「初めての歌舞伎を楽しもう」munakatayoko’s blog

すばらしき日本の芸能、歌舞伎。初心者にわかりやすく説明します♪

梅ごよみ

平成29年2月猿若祭。夜の部。「梅ごよみ」。これは、為永春水人情本春色梅児誉美」、続編「春色辰巳園」を原作としたもので、昭和2年に歌舞伎座で初演されたときの台本をもとに上演されています。

粋な辰巳芸者仇吉と米八、お蝶が、いなせな男丹次郎をめぐって恋の火花がバチバチ。名前が男っぽいですが、辰巳芸者というのは「権兵衛名」といって男のような名前をつけていたそうです。

そのバチバチと、「残月」というお茶の道具の紛失事件が絡まったおはなしです。

歌舞伎って、いろいろな良さがありますが、私がとくに惹かれるのは、その絵画的美しさです。その魅力が存分に出ているのがこのお芝居です。

パンフレットによれば、その原作をもとに、昭和2年に歌舞伎座で初演されたわけですが、その舞台監督が永井荷風、美術が鏑木清方だったそう。今でもこのときの台本を基本にしているそうです。

あのすばらしい舞台技術は永井荷風が片棒を担いでいるのか…。すごい…。

と感嘆するその舞台とは。
どの場面も美しく、清元も粋。そう、「粋」のオンパレードの舞台なんですが、とくに美しいのが「隅田川川中の場」です。

広い舞台一面すべてが隅田川です。そう、花道までも!

お蝶と丹次郎がのった舟が、やっしっし、やっしっしと上手から下手へ。舞台は一面川面。回り舞台がゆっくりと回っていくので、川面がゆらゆらと美しくきらめいているように見えます。そこにもう一そうの舟がやっしっし。やっしっしと行き交います。

ぎっちらこと方角をかえて花道までもゆったりと進んでいきます。

舞台中央で、もう1艘の舟から姿を現すのが、深川芸者の仇吉(菊之助)。その立ち姿のうつくしいことといったらどうでしょう!

仇吉は、行き交った舟にのっていた丹次郎に惚れてしまうのです。
けれどもすでに丹次郎は、お蝶という幼い許嫁と、いい仲の米八という深川芸者がいる身。

さて、どうなるのでしょう。でも、全然ドロドロしてません笑。

米八勘九郎と、仇吉菊之助の恋のさや当ても美しく、楽しく、二股どころか、三股になってしまう丹次郎染五郎の粋な兄さんもまた、憎めない。色気があって素敵です。

さて、米八は、勘九郎が演じています。

え?深川芸者のいい女なら、七之助の方がよかったんじゃないの?なんて思いませんか?

じつは、米八役は平成になってからは十八世勘三郎がずっと得意にしていたお役。意地っ張りでかわいくて、きっぷのいい深川芸者ですから、その役を生き生きと勘三郎が演じ、勘九郎さんが受け継いだのですね。ホロリ。

このお芝居を初めてみたので、以前勘三郎の他のお役は、誰がやっていたのかを見てみると!


昭和52年 仇吉 玉三郎 米八 澤村藤十郎 丹次郎 孝夫 お蝶勘九郎
平成3年  仇吉 玉三郎 米八 勘九郎 丹次郎 孝夫 お蝶 孝太郎
平成8年仇吉 玉三郎 米八 勘九郎 丹次郎 孝夫 お蝶勘九郎
平成9年仇吉 玉三郎 米八 勘九郎 丹次郎 團十郎 お蝶 亀治郎
平成16年仇吉 玉三郎 米八 勘九郎 丹次郎 段治郎 お蝶 春猿

おお!なんと。玉三郎勘九郎、孝夫 のコンビがしばらく定番だったのですね。
これは見たかった!!

人によっては「ああ、あのときのこれは、あの人と観に行ったんだったわ~」と懐かしむ人もおりましょう。

私の場合「なぬ!なんで全然見ていないんだ!私」ですね笑。
そして、平成3年から9年までいったい自分はなにをやっていたのか、しばし考えこむ。
すると、あこりゃ、無理だ無理だということがわかる。

昭和から平成5年にかけてこどもを3人生んでいた私としては、全くそのころ歌舞伎とは縁遠い生活を送っていたのです。

歌舞伎っておもしろいですね。いい演目なら何度でも何度でもやってくれるのですから。人生において、全然歌舞伎に触れられない時もあります。それでも歌舞伎は長い長い歴史の中で、私を待っていてくれたのかな。そうなのかな。

 

だから、今は仕事、育児、介護といろいろでいっぱいいっぱいで、「歌舞伎?はあ?そんなもの観る余裕ないし!」と思う方も、きっといつか歌舞伎を観て、ほっとできるそんな日がきますように。

 

待っていてくれる歌舞伎でもある。しかし、その時の歌舞伎はもう二度と観ることはできない。歌舞伎は永遠でもあるし、刹那的でもあるんですね。


それにしても、その3人のコンビによる梅ごよみ。観たかった。観たかったなあ

ヽ(;▽;)ノ

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