なぬ。「日蓮」とな。歌舞伎なんてただでさえ難しそうなのに、宗教がらみでさらに堅苦しそう?
いえいえ、そんなに構えずとも大丈夫。セリフ中心でそれほどむずかしくないので、ご安心ください。さすがスーパー歌舞伎の生みの親、澤瀉屋の芝居だけあります。
上演時間も、中身の濃さに比べると短め。1時間ちょっとでした。
ただ、「ここだけ押さえておかないと、ちょっと一瞬混乱するかも」というところがありますので、そこをしっかりと。
▲長年歌舞伎座前の絵看板を描いていらした鳥居清光さんが亡くなられ、新作の「日蓮」だけは用意できず、横山大観の絵が飾られました。合掌
お話。
ほかの仏教の僧侶と対立する若き日の日蓮(蓮長)
時は鎌倉時代。日本史でやりましたね~。鎌倉新仏教と言われて様々な新興宗教が出てきました。
法然・親鸞は、南無阿弥陀仏を唱えることで、あらゆる人々が「極楽浄土で」救われると説きました。
さらに時代が進んで出てきたのが日蓮や一遍です。日蓮は法華経を釈迦の正しい教えとして選び、南無妙法蓮華経を唱えることで、「この世で」救われると説いたのです。ただ日蓮は、性格がきつく、気持ちが強すぎて、他の仏教に対して徹底的に批判をするため、他の仏教の僧侶たちとは対立しがちであったそうです。
幕開けでは、数人の修行僧が血相を変えているところを麒麟坊がなだめています。蓮長(日蓮の若き時の名)が、法華経だけが一番だということに対して、皆腹を立てているのです。麒麟坊がそれをなだめ、もう一人成弁という僧も、蓮長の主張に心が打たれているようです。
蓮長の心の中の2面性の葛藤
場面が変わって、堂の中。ここで、いきなり荒事な味わいの阿修羅天と、かわいらしい子ども善日丸が言い争っているので、ちょっと「?」となるのですが、これが実は蓮長の心の中の葛藤を表したもの。つまり、阿修羅天は、理想のためにはもっと強く前に進み、多少の犠牲もやむを得ずという蓮長の心。善日丸は、もともと蓮長の核である慈愛に満ちた心。
地元の師匠は、蓮長に対して天台宗の僧侶となって故郷に戻ることを願うし、心優しき両親の気持ちを思うと、蓮長の心は千々に乱れます。
法華経を信じれば、幸せになれるのか。おどろの血を吐くような叫び
そこへやってきたのが、おどろ。死人の始末が仕事であったおどろは、最下層の人間です。以前蓮長の教えを聞く機会がありました。法華経を信じれば、来世ではなく、この世で幸せになれるという蓮長の教えを信じたが、現実はそう甘くはありません。生活がよくなるどころか、男にかどわかされ子どもを宿し、働くこともできなくなってしまったのです。
生きていても何もいいことはないと、叫ぶおどろでしたが、日蓮はその赤子が蓮の花のように汚れなく美しいと言い、おどろに生きよと優しく諭すのでした。
日の本の幸せを願って
それまで今一つ自分の進むべき道を見極められずにいた成弁でしたが、蓮長の言葉を聞き、蓮長の弟子となり、共に法華経を広めることを誓います。孤独の道を歩む決意であった蓮長は喜んでその申し出を受け、日蓮と名前を変え、理想に向かって、阿修羅天のように強く、善日丸のように優しく弱者に手を差し伸べながら生きることを誓うのでした。
史実の日蓮上人は、女性や卑しい職につく人にも隔てなく手を差し伸べ、現世で幸せになることを繰り返し説いたそうです。
「男女、貧富、あらゆるところで(だったかな)差別のない世の中に」と誓う日蓮の最後の長セリフは言うまでもなく、今コロナ禍で苦しむ私たちへの応援歌。観客である私たちだけではなく、演劇界、飲食界、すべての苦しんでいる人への応援歌、猿之助自身の叫びです。
同じ状況下で、特定の国の人への差別的セリフで表現した人と比べ、なんという深さでしょう。歌舞伎ってなんでもありなので、作る人の品性が本当に如実に現れますね。
今回演じた役者さんたち
猿之助(蓮長)
もちろんすばらしいです。宙乗りもない、早替わりもない、大がかりな舞台装置もない。それでもこんなに圧倒できる。知識の豊富さ。セリフの強さ。優しさ。深さ。意思の強さ。
そのほか、みんなよかったのですが、特に印象的だった3人について。
猿弥(阿修羅天)
迫力がある、情熱を表しているぴったりのお役。ちなみに多くの役で「ぴったりのお役」と感じるのもその役者の腕ですよね。
ただ、ウケ狙いのセリフはいらないと思う。観客がそれを期待して、なんでもすぐ笑うようになってしまうから。
市川右近(善日丸)
なんてかわいくて、愛しい善日丸。声もよく通り、けなげな少年だった。
ああ。蓮長の本質は善日丸なのだ。言葉が攻撃的であって、排他的であってもその本質は愛。愛を知る鬼(鬼の上の点はなし)。それがあるから、芝居に深みが出たと思う。善日丸は大切なお役で、右近くん、あっぱれだったと思いました。
中村隼人(成弁)
隼人クン。すごくうまくなった!?若いってすばらしいなあ。三人吉三を仁左衛門に教わったあたりから、声の出し方がとてもよくなったような気がしますが、気のせいなのかどうなのか。猿之助と1対1のやりとりでも引けをとらなかったように感じました。「オグリ」の時よりずっと成長したのでは? ドラマでも活躍しているけれど、日々、キチンとやるべきことをこなしているんだろうなあ。
笑三郎(おどろ)!
すばらしかった。最下層の女。人からさげすまれ、自分自身にも夢も希望もなく、最後に頼った蓮長の辻説法にも絶望し、死のうにも死にきれずというおどろ。これまでの人生で、人に踏みつけられ、踏みつけられてきたのだろうことがわかる。意図せずできた子であったけれど、蓮長に「泥の中にすっと立つ蓮のように美しい」(だったかな)と言われて、涙を流す。素晴らしい熱演でした~。
横内健介さんのブログ
ところで、この芝居の構成・脚本・演出をしたのが横内健介さんで、こちらのブログが非常に示唆に富んでいて面白いのでぜひ読んでほしい。
数年前から「日蓮」の歌舞伎化の話はあって、結構大がかりな予定だったけれど、コロナのため1時間くらいの作品にせざるを得なかったことや、じゃあ延期にするかという話もあったが、今だからこそやりたいということで実現の運びになったことなど。
また猿之助のことなど。
個人的には、もともと仏教には非常に詳しい猿之助のことで、
こないだ、お坊さんたちのお題目を録音しがてら、
猿之助さんとマスコミ関係者の懇談会があったんだけど
そこで仏教関係の人がかなり専門的なことを聞いても、見事に専門的に答えてらしたからな。
挙句の果てに、仏教関係マスコミの記者が猿之助さんに
今この時、宗教家は何をすべきでしょう?と助言を求めた。まるでダライ・ラマに尋ねるみたいに。
そんなこと、知りませんよ!と猿之助さんは答えて、大笑いになってた
というところが、すごく面白かったけれど、他にも
歌舞伎座の短い稽古期間で、普通の演劇では考えられないような、全員浴衣でぼやーっと立っている稽古風景の話なんぞもとても面白かった。
https://www.tobiraza.co.jp/blog/entry-1009.html
千穐楽は28日。あとわずかな日数しかないけれど、3部はとてもおすすめなのでぜひお時間に余裕のある方、観に行ってくださいませ。「京人形」もおススメよん。
6月の上演スケジュール
初日2021年6月3日(木)~千穐楽 28日(月)
第一部 AM 11:00~
第二部 PM 2:10~
第三部 PM 6:00~
チケット金額、売り場
1等席15,000円
2等席11,000円
3階A席5,000円
3階B席3,000円
1階桟敷席16,000円
※開場は開演の40分前を予定
にて購入できます。
歌舞伎座アクセス
◯ 東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線 銀座駅[A7番出口]徒歩5分
◯ JR・東京メトロ 東京駅 タクシー10分