5月の国立劇場文楽公演の1部は義経千本桜だった。今回は、鳥居前、吉野山、河面法眼館、と続いてあるので、話の筋が通ってわかりやすくなっていた。
1月の歌舞伎座での河面法眼館や2月の大物浦を観た人も、今テレビで「鎌倉殿の13人」を観ている人も、「はは~ん。なるほど!!そこがこうつながるのか」とか「あの義経がこの義経?」などと思った人が多かったのではあるまいか。
簡単あらすじ
伏見稲荷の段(鳥居前)()は歌舞伎などでの通称
道行初音旅(吉野山)
その後、義経は渡海屋に行き、大物浦の場で知盛の最後を見届けた後九州へ落ちのびようとするが、嵐に合い九州行きを断念。住吉浦に吹き上げられ、そこから吉野山へと逃避行。
それを知った静は、忠信を伴って追う。しかしその忠信は、鳥居前からずっと偽者で、実は狐なのだ。
詳しくはこちらに書いてあります
河面法眼館の段(四の切)
そして、静と忠信がようやく到着した河面法眼館で、本物の忠信と出くわしてしまい、偽忠信は正体を現す。正体は狐であったというお話。静と義経は、狐の情にほだされて、初音の鼓を与え、狐は大喜びで帰っていく。
詳しくはこちらに書いてあります。
なんとなく、お話つながりましたか。
咲太夫休演、代演織太夫
今回の1部は、豊竹咲太夫文化功労者顕彰記念・文学座命名百五十年 という記念の演目で、咲太夫肝入りだったのだが、残念ながら体調不良のため休演。弟子である竹本織大夫が代演だったのだが、それがまた立派にお勤めになり、素晴らしい公演となった。
すでにパンフレットは咲太夫ありきでできており、
「『四の切はこれが最後』という想いで勤めます」というタイトルとともに記念インタビューがどんと載っているので、咲太夫の語りを聞けなかったのは残念ではある。
ではあるが、演目を選んだのも咲太夫さんだし、いくつもあるという口伝を継承しているのも織太夫さんだし、立派にこなしたのも織大夫さんであれば咲太夫さんもうれしかったであろうし、この公演はとにかくよかったということになるのではないかと。
ごちゃごちゃ言っているが、とにかくよかったのである。咲太夫さんの一日も早いご回復をお祈りしたい。今回の公演の好評を聞いて喜んだり「まだまだ若いもんには負けんぞ!」と奮起して、すっかり元気に!!なるといいですね。
アクロバティック文楽
狐忠信は、歌舞伎でも人気演目で、とりわけ今年の1月に猿之助が演じた四の切(河面法眼館)は圧巻だった。でもそれに勝るとも劣らなかったのが、今回の文楽。(4月には大阪で演じてこちらも大変な評判だった。2か月にわたる公演、お疲れさまでした!)。
今回、人形は狐・忠信が桐竹勘十郎。
文楽でのキツネは、本朝廿四孝にも出てくるけれど、歌舞伎よりアクロバティックだ。そりゃいくら猿之助でも、飛んだり跳ねたり早替わりは人形のキツネにかなわないのだ。本朝廿四孝の勘十郎狐もすごかった。
「違う人形なんだから、そりゃ早替わりも早いでしょうよ」というなかれ。人形遣いも衣裳を早替わりするのだぞ。
〽初音の鼓~
と出てくるキツネ。しゃーっと走ったり、しっぽをハグハグしたり後ろ足でポリポリかくのもかわいい。
〽遅ればせなる忠信が旅姿
で、さっと人の忠信に変身(人形遣いも!)
人外の動きは、人形だからずっと怪しげ。裾がパタパタしていて妙な動きだ。
〽野道畦道ゆらり~ゆらり~
華やかな桜の中、静と忠信の踊りがなんとも言えず愛らしい。
扇は船の帆になったり、忠信の兄忠継の胸板を貫く矢になったりする重要な小道具。
〽住吉浦に吹き上げられ
のところでは、扇をくるりんぱと1回転させるし、忠継が討たれるところでは、静が後ろ向きでポーンと扇を放り投げ、忠信がキャッチする。見どころでもあるので、お見逃しなく。ちょっとドキドキ。
だってすごいですよね。人形があの結構な距離を扇を飛ばしてキャッチするんですから。もちろん人間の手がやっているわけだけれども。
※歌舞伎だと忠信がポーンと花道から投げる笠を藤太がキャッチするけれど、文楽では藤太は鳥居前でやっつけられて死んじゃうので、吉野山には出てこない。
そして、いよいよ河面法眼館へ。
河面法眼と妻が出ず、最初から義経が舞台中央に座しているところなどは歌舞伎と違うけれど、あとは大体歌舞伎と同じかな。でもバッと四方に衣裳がすっ飛んで、早替わりになるというようなある意味漫画チックな狐のアクロバティックが、ますます冴え渡る。
そして、歌舞伎と同様だけれど、親を思うキツネがかわいくて愛しくてたまらない。場内はもうただキツネの愛くるしさにただただ涙。
華やかで、多幸感いっぱいのラスト
そしてラストシーンは、義経に初音の鼓を与えられて、うれしくてうれしくて飛び跳ねて喜ぶキツネの愛らしさよ。そして勘十郎とともに、宙乗りへ。(よく宙づりという人がいますが、宙乗りですよ、宙乗り)歌舞伎と違って、舞台上での宙乗りで、座席の上を飛ぶわけではない。
舞台は真っピンク。桜に染めあがる。吉野山の上空へグングンと昇っていくキツネ。どんどん館は視界の下の方へ。そして真っピンクに染めあがった吉野山の上空を飛んで行って、場内はただただ「ああ、源九郎狐よ。よかったね、よかったね。」という想いのみで満たされる。
幕が閉じていくとともに、飛ぶキツネが大切に持つ鼓からもはらはらと花吹雪が出て、桜の花びらに包まれて幕。
何たる多幸感。
ああ、これだこれだ。今欲しかったのはこの「ああ、よかったね、よかったね」というハッピーな気持ち。
いやなニュースばかりが続く中、気分も落ち込みがちなこの頃だけれど、なんだなんだ?このふわ~っと沸き上がるような幸せな気持ちは。しかも場内いっぱいだぞ。
舞台で、最高の見せ場のときに客席からおこるざわめきを「じわ」って言うけれど、この義経千本桜が終わって幕が閉まった後は「じわ」というより、「ふわわ~」「うわわ~」がおこり、「よかったね!」という満足感で場内が満たされた。みんなマスクの下で「ふわ~!」って言っていた(と思う)。場内拍手大喝采。止まらない。
わけもなくジーンとしてしまった。
さて、この「義経千本桜」大阪で上演されたときのものが今週日曜(5/29)にNHK「古典芸能への招待」でさっそく登場するとのこと。
舞台で見た方も、見損なった方もぜひぜひご覧ください。
しあわせ気分になれること請け合いですよ~。
※今回、義経の人形を操っていた玉助さんへ取材した記事はこちらです!古いけど💦