2月の歌舞伎座では、菅原伝授手習鑑がかかりました。道明寺や加茂堤はなかなかかかりませんから、初めて見た方も多かったのではないでしょうか。私も初めて観ました。
大変感動的でした。
13世片岡仁左衛門をしのんで、当代仁左衛門が魂を込めて演じる菅丞相。観ることができた人は本当に幸せだと思います。
いつまでもいつまでも心に残る菅丞相です。
道明寺は、どんなお話なのでしょうか。
あらすじ
いわれなき讒言によって、流罪になる菅丞相(菅原道真)が、伯母覚寿の住む道明寺に逗留できることになりました。
加茂堤は、こちら。
木彫りの像を彫る菅丞相
加茂堤で、逃げおおせた苅屋姫も道明寺に来ています。苅屋姫は菅原道真の養女であり、覚寿の実の娘なのです。
元はと言えば、苅屋姫が斎世親王とあいびきをしていたことが発端で、菅丞相は流罪になってしまうので、苅屋姫は養父に謝りたいと思っています。が、実母の覚寿は娘を許しません。杖を振り上げ、気丈にふるまうのです。
菅丞相は、苅屋姫に会いましょうと部屋の中から告げますが、苅屋姫がふすまを開けてみると、姿を現したのは木彫りの像。菅丞相が自ら掘って作った木像でした。
土師兵衛と宿祢太郎の暗殺計画
土師兵衛と息子の宿祢太郎が、やってきます。実は菅丞相を殺害するように命じられてきました。土師兵衛は一癖も二癖もある感じですが、宿祢太郎は、どこか頭のネジが外れている間抜けな感じの男です。しかし、覚寿の長女立田の前の夫でもあります(苅屋姫は次女)
土師兵衛と宿祢太郎は、暗殺計画を練っています。菅丞相を判官輝国が迎えに来る前に、連れ去ってしまおうというのです。輝国は、一番鶏がないたら迎えに来ることになっているので、一番鶏が鳴く前に鳴く鶏を用意して、待ち構えます。ずいぶん手の込んだ計画ですね。
計画を知る立田の前、殺害される。菅丞相、迎えの輿に乗っていく
この計画を知った立田の前を宿祢太郎が殺害、庭の池に投げ込みます。
輝国が来る前に偽の使いが来て、菅丞相は輿にのって出ていきます。でも、おや?なんだかぎごちない動き…?
立田の前殺害犯人がばれ、覚寿に討たれる
その後、立田の前がいないと騒ぎになり、池から死体が発見されます。皆嘆きますが、立田の前が死に際に犯人の着物をつかんでちぎったため、犯人が宿祢太郎だということが覚寿に悟られます。覚寿は、気丈な女性ですから毅然として太郎を討ち果たすのです。
またお迎えがくる!やや、菅丞相が再び奥の部屋から出現
そうこうするうちに、本物の迎えが来ます。あれ?さっき菅丞相は迎えが来て、すでに出立しましたが…。はて。ところがなんと出立したはずの菅丞相が、奥の部屋から出てきたではありませんか。ではさっき輿に乗って行ったのは、一体だれ?
そこに来たのは、偽の使いの弥藤次。菅丞相を連れて行ったつもりなのに、輿の中を見てみたら木像しかなかったというのです。なんと不思議な!ところが、もう一度覗いてみると、今度は菅丞相の姿があるではありませんか。え。一体どういうことでしょう。
なんと、菅丞相が掘った木像に、魂が宿り、偽の迎えの輿には木像が歩いて乗ったのです!
そのおかげで、菅丞相は命を狙われずにすんだのでした。
別れ行く
菅丞相は、この木像を形見にしていつまでも残すよう、覚寿に伝え、別れを告げます。
命は助かったとはいえ、流罪は逃れるべくもなく、迎えの輿に乗る菅丞相。苅屋姫は泣きながらわびますが、菅丞相は扇で顔を隠し、別れを惜しんで去っていくのでした。
とまあ、文字にするとなかなか難しそうなお話ですが、舞台で見ると大変面白いです。
見どころ
その1 登場人物のキャラクターがはっきりしていること。
菅丞相 (仁左衛門)。神々しく気高い。木像のときと人間のときとの微妙な演技の差に観客の目は釘付けです。
覚寿(玉三郎) 毅然としていて素晴らしい婆。実の娘の浮ついた言動によって、菅丞相に迷惑がかかったことを恥じ、養父に詫びたいという苅屋姫を許しません。また立田の前が亡くなったことを哀しみ嘆きながら、真犯人の存在に気づき、見事に討ち果たします。
土師兵衛(歌六) 菅丞相を討つべく、画策します。画策しつつ、息子の宿祢太郎がネジが一本抜けているために、四苦八苦。
宿祢太郎(彌十郎) 間抜けな悪党に、観客からは笑いももれます。
他にも、奴宅内など、笑いの要素があります。
その2 自ら彫った木像が、命を助けてくれるという設定
面白い設定。
面白いと言っては、菅丞相を命がけで演じている仁左衛門丈に怒られるかもしれませんが、
自ら彫った木像が歩き、偽の迎えに来た輿に乗っていき、本人の命を助けるだなんて。なんて発想なのかと驚いてしまいます。しかも、その突飛な発想を、大真面目に演じ、全く不自然ではないのです。輿に菅丞相が乗ったはずなのに、木像になっている。すでにいないと思っていた菅丞相がまた奥の部屋に鎮座している。あれ。あっち。こっち。そっち。そんなばかばかしいような、とんでもないような設定が、実に自然に流れるように舞台上進んでいきます。
こんな、突飛な発想!と思ったわけですが、実はこのお話は、それほど突飛な話ではなく、背景があり、そして当時の客に受け入れられる土壌もあったのです。
今回、道明寺を観る前に、知人の紹介で道明寺の宮司の方にお話を伺う機会がありました。大変興味深かったのでずいぶん時間がたってしまいましたが、ご紹介をしておきます。
それは、また明日。