2020年11月国立劇場の第2部でかかるこの演目は、わかりやすいですけれども、しっかり予習しておきましょう!今回は、杉坂墓所の場から上演されるので、いっそうわかりやすいですよ。
仇討ち話です。
剣の達人六助が、剣の師匠吉岡一味斎を殺した京極内匠を討つ話です。とはいえ、悲壮感あふれる話ではありません。
だまされて悲惨に殺される人も出るのですが、主人公の六助が、性善説のとても穏やかで優しい男であり、村人たちから慕われていてほのぼの。最初六助を仇と勘違いして斬りかかるお園が、誤解が解け、しかも六助が許嫁だとわかると、急にしおらしくなるところなど、悪者が出てくるけれども、ほわっとほほえましいシーンが多く楽しめます。
登場人物
六助 人が好く、やさしい剣の達人。
微塵弾正、実は京極内匠。 悪い奴!吉岡一味斎を殺しただけではなく、さらに…。
お園 一味斎の娘で、仇を探している。
弥三松(やそまつ) 六助が山賊に襲われていた老人から託されて預かっている子。
あらすじ
豊前国彦山杉坂墓所の場
六助、微塵弾正に、負け試合の約束をする
六助は、剣の達人。実は、以前殿様は六助を召し抱えようとしたのですが、六助は師匠の吉岡一味斎に「汝に勝つものが現れたら、そのものに仕えよ」と言われていたため、殿様の申し出を断りました。そのため、「六助に勝った者を、召し抱える」という殿様のお触れが出ています。
今は、亡くなった母親を弔うため、母の墓のそばに小屋に住み、四十九日まではと菩提を弔う毎日。仕事帰りの村の樵(きこり)たちも寄ってきてはお茶を飲み、語らっていきます。口々に六助の孝行ぶりをほめていき、ひとしきり話して帰っていきます。
そこへ来たのが一人の浪人、微塵弾正。
尾羽打ち枯れし、浪人風の微塵弾正は、年老いた母親を背負ってきました。介抱している姿にすっかり六助は感じ入り、声をかけます。浪人は、六助の名前を知ると、大仰に驚き、話し始めるのです。
母の余命が短いので、なんとか士官をしたい。そして、親孝行がしたい。そのために、剣術試合で自分に負けてほしい。そうすれば士官がかない、親孝行ができるのだが…と、土に頭を摺り寄せて、六助に頼み込むのです。
なんともずうずうしい願いですが、いかにもしおらしく頼む様子や、連れている老婆を見て六助の心が動き、剣術試合で負けることを約束します。人が好い六助です。
毛谷村六助住家の場
六助、剣術試合で負けてもニッコリ
さて、剣術試合の日。勝負は約束通り、微塵弾正が勝ちます。微塵弾正は、六助に感謝するどころか横柄な態度で、「みせしめ!」とばかりに、扇で六助の額を打ち付けます。それでも六助は「ああ、よかったよかった。これで彼も無事に士官もでき、親孝行ができることだなあ」と、にこにこと見送るのでした。
子どもの着物を目印に、次々と引き寄せられてくる人々。登場人物の素性がわかる
六助の家の門口には、子どもの着物をかけてあります。これは弥三松の着物です。弥三松は、墓参りの際に、遭遇した老人に託された子です。老人は山賊に襲われて息を引き取ったのでした。やむなく弥三松を家に連れてきたものの、弥三松がどこの誰ともわからないため、身寄りの者の目につくように、門口に弥三松の着物をかけておいたのです。
果たして、その着物を見てか知らずか、引き寄せられるように来る人たちがいました。
まず、老女、お幸です。そして、怪しい虚無僧。六助に虚無僧ではないと見破られ、斬りかかります。実は、六助の思った通り虚無僧ではなく、女性でした。
女性は、吉岡一味斎の娘お園、そしてお幸はお園の母親でした。弥三松は、お園の妹お菊の息子であることも判明します。
お園は、門口で弥三松の着物を見つけ、この家の家主が、殺された妹お菊の忘れ形見弥三松をさらったと勘違いして、斬りかかったのでした。
虚無僧が、花も恥じらう生娘に!
