。たぶん。
ラストシーンが迫力で、台本を読んでいても白鸚丈のほとばしるような声が聞こえてくるよう。(まだ舞台を見ていないのに、目に浮かぶ)
「信康、そちゃ、たばかったな!ようも親のわしにそちを殺す決心をさせおったな!」からのセリフの感動的なこと。泣かせること。
この家康は、吉右衛門亡き後、白鸚以外にできる人はいないのではないかと思う。
楽しみです…。(ハンカチを握りしめつつ)
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