これは、なんだろう。どんなふうな芝居かしら。見たことないけれど。上演が発表されてから、仲の良い音羽屋ファンの人も首をかしげていた「鼠小僧次郎吉」でしたが、滅法面白い演目となっていました。
- 29年ぶりの上演。音羽屋ゆかりの演目。
- 社会の底辺をうごめく庶民を描き、人々に寄り添う黙阿弥。
- 庚申の日に生まれたという運命を背負って。
- 正義感の強い稲葉幸蔵
- 河竹黙阿弥の七五調が心地よい
- 菊之助が美しい
- 丑之助がいい
- ラストもいい
29年ぶりの上演。音羽屋ゆかりの演目。
実は、音羽屋ゆかりの演目で、作者は河竹黙阿弥。音羽屋の5代目、6代目、そして当代の7代目菊五郎も主役を演じてきましたが、一番最近上演されたのは平成5年といいますから29年ぶりの上演となります。平成5年に演じたのは当代菊五郎です。
蓋を開けてみれば、面白い!の一言。時代劇ファンにはぜひ観てほしい。
また、現在NHKの朝ドラでやっている「カムカムエブリバディ」で、顔よし立ち回りよし、しぐさよしのカッコいい俳優ももけんこと桃山剣之介を見て「誰だろう?このカッコいい人は…?」と思っている人もぜひ見てください笑。尾上菊之助です。
鼠小僧次郎吉って、江戸時代に実際にいた盗人で、金持ちから盗んだ金を貧乏人に配った義賊として知られています。だから、パーッと盗んで、パーッと屋根から小判をばらまいて、あらよっと去っていき、みんな大喜びというお話かと思いきや、さすが黙阿弥先生。本作品は、一味違っていました。
詳しいあらすじは書きません。わかりやすいし、ネタバレすると残念なので。そして劇場で「全然予習なし!」という状態で見て大丈夫です(*^。^*)。歌舞伎ってあらかじめ筋を知ってから見ることが多いですけれど、全然わからないまま見るのも次はどうなるのだろうと、ハラハラドキドキしてとても新鮮ですね。
いくつかポイントだけ。
社会の底辺をうごめく庶民を描き、人々に寄り添う黙阿弥。
そうです。いつだって黙阿弥さんはそうなんです。だからこのお芝居も三人吉三を彷彿とさせるようなシーンもあります。夏祭浪花鑑を思い起こさせるような場面もあります。(夏祭は黙阿弥ではありませんが)
庚申の日に生まれたという運命を背負って。
60日に1日巡ってくる「庚申の日」。江戸時代の言い伝えでこの日に生まれた子は、盗癖を持つといいます。けれどもいったんその子を捨てると厄が落とされるということで、庚申の日に生まれた稲葉幸蔵は一度捨てられます。拾ったのが残念ながら盗人の強欲婆お熊でした。
正義感の強い稲葉幸蔵
稲葉幸蔵は正義感の強い男でした。世の中の不平等故に生きづらい人たちを見かけると黙っていられない。そしてその正義感を発揮するのですがそのやり方は盗みでした。
困っている人を見逃せない幸蔵。100両と大事の刀を奪われて心中するしかないと決意する若き二人を見れば「ちょっと待て」。100両を盗んできて、渡してやる。
とても感謝されますが、それは果たして正しいことなのでしょうか。
正義感のもと、良かれと思って行動する幸蔵ですが、どうも歯車があわなくなってくる。そのあたりの悩める幸蔵(次郎吉)演じる菊之助が、とてもはまっているのです。ニンです。
菊之助って、天性の明るさとかポジティブなキャラとは少し違い、物事を真面目にとらえ、常に真剣に考え抜く人ですから、今回の幸蔵役がピッタリのような気がしました。
河竹黙阿弥の七五調が心地よい
次郎吉の悩みも苦しみも喜びもすべては、七五調のリズムの中にあります。聞いていてとても心地よいです。
菊之助が美しい
これは文句なく美しい。鼠小僧次郎吉になっているときは全身黒ずくめ。柱にもたれかかり中の様子をうかがう。すばしこく天井裏に忍び込む。塀を乗り越え、道に出る。そしてやっぱり最後は立ち回り。
どれも素晴らしく美しい。そしてりりしい。立ち回りでは雪の中スーイっと滑っていったり、「御用だ」と言われて「御用だ!」と言い返したりするおちゃめなところも。
また普段の姿は、占い師稲葉幸蔵。慈悲深く、悩める占い師稲葉幸蔵も魅力たっぷりです。
丑之助がいい
菊之助長男丑之助。コロナ禍で学級閉鎖になり、あまりお稽古にも参加できなかったそうですがとてもよかったです。家でパパととことん練習したのかなあ。
蜆売りの三吉というとても重要な役です。花道で登場するところでは、雪道を、ミシ、ミシっと雪を踏みしめるようにゆっくり歩いてきます。観客の視線を一身に浴びても動じません。
この場面は、梅幸(菊之助のおじいさま)が三吉を演じたときに、6代目に雪の中歩かされたというエピソードが残っています。雪の中を歩く冷たさを知るために庭にはだしで出されたということです。でもちゃんとできた後で、6代目はギューッと抱きしめてくれたというとてもすてきなエピソードです。
こちらの方の記事にあります。
https://ameblo.jp/holly-kabuki/entry-12714642045.html
こちらのブログでは、本物の鼠小僧が、役者三津五郎(おそらく3代目)の家から70両盗んだというエピソードも載っていて面白かったです。
今回、10代目三津五郎の息子巳之助が、100両鼠小僧から渡されるというお役をやっているのですが、まさかのご先祖様が、実際に鼠小僧から盗まれていたとは…。なんだかおもしろいですね。
今回菊之助は、
「今回もちょうど先日雪が降ったので、(丑之助に雪の中はだしで歩かせようと思ったけれど風邪でも引いたら大変なのでやめました」とのことです(*^。^*)
ラストもいい
なんだかんだで、結構書いちゃったけれど、ラストはネタバレしません。最後までかっこいいので、お楽しみに。たくさんの人にみていただきたいです。
渡辺保さんが劇評の中で、平成5年のときはつまらなかったが、今回は不思議と面白かったと書いていました。
平成5年よりも、今の社会情勢に合った芝居であること、出てくる人がみんなおかしな人というのはおもしろかったし、すごく腑におちました。
が平成5年の菊五郎はずぶずぶの人情噺だったけれど、菊之助の次郎吉がドライで、そのため矛盾を抱えたまま生きる人間像が浮かび上がったというのが、ちょっとまだ咀嚼できかねて「ドライ?ドライなの?」となってドライという言葉が脳内を走り回っているけれど、菊五郎よりやはり、菊之助の方が合っていたんだろうなあというのは感じます。たぶん、30年後の丑之助クンにも合うと思う。
こちら渡辺さんの劇評。
初日に観たので、9時17分くらいまでかかっていましたが、グングンとこなれて時間も短縮されている模様。劇団強し。私ももう一度観たい演目です。