虚無僧に化け、いかにも強そうなお園でしたが、六助の名を聞くとなぜか急にしおらしくなります。それは、父一味斎から、弟子の中でも特に剣がたち、人柄も優れた六助をお園の許嫁と言われていたからです。
六助とわかると、
〽うっかり眺め、見とれいる
まだ女房もいないとわかると、
〽 コレイナア。お前の女房は私じゃぞえ。
と夕ご飯の支度を始める始末。
むっとした六助でしたが、子細をたずねると、実は一味斎の娘だと告白するのです。驚いた六助が、父上はお元気かと尋ねると、なんと剣術師範の京極内匠に殺されたとのこと。
奥から様子を聞いていたお幸が出てきて、一味斎の形見の刀を六助に渡し、お園と六助に祝言をあげさせるのでした。
六助、微塵弾正の正体を知る。
そこへ杣(きこり)の斧右衛門はじめその仲間たちがドヤドヤとやってきます。
口々に言うには、斧右衛門の母親が最近行方不明になったため、四方手を尽くして探していたところ、杉坂の土橋の下でひどい姿で殺されていたというのです。自分たちでは何ともできぬと六助に仇を取ってほしいと頼むのでした。
六助が死体を検分してみると、何ということでしょう。その老婆は、以前、微塵弾正が自分の母親だと言って連れてきた老婆ではありませんか。
微塵弾正は、耳の聞こえない老婆を自分の母親と偽り、親孝行の六助の同情をかい、晴れて士官を遂げると、用済みとばかりに老婆を殺したのでした。ひどい奴ですね。
怒る六助。庭石を踏み込む
初めて六助は、だまされたことに気づくのです。微塵弾正のことを孝行息子だと思い、勝負に負けることを約束し、額に傷をつけられてもにこにこしていた六助でした。しかし、それもこれも騙されたとわかれば、怒りも爆発。
「チエエ。思えば思えば腹たちや。卑怯未練の微塵弾正。おのれこのままおくべきか」
と、胸も張り裂く怒りの歯噛み。庭の青石三尺ばかり、思わず踏み込む金剛力。
ふぬぬ~~~と庭石を踏み込んで怒りをおさえきれない六助です。
六助、微塵弾正(実は京極内匠)を追っていく
お幸は、微塵弾正の年恰好、顔の特徴などを六助に聞き、京極内匠の人相書きと照らし合わせます。またお園は、妹が死んだときの臍緒書付がそばに落ちており、それによれば京極内匠は34歳とわかります。合わせて見ると、どうやら微塵弾正こそ、憎き仇の京極内匠!
六助は、師匠の敵討ちとともに、負け試合をしてやった恨みもボコボコにして返しますぞと気もはやります。
そして、お園からは紅梅、お幸からは椿の枝をはなむけとして贈られ、いざ小倉の領内へ、勇み進んで出でてゆくのでありました~。
見どころ
いい男。六助
剣術の達人ですが、クールな人間ではなく、おだやかで人の心のわかる優しい男です。親孝行だからこそ、親孝行の振りをして近づいてきた微塵弾正にコロっと騙されてしまいます。また、山賊に襲われた老人から預かった子どもを不憫に思い、手元に置くのも優しい気持ちがあってこそ。親がいなくて、ぐずって泣く子を優しくあやすところも情愛深い場面です。子どももなつくし、村人にも親しまれている。そんな六助を見ていると、心がさっと清くなる気持ちがします。
まっすぐな男。だからこそ、卑劣な京極内匠、微塵弾正は許せませんね!
2020年11月国立劇場では片岡仁左衛門が演じています。たまりませんね。本当にいい男なんですもの♪
かわいい女。お園
一味斎の娘で、父と妹の仇をとらなければならない。仇の顔を知らないので、張り詰めた気持ちで虚無僧に変身し、捜し歩いているのです。やっと妹の忘れ形見、弥三松の着物を干してあるのを見て、六助を仇と勘違いして切りつけるという勇ましい女子なのですが、それが一転、許嫁と言われていた六助だとわかったとたん、ほわっとかわいい女子になってしまいます。もうデレデレになってしまいます。父は亡くなり、仇を取ろうにも、弟も妹も亡くなり、心細い中必死に頑張ってきたんですね。「辛い、悲しい、恥ずかしい」という思いでした。頼れる許嫁にあえてほっとしてかわいい女子に戻ったのがわかります。
このクドキの最中に、怪しい忍びの者が討ちかかってくるのですが、クドキつつ、いちいちハッタハッタと相手をやっつけるところが、すごいし、かわいい。六助は、ただじっと見ていますよ。
かわいくて、そのギャップに萌えです。
弥三松。大晴くんのお披露目
弥三松は、お園の妹お菊の息子でした。縁もゆかりもない子どもを預かったつもりだったのですが、実は師匠の孫だったというわけです。最初は母がいないと泣く哀れな幼子も最後、六助が敵討ちに行くときには、
「コレ小父様。ぼんにも仇討たしてや」とけなげな申し出。六助も
「おお。でかした。賢い賢い、強いなあ。どりゃ、行こうか」。
二人は、お揃いで見得をします。
六助は弥三松をだっこし、あやし、頭をなで、言葉をかけ、ほめます。
今回、弥三松くん役をこなすのは、中村梅枝丈の長男大晴クン。初お目見えです。
共演を指名した仁左衛門丈、次々世代の大晴クンに何を託すのでしょう。大晴くんは、何を受け取るのでしょう。
私たち観客も、瞳をこらし、大晴くんの姿を目に焼き付けておきたいものです。なんたって、子どもはあっという間に大きくなっちゃいますからね。そして、今後70年は応援していく所存!と思ったけれど、私はあと70年は、ちと無理ですね(;^_^A
パパ梅枝丈は、毛谷村のあとで文売りという踊りを踊ります。こちらも必見ですよ。
概況
天明6年(1786年)大阪竹本座で人形浄瑠璃として初演。全11段という長いお話ですが、今では「毛谷村」の部分のみ上演。梅野下風、近松保蔵の合作。
この話はフィクションですが、剣の達人六助は、宮本武蔵をモデルにしているとも言われています。
11月国立劇場ほかの演目は。
【第一部】12時開演(午後2時20分終演予定)
【第二部】午後4時30分(午後7時終演予定)→毛谷村は、こちら
各部、30分の幕間あり。
チケットの取り扱いは、以下にて。
または、電話(10時~6時) 0570-07-9900 03-3230-3000
または、国立劇場窓口(10時~6時)
国立劇場所在地、アクセスはこちら.