「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

桜姫東文章(3)上の巻 セリフに見る権助のワルっぷり

桜姫東文章って、すれちがいの話ですね。

 

すれちがう人々の想い

白菊丸は清玄と心中する気だったが、清玄は生き残る。
清玄は、白菊丸が転生した桜姫に心を奪われるが、桜姫は全くその気はない。
桜姫は権助に惚れるが、権助は桜姫に惚れているわけではない。
長浦と残月も、思い思われているわけではない。

ポスターを見てロミオとジュリエットのような燃え上がる純愛物語を想像した人がいたら、それは大間違いで、どれもこれもすれ違っている。

一方が思いを寄せれば、一方はかなた遠くを見ている。その先にはまた別の景色があって、どこまで行っても誰の気持ちも重ならない。が、運命の糸だけはつながっているのですね。

桜谷草庵の場について。

さて、色気たっぷりな場なので、意識が飛んでいる方が多いと思いますが(笑)、台本をみると、桜姫の色気と権助のワルっぷりが、さらによくわかるので、書いておきますね。

 

 

桜姫の本人無意識の色気「まちゃ」と「おじゃ」

桜姫は、権助の入れ墨を見つけて、ハッとし、権助が恋しい男であることに気づく。

みなが別室へ移ろうとするところに、さらに
「ああ、待って」と声をかけるところからは、もう剃髪する気はさらさらなくなっている。
ゆっくり、局たちに休息するように言って下がらせる。

権助も下がろうとするところ

「いいや、そちは去なさぬ。まあ、待ちや」の桜姫の言い方の色っぽいこと。玉三郎すごっ!

先ほどまで出家すると言っていた人とは思えない。権助にさらに
「くるしうない。ここへおじゃ」
と近づけさせる。この「待ちや」と「おじゃ」が、ねっとりと絡みつくようです。無意識ながら桜姫も何とか男を近づけようとしているさまは、そうだ野生動物を捕まえようと必死にさりげなくふるまいながら餌を投げかけているようです。

半端でない権助のワルっぷり

桜姫に呼び止められて、どういうことか訝しく思いながら、草履を脱いで座敷に上がる権助ですが、そこでぞうりを置きっぱなしにせずに、左右を見て草履をたもとに入れるのは、さすがワル。

いつでもどこでもさっと逃げ出せるよう常に前後左右にアンテナを張って注意深くしているのは、そう、まるで野生動物のよう。

確かにここで草履をたもとに入れておいたのは、野生動物のよい勘で、後でとっとと逃げることに成功するわけですね。

自分と同じ彫り物を桜姫も彫ったことを、桜姫の告白で、権助は知ります。


桜姫 「(1年前)怖うて、ぞっと慄う手を」
権助 「いやおうなしに引き寄せて、まだ初物の七十五日、生き延びるとは延喜の好い、無理な仕事と思わずも、手間をとるのも思案の外、鶏のなく音に驚いて、そのままずっと出で行くを」
桜姫 「心づかねば引きとむる」で、そのときに桜姫は男の彫り物をみたのです。

この権助のセリフ、どういう意味かといいますと、


問答無用に引き寄せて見れば、バージンだったぜ。初物を食えば75日生き延びるというからこりゃ縁起がいいわいと、手間をとってしまったがちょうだいしたよ。朝になったのでそのまま出て行ったけどよ

と言っているのです。バージンであることをカツオの初物かなにかのように言う、まさにクズな男なんですね。

 

では、権助は、桜姫のところに悪五郎の手紙を届けてきたときに、桜姫が「あのときの手籠めにした女」であることを認識していたのでしょうか。

 

桜姫が同じ彫り物をしていたことを知り、はいたセリフが
「わっちと同じ入れ黒子。そうとは知らず、どんな気で居るやらすびいて見ようぞとわれと望んで入間の使い」

とあります。入間悪五郎に頼まれて、文を桜姫に届ける役目を自ら手を挙げたのは、以前手籠めにした桜姫がどうなっているのか、さぐりを入れてみようと、使いに来ることにしたという意味です。「すびいて」という言葉は「誘って。試して。気をひいて。探りを入れて」という意味だそうです。

いやあ。ワルイやつですねえ。

それでも桜姫は、恋に盲目状態です。

権助に「坊主になるのはやめるの?じゃあまたお姫様になるのか?」と聞かれて
やだ、そんなと顔を赤らめる桜姫。
なんだよ~?と権助が問うと
そなたの女房とやら!と 顔を隠してやっとのことでいうのです。

なりたいのは、そなたの女房だと。

純情にもほどがある!

にんまりするのは権助です。またもう一発できるわなと。←たぶんこれしか考えていない。

そして抱き寄せ、絡まり、桜姫の帯くるくる、桜姫も権助の帯をくるくるです。

すだれが下りて、着物の裾がはみ出て見えていますが、するすると中に入っていくのがすごいですね。

この後、さっさと権助はとんずら。清玄が濡れ衣を着せられて、売僧坊主とののしられて追放されます。
売僧坊主は「まいすぼうず」と読みます。堕落した坊主のことです。

いつも左右を確認して舌なめずりをしている権助はワルですが、清玄はまっすぐ前をみている凡人です。下の巻では、この二人の関係も明らかになります。


おまけ
すてきな言葉遣い

「ええ、煙管をおとして尋ねるので、すてきに手間をとった」
「なに。ぽてれんになった。アノたった一度で、そいつはすてきに飛んだ話だ」

すてきにという言葉は、今は魅力的だという意味ですが江戸時代には「はなはだ。ひどく。ばかに。たいそう。めっぽう。たくさん」という意味で、当時流行していた言い回しだそうです。今時の言葉を遣うヤンキーなんですね、権助
そいつはすてきに飛んだ話だ。ってなんかいいなあ。使ってみたいです。

毎日8時半を過ぎると、3部を観終わった人たちの感想がツイッターに上がります。「桜姫東文章」という毒にやられた累々たる屍が、今夜も積み重なっていくことでしょう。

 

ああ、そいつはすてきに飛んだ話だ!

 

桜姫東文章(1)楽しみな理由3つ
https://munakatayoko.hatenablog.com/entry/2021/04/03/214637

桜姫東文章(2)上の巻 くわしいあらすじ
https://munakatayoko.hatenablog.com/entry/2021/04/04/170154

 

桜姫東文章(4)下の巻 くわしいあらすじ
https://munakatayoko.hatenablog.com/entry/2021/05/14/234406

桜姫東文章(5)千穐楽に観る
https://munakatayoko.hatenablog.com/entry/2021/06/29/201426

桜姫東文章(6)権助はなぜ死ななければならなかったのか
https://munakatayoko.hatenablog.com/entry/2021/06/30/001721