11月19日、豊洲文化センターで行われた「附けの會」(つけのかい)に行ってきた。
附けの會とは。
附け打ちの山崎さんといえば、歌舞伎ファンの中ではとっても有名。
附け打ちというのは、歌舞伎の舞台で上手に座っていて、場面に応じてバタバタと拍子木を板にたたきつける人といえばわかるだろうか。
バタバタと登場人物が走ってくるときの効果音や、感情の流れを表現したり、様々な舞台演出に使われる附け打ち。
その附け打ち専門の山崎さんの主宰する会ではあるけれど、附けの會は、附け打ちの練習や、附け打ちの話だけをする会でもなくて、
「歌舞伎の未来を学んでいく会」だそうだ。
歌舞伎伝統芸能の継承ワークショップや歌舞伎に携わる技術者による体験講座や専門技術ワークショップを行っている。
山崎さんって有名だけれど、よくよく考えてみれば山崎さんの声って聴いたことがなかった。どういうわけか、もっと野太い声で怖い人なのかと思っていたが、それはどこから来たイメージだったのだろう?はて。
バタバタバタバタの音、迫力のあるその仕事っぷりからくるイメージだったのだろうか。初めて聞いた山崎さんの声は、とても優しくて、静かないい声だった。
附けの會「女流義太夫浄瑠璃を学ぶ会」
今回の附けの會に参加しようと思ったのは、「女流義太夫に学ぶ」というテーマで、講師が女流義太夫竹本越孝さん、鶴澤寛也さんだったから。附けの會についてはよく知らずに参加したが、コンセプトにも共感ができるし、面白かったので、これから常連になる予感!
3月に寛也さんの取材をさせていただいた。
その後、ずっと女流義太夫を聞きたいと思っていたのだが、コロナですべて中止となってしまった。やっと9月だったか再開したのだが、聞きたかった人が多かったようで、あっという間にチケットは完売。その後もスケジュールに合わなかったりして、今回やっと寛也さんの三味線を聞く機会に恵まれ、申し込んだのだ。
山崎さんの自己紹介に始まり、まずは義太夫の歴史を簡単に。その後、女流義太夫竹本越孝さんによる女流義太夫の歴史。
寛也さんの取材をしたときに、女流義太夫について歴史を調べた。その中でも
「知られざる芸能史 娘義太夫」水野悠子著 はとても面白かった。
▲「知られざる芸能史 娘義太夫 スキャンダルと文化のあいだ」水野悠子著 中公新書
時の権力者によって「みだらである」などという理由をつけられて、女流義太夫も、初期の歌舞伎も弾圧されるのだが、
「金つぎ込んだ男に罪はなくて、芸を披露した女ばかりが責任を負うのか」とか「職を持つ女性への嫌悪感」に対する憤然とした怒りがところどころから噴出し、また冷静に史実を語る、また時々怒りが噴出するというところに、何というか著者に共感してしまい、一気に読んだ本だった。
隆盛をきわめ、弾圧され、再び立ち上がり、そして衰退し、それでも生き残る。その心意気やよし!
女流義太夫の魅力が褪せない限り、女流義太夫は滅びない。なんだろう、「みだら」なんて言われる筋合いは全くない、男の義太夫に全く遜色のない肝の太さ、声の迫力が、女流義太夫の魅力だ。
実演!「仮名手本忠臣蔵 殿中刃傷の段」
そして、実演は「仮名手本忠臣蔵 殿中刃傷の段」だ。憎々しい吉良殿と浅野内匠頭の殿中でのやり取りが、眼前に出現する。
三味線は、単なる伴奏にあらず。
休憩の後は、三味線のお話を寛也さんから。寛也さんによれば、義太夫三味線は、単なる歌の伴奏ではない。情景描写であり、太夫の語りを立体的にするお手伝いをしているのだという。たしかに、三味線に乗って語る太夫さん。そして聴く私たちは、三位一体となって情景を目の前に見ているのだと思う。
寛也さんは、三味線で、泣き方の演じ分けや、走って出てくる男女の違いなどを弾いてくださった。
そして、なんと、山崎さんお手製の、「なんちゃって撥」が、参加者全員に配られ、皆で太夫三味線気分を味わう!
寛也さんからは、おすすめ本の紹介もあった。
▲うちにもあるよ。ポプラ社刊「仮名手本忠臣蔵」橋本治 文 岡田嘉夫 絵
ぞくっとするような美しい絵と、読みやすい文章で引き込まれる本だ。ただ私は、この本に段の名称、いや段だけでもいい、入れてほしかったと思っている!
私はこの本しかもっていないけれど、これは橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻シリーズの第1巻であって、このほかに、義経千本桜、菅原伝授手習鑑、国姓爺合戦、妹背山婦女庭訓とそろっているとのことだった。ぜひ読んでみたい。
実演!「裏門の段」
実演は「殿中刃傷の段」に次ぐ、「裏門の段」。殿中の大騒ぎのさなか、お軽とイチャイチャしていたために、主君のそばにいられなかった勘平が裏門に駆け付けるが、すでに門は閉められ、中に入ることができなくなってしまうシーンだ。
以前、ICU大学で行われた越孝さんと寛也さんの公開授業に参加したことがある。とても面白かった。
そのときも裏門の段だったのだが、この時、たった一つのセリフさえもすごく大変だということがわかったことと、ちょっと深堀しただけで、その後義太夫を聞くのがとても楽しみになったという実体験があった。
「大音声」というのも、「だああああああいおおおおんんじょ~~~~~」ってね(笑)。
今回、コロナ禍のため、みんなで腹の底から声を出すということは、殿中刃傷の段で少ししかできなかったのが残念だったけれど、また目の前で裏門の段を聞けたことはとてもよかった。
そう、越孝さんの声、迫力、寛也さんとの息の合った演奏を目の前で見る・聞くというのはとても素晴らしいこと。
なかなか味わえないワークショップに心から満足した。
コロナ禍中にあって。
お隣に座っていた年配の女性と帰りのエレベーターでご一緒したが「やっぱり、生で聞くのはいいわねえ。久しぶりに聞けたのよ」ととてもうれしそうにおっしゃっていた。
配信やテレビで聞いたり見たりできる便利な世の中だ。それはそれでありがたい。でもやっぱり生にかなうものはない。
残念ながらここのところ、コロナ感染者はまた増加の一途をたどっている。なんとも歯がゆいが、できることをしながら生ものに触れていきたいと思っている。そして、演者の皆様においては、御身大切にして、日々前に向いて進んでいただきたいと、心より願う次第だ。
そして、会場での写真が全然とれておらず、へこんでいる。越孝さんと寛也さんにも撮らせていただいたのに。。。すみませんです!
女流義太夫の会、次回はこちら。
当然、行きますよ😀
義太夫協会のHPはこちら
附けの會はこちら
竹本越孝さん、鶴澤寛也さん、そして山崎徹さん、スタッフの皆さんありがとうございました。