1999年に新橋演舞場で初演されたスーパー歌舞伎「新・三国志」が今回再演。前回のものを見ていないのだが、ダイジェストのような形で、一部をみる機会があった。京劇の俳優がのっけから出てきて派手派手なアクションを繰り広げ、本水は、生半可な本水ではなく、戦争シーンも多い。そして上演時間は4時間越えかな?
今回は2時間に短縮、本水もなく、さらに戦闘シーンは少ないとのことで、どんな感じなのかと思っていたが、今の時代にふさわしい「新・新・三国志」となっていた。まさに歌舞伎は変化し進化していく芸能。一方で、変わらない部分はお話の芯。主人公たちは「人の飢えぬ国、殺されぬ国」を夢見て、信じて、誇り高く戦い、死んでいく。
前回との違い
上演時間の短縮
4時間を半分にするのだから、前半はカット。今までのお話として語り部が登場。それは中車演じる「羅 昆中」。原作の「三国演義」の作者が羅貫中(らかんちゅう)であることから、「ら・こんちゅうでございます」と昆虫好きの中車が自己紹介すると、どっと客席がウケる。
羅 昆中が講談よろしく語って、最初の部分はパッパと早送り。劉備、関羽、張飛が桃園で義兄弟の誓いを結ぶところからいよいよ本編。以降も、たぶん前回と比べてスピーディーに、テンポよく進んでいるのだろうと思う。
残っていた衣裳と音源
美しい数々の衣裳は、当時のものが残っていたという。それがなければ、昨今の状況から考えて上演は難しかっただろう。
また音楽は、悲しいことに作曲した加藤和彦氏が「もう僕の音楽は必要とされていない」という遺書を残して、音源をすべて破棄して自殺してしまったそう。そこで、オリジナルの音源は残っていなかったけれど、何とか残っていた音源があり、それを使って今回のものに猿之助が当てはめたそう。
加藤和彦と言えば私の世代は「あの素晴らしい愛をもう一度」「帰ってきたヨッパライ」など、小学生から中学生にかけて常に口ずさんでいたお兄さん的存在。(今、何十年ぶりかで歌ってみたら、どっちも歌えた) 自殺してしまった加藤さん、今、あなたの音楽が必要となって、多くの人が聞いていますよ。天国で見ているでしょうか?
今の時代に合った三国志
三国志といえば、戦国時代の血で血を洗う国取り物語だから戦闘は避けられない。しかし、今ロシアのウクライナ侵攻で、庶民が傷つき、故郷を追われている現実が毎日テレビやネットを通じて飛び込んでくる状況。あまりに生々しくて「血で血を洗う国取り物語」なんて見たくはない。
だから、戦闘シーンを減らしたということではないけれど(だって、侵攻は初日が始まる数日前ですものね。)結果的にはこの「人の飢えぬ国・殺されぬ国を目指す、難しくても、夢見る力を信じる」という劉備の強いメッセージ、それを支える関羽の愛が、とてもよかったと思う。かなりロマンチック…。
登場人物と演者
変わらず美しき人、劉備(笑也)
美しい人劉備。劉備は、実は女性だったというのは、スーパー歌舞伎での演出だけれども、当時は結構賛否両論だったらしいが、現代では全く違和感がない。
劉備を女性にしたことが、男だけで完結する世界ではない広がりを持たせたのだろう。そして劉備を演じるのは、前回同様笑也。その美しいことね。(語彙不足)
曹操(浅野和之)で思い起こす人
曹操は、魏の国の大将、強大な敵として関羽達の前に立ちはだかるが、病に倒れて余命1年であると告げられる。
「生きているうちになんとしても天下統一を!」と焦って出撃するところが、なんだかロシアのプーチンを連想させてやけにリアルだった。もしかしてプーチンも…?
曹操は武人としては優れているかもしれないが、戦争で勝つことをゴールとしている人で、戦争後にいかに国を豊かに、人々を幸せにするかを考えている劉備とは決定的に違う。やはりプー…?
青き虎となれ。諸葛孔明(青虎)
この公演で、市川弘太郎は青虎を襲名した。とりたてて全員が口上を述べたりすることはなかったが、猿之助がセリフの中で「今こそ、青き虎となり~」と奮起を促すセリフがあり、場内拍手喝采。諸葛孔明という大役、思慮深く、気概のあるお役が、すんなり違和感なし。大きなお役をもらって、役者としてますます大きくなるのだろうな。おめでとうございます。
考える人孫権(福之助)
呉の孫権は、前回は歌六が演じたお役だ。孫権は、隣国同士の思惑が絡んで、敵なのか味方なのか、同盟を結んだと思えば裏切りもありと関羽たちにとって、一筋縄ではいかない容易ならざる相手だ。常にいかにすべきか悩み、顎に手を当て、じっと考えこむ。
歌舞伎座という広い舞台でたった一人でもその空間に負けないことが要求されると思う。福之助は2021年12月の忠臣蔵~花競忠臣顔見勢で、うっすら雪の積もる笠をかぶってじっと考える赤垣源蔵を演じたときも、舞台に負けず、存在感があるなあと感じた。まだ若干24歳。どんどん成長していて頼もしい。
魅力的な、自立した人香渓(右近)
政略結婚なんて当たり前の時代で「かーさんもそうだったのだから(我慢して嫁に行け)」、と門之助かあさんに言われてもおいそれと従えないというのが香渓。好きでもない男と結婚できるかと堂々と花婿候補の劉備に言い放つ。しかし、実は劉備が女性で、理想実現のために男装をしていると知り、その志に打たれ、心酔し、仲間となる。
意思が強く、素直で、柔軟で美しい魅力的な女性だ。慟哭の門之助かあさんに抱かれて死んでいく。その死に顔まで美しかった。
継承する人関平(團子)
初演で、関羽を演じたのは3代目猿翁。関羽の養子関平を演じたのは当時の亀治郎(現 猿之助)で、戦い敵を組み伏せ、切り倒し、激闘を切り抜けて花道で「父上!どうか劉備さまをお守りくださりませ!」と叫ぶ。続けて、育ててくれた劉備が女性であったことを知っており、父上は劉備を守ってほしい。と続け、「この国は我らが守りまする!」と力強く言い放つ。澤瀉屋の継承を誓った熱いセリフだ。
その23年後、当時3代目が演じた関羽を亀治郎改め4代目猿之助が演じ、3代目猿之助の孫である團子が関平を演じる。演出は変わって舞台正面でのセリフとなるが、團子の「この国は我らが守りまする!」というセリフに澤瀉屋の継承を感じ取ったファンは多いだろう。
飛ぶ人関羽(猿之助)
前回の宙乗りは、死んだ劉備を抱いて関羽が飛ぶ。様々な宙乗りの中でも美しさで際立つと言われているそうだ。(歌舞伎座ギャラリーのミニシアター「宙乗りができるまで」でもみられるが、今はまだ閉館中)
今回は、抱っこ宙乗りはなし。それでも十分美しい宙乗りだった。前回の猿之助の宙乗りは、狐忠信。鼓をもらってうれしくてうれしくてキャッホ~イという宙乗りだったけれど、今回は落ち着いた宙乗り。美しい宙乗り。猿之助は丁寧に右、左、上、下の景色(観客)を見ながら、ひとりひとりの顔を確認するかのように丁寧に丁寧ににこやかに上って行った。幸せそうだった。
ブオ―っと出まくるのは桜ならぬ桃吹雪。鳥屋からだけではなく、西側席からもスタッフが「そりゃー!」と気合十分にブオ―!たぶん1階席まで十分に届いたことだろう。
芝居の隅々まで気を配り、歌舞伎の将来を見据えて、人を信じて、託して、自ら先頭に立つ猿之助は関羽そのもの。多難の道は険しいけれど、突き進むその姿は感動を呼ぶ。
ここに書ききれない人はたくさんだけれど、皆さん熱演が光る。
千穐楽の幕が下りるまで、どうぞ皆様ご安全に。
そして一人でも多くの人が見に行けますように